聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
320 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

372 タルトが繋ぐ想い(後)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 リオル・スヴェンテ少年は、まだやはり4歳と言う事もあって、バーバラ夫人の部屋で集まって話をしている途中から、コックリコックリと舟を漕ぎ始めてしまい、皆がガゼボに移動するのを機に、そのまま寝かせてきたとの事だった。

「色々すまんな。咎めだてせんでやってくれると有難い」

貴殿あなたがすべき事は、貴殿がこれまでに知るスヴェンテ本家の誰とも比較をしない事だ。いずれ、リオルにはリオルの個性が出てこよう。過ちを犯すようなら正すべきだが、貴殿の「理想」と言う名の海には溺れさせるな。未来の五公爵会議は、己の意見を持たぬ卑屈な当主は必要としない」

 先代当主が犯した罪を語り継ぐ必要は、確かにあるだろう。
 
 五公爵は、あくまで王の為政を支える存在。
 自分達に都合の良い王子に肩入れをして、立場の強化を図るなどと、あってはならない事だった。

 だが、贖罪を免罪符に、ただ卑屈に己の中に閉じこもってしまうようでは、公爵領を運営する事など出来はしない。

 押さえつけるのではなく、導け。

 エドヴァルドは、倍以上年の離れた老公爵に対しても、遠慮をしなかった。

「……そうか。儂はリオルに厳し過ぎると言う事か?」

 一瞬の瞑目の後で空を仰ぐスヴェンテ老公に、エドヴァルドは「いや」と、首を横に振った。

「必要な事だとは理解している。だが、かなり萎縮している様にも見える。加減は難しいだろうが、もう少しリオルの個性を見極めてやるべきだろう」

 萎縮している、と言うエドヴァルドの言葉は、確かに私も腑に落ちた。

 先代の二の舞にはしたくない、と言う思いが先行するあまりの事かも知れないけど、あのままでは、老公爵が身罷みまかった後、彼が一人で立てない不安は残る気がする。

「……イデオン公」

 見上げていた視線を、ちらりとミカ君に向けた後で、スヴェンテ老公爵はエドヴァルドの方へと向き直っていた。

「公式行事や定例報告でまたミカ殿が来る事があれば、リオルの話し相手になってやって貰う事は叶うだろうか。今はまだ、王都在住の貴族達の子息で、近い年齢の子がおらぬ。学園に通うようになれば状況も変わろうが、それでも、儂と先々代ハルヴァラ伯爵との様な友誼が成り立てばと、思うておるのだ」

 懇願とも言えるスヴェンテ老公爵の言葉に、エドヴァルドは即答をせず、わずかに眉根を寄せていた。

「……やはり、まだ早いか」

 エドヴァルドの無言を、スヴェンテ老公爵は拒否の表れと受け取ったようだった。

 私とミカ君も、エドヴァルドの答えが気になって、何も話せずにジッと見つめる恰好になっている。

「今…と言われれば、やはりまだ早いだろうな」
「そうか……」

 悄然と俯くスヴェンテ老公爵に、エドヴァルドは再度「あくまで『今』を基準にすれば、だ」と、やんわり首を横に振った。

「クヴィスト家が代替わりをして、乳牛と養羊の話に上手い落としどころが見つかれば、いくら頭の固い貴族連中がいようと、時代は変わりつつあると認識をするだろう。それからならば、王都のスヴェンテ家とイデオン家との間で交流が再開されたとて、その一環だと周囲からは認識をされる筈だ」

 来年の定例報告あたりならば、大手を振って行き来が出来るようになっている可能性がある――。

 その言葉に、スヴェンテ老公爵だけでなく、私やミカ君も思わず顔を上げた。

「あ……ぼ、僕、来年、母上と来ます!その頃にはもう、支障がないと言う話だったら、定例報告の後にこの庭園にも寄らせて頂きますから、そ、その時に…また話が出来れば……」

「――だ、そうだ。まあ、それまでに乳牛と養羊の話を取りまとめる事が大前提になるだろうが、来年のこの時期、ハルヴァラ伯爵領からの定例報告が為される日付が分かった時点で先触れを出そう。その時はまた、この庭園でこの菓子を振る舞ってやってくれれば良い」

 それを何年も繰り返していけば、学園に入学する頃にはある程度の友誼は成り立っている筈――。

 そう言ったエドヴァルドの声には、スヴェンテ老公爵を煽るかの様な響きが混じりあっている気がした。

 ただ、スヴェンテ老公爵の方はそんな認識はないようで「そうか…」と、自分の中で理解を深める様に、頷いている。 

「代替わりをしたクヴィスト家の新たな事業としての養羊業と、けじめをつける意味での乳牛に関わる権利の放棄を行えば、世間の目はそちらへと向いて、スヴェンテ家こちらからは遠ざかる、か……」

「もちろん私とて、キヴェカス伯爵家と話し合わねばならないだろうが、そちらもヘルマン侯爵家とは一度席を設けるべきだろう。いくらフェリクスやロイヴァスが我が手の内にあろうと、彼らとて完全には本家を無視出来ないだろうからな」

 丸投げは困る。
 ミカ君との交流を続けたいなら、相応の働きを。

 そんな主張が、エドヴァルドからは見え隠れしていた。

 スヴェンテ老公爵は、何度も、納得した様に頷いている。

「そうだな…うむ、委細承知した。それとイデオン公、先ほど少し気になったのだが…妻が使用している歩行補助の器具に関して、改良がどうとか言っていなかったか?あれは、わが邸宅やしきに出入りをしているラヴォリ商会の者が、職人ギルドと組んで開発をしている器具で、開発費用の支援と引き換えに初号機を借り受けている物だ。もしユングベリ商会でも同様の事を考えていたのなら、ラヴォリ商会に断りは入れた方が良いと思うがな」

「―――」

 何気ない老公爵の言葉に、私とエドヴァルドは思わず顔を見合わせていた。

「……スヴェンテ老公」

 そして頷き合った後で、エドヴァルドが私の代わりに答えてくれた。

「今度その商人が定期の納品に来た際、イデオン公爵邸に立ち寄るよう伝えて貰えるか?内容は今言った通りに、歩行補助器具の改良に関して、一度話がしたい――と」

「やはり気のせいではなかったか」

「ああ、誤解されては困るのだが、ラヴォリ商会が持つ市場に今から喧嘩を売るつもりはない。依頼したい事があっての『手土産』とでも捉えて貰った方がよかろうよ。仲立ちを頼めるか?こちらはラヴォリ商会と直接の取引をしていないんだ」

「まあ、定期的な社交の集まりがあれば、一度に大量の品が必要になる事も多いから、嫌でも取引はしただろうが、イデオン家はそうではないものな。スヴェンテ家は、ここ何年かを控えているだけで、いつでも再開出来るよう、契約はそのままになっている。今すぐとはいかぬだろうが、声がけは出来るだろう」

 今のラヴォリ商会は、販路が大きいだけに、庶民向けの少量製品よりも、一度にそれなりの量を必要とする高位貴族や店舗業務用としての取引の割合が高いらしい。

 もう何十年も夜会一つ開かずに、エドヴァルド一人分しか高級食材を消費していなかったイデオン家は、ラヴォリ商会とはこれまで縁一つなかったのが実状らしかった。

「どのみち彼女はテオドル大公とバリエンダールへ行かねばならない。今すぐでなくとも構わない。そこは任せる」

「ああ…そうであったな。ではざっくりと、次にラヴォリ商会の者が常備食材の在庫確認に来た時、としておこう。何日とは決まっておらんが、そう遠くない内には必ずやって来る訳だしな」

「承知した。では、そう言う事で――」

「ああ、すまない。お茶がすっかり冷めてしまったな。すぐに新しく淹れ直させよう」

 スヴェンテ老公爵はそう言って、侍女に向かって片手を上げた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。