上 下
349 / 819
第二部 宰相閣下の謹慎事情

377 その置物の名は部長

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 バリエンダールにいると言う商会長への紹介状を受け取ってラヴォリ商会から出た後、エドヴァルドは今度は馬車を王宮へと向かわせた。

 ちょっと、と言うか、かなり嫌そうに見えるのは、私も大分コノヒトに慣れてきたって言う事なのかも知れない。

「……何であっさりラヴォリ商会に行ったのかと思ったら、なるべく王宮に行くのを遅らせたかったんですね」

 ちょっとくらい待たせておいても文句は言われないだろう――的な。

 私のジト目にエドヴァルドは答えないけど、既に態度が正解を言っているようなものだった。

 どうにも、未だに私のバリエンダール行きに対して、内心で面白くないと思っているのが傍目にもバレバレで、私はうっかり笑みを溢してしまった。

(冷徹、鉄壁…なんて言われている筈の人が、何だか可笑しい)

「……レイナ?」
「いえ……心配して頂いてるありがたみを噛みしめていたところです」

 それは掛け値なしの本音なので、エドヴァルドも、それ以上混ぜ返す様な事はしなかった。

「……良い傾向だ」

 私の場合、悪意への敏感さは人一倍なのに、好意に対してはその反動であるかの様に、鈍感が過ぎると言う事らしい。

「貴女を心配する私の存在を、常に忘れてくれるな。それが約束出来ないなら、今からでもテオドル大公に貴女は行かせないと直談判したって良い」

 …目がまるっきり、冗談を言っている目じゃなかった。
 そこに見え隠れする情念の炎を、嫌でも肌に感じた。

 ――私と結婚して欲しい。

 うっかり、スヴェンテ公爵邸の庭園での出来事が脳裡をよぎってしまい、顔の火照りを抑えるのに苦労をする羽目になった。

 本気なんだと、今更ながらに思い知らされてしまった。

「どうかしたか?疲れて気分が優れないとかなら、公爵邸に馬車を引き返させても良いが――」

「い、いえっ!と言うか、そんな事をすれば、バリエンダールで居心地の悪い思いをしなくちゃならなくなりますから、ちゃんと外交部の方とのご挨拶はさせて下さい!」

 ブンブンと私が首やら手やらを振ると、エドヴァルドはあからさまに眉を顰めていたけど、そこに正当性があるのもまた確かで、最終的に、馬車を引き返させる事はしなかった。

 そうして王宮内、コンティオラ公爵がいる執務室に辿り着いた先には、テオドル大公とコンティオラ公爵、それと大公の年齢に近そうな男性がいて、男性はエドヴァルドの姿を目にするなり、立ち上がっていた。

「……大仰な挨拶は不要だ。互いに時間に余裕がある訳ではないのだから、それよりも用件を済ませてしまおう」

 確かにスヴェンテ公爵邸に行く事は予め伝えてあり、時間の約束まではしていなかったみたいだけど、それでも一般的な茶会時間から考えての予定時間はオーバーしていた筈だ。

 恐らくは仕事をいったん横に置いて待っていたに違いないのに、皆それを表には出さずエドヴァルドの牽制を苦笑と共に受け流していた。

「まさかとは思うが、外交部の部長自らが同行をすると?――ルーミッド・マトヴェイ外交部長」

 ただ続けられたエドヴァルドの言葉に「えっ」となったのは私だけで、他の面々は誰も驚きを見せなかった。

 半目のエドヴァルドだけが、やや懐疑的に相手を見やっていた。

「コンティオラ公爵閣下から話は聞きましたが、やれ、置物になれて忘れるのも得意な官吏――などと、どこに存在するのかと言う話ですよ、宰相閣下。今年入った新人か、定年間近な私くらいしか、家のしがらみが少ない者はいないでしょう。その上で、ド新人をテオドル大公殿下に同行させるなどと恐れ多くて……と、なるでしょう。残るべくして私が残ったのですよ」

わしはド新人の方が有難かったがな。部長だなどと、儂とレイナ嬢が霞むわ」

 そう言ってテオドル大公が肩を竦めているところを見ると、どうやら本気の確定事項のようだ。

 コンティオラ公爵のすぐ下には、政務代理としての長官職があり、そのすぐ下が各部署の部長職になるそうで、要は組織の中のナンバー3集団の中から一人を差し出してきたと言う事になる。

(ぜ、全然、ただの報告の使者になってない……)

 私もテオドル大公の嘆きに思わず首を縦に振っていたけど、コンティオラ公爵とマトヴェイ外交部長は、その決定を覆すつもりはないみたいだった。

「……下手に新人を付ければ、そこにまで護衛がつく言い訳が立たない」

 相変わらずのボリュームに欠ける声で、コンティオラ公爵が言う。
 テオドル大公は聞こえているんだろうか…とか、一瞬、失礼な事を考えてしまったくらいだ。
 まあ、想像はつくかも知れないけど。

「確かに、何を警戒しているのかと言われてしまうな」

 聞こえているのか想像がついたのか、正確に内容を汲み取ったエドヴァルドは、渋い表情かおだ。

「ところで……どなたもそちらのご令嬢をご紹介頂けませんので?まあ想像はつきますが、建前の問題として、一応」

 そんな中でマトヴェイ外交部長の視線が、特に厳しくはないけど興味深げにこちらへと向けられたので、私もやんわりと〝カーテシー〟を返した。

「おお、すまんすまん。儂と其方との同行者になるレイナ嬢だ。家名は――ソガワだったか?ああ、いや、今回の渡航を機に変えると言っておったか?」

 同行者と言う事で、いったんはテオドル大公が口火を切ってくれた。

 ちらりとエドヴァルドを見れば、その先は私が話して良いと頷いている様にも見えたので、そのままマトヴェイ外交部長の方に向き直る事にした。

「大公殿下の仰る通りです。今回の渡航以降、私は『レイナ・ユングベリ』――ユングベリ商会の商会長を名乗らせて頂きます。商業ギルドへの登録も済ませてきました。どうぞ宜しくお願い致します」

「ふむ、それで今回は商会長としてサレステーデ語とバリエンダール語の両方が出来る其方に、書記官としての同行を頼んだと、そう言う設定はなしか」

 テオドル大公の確認に軽く頷いて見せれば、マトヴェイ外交部長の目がやや驚きに見開かれたみたいだった。

「……私はてっきり、イデオン宰相閣下の婚約者としての箔付けの為の同行かと……いや、失礼。改めて私が今回外交部から同行するルーミッド・マトヴェイだ。なるほど、両言語に不自由をしておらず、商会も経営しているとなれば、道理で私の方が置物で良いと言われる訳ですな」

「置物に部長職を持つ者を据える事の方こそ、想定外でしかないわ。レイナ嬢の同行なぞ、可愛いものよ」

 な?と微笑まれても、コメントに困ります、大公殿下。

 エドヴァルドのこめかみが痙攣ひきつるので、軽口もほどほどにお願いしたいです。ええ、切実に。

「期間は4日間。メダルド国王あるいはミラン王太子の、我が国への訪問約束を日時込みで取り付けたところでの帰国。サレステーデの王族の処遇に関しては、安易に言質を取られず、アンジェス主導で進められるように誘導する。今回は、ここまでをお願いする形で宜しいか、大公殿下?」

 宰相らしい、冷ややかで威厳に満ちたエドヴァルドの声にも、テオドル大公は動じなかった。

「よかろうよ。そうでなければ、この国の者たちも枕を高くして眠れないであろうからな。王族としての最後の奉公と思って、老骨に鞭打ってくるとも。その代わり、アンディション侯爵領をそのままにしておく件に関しては忘れてくれるなよ?あの土地はあの土地で、終の棲家として、儂も妻も気に入っておるからな」

「――光栄です」

 そこに口を差し挟む事は、その場の誰に出来る事でもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。