聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
307 / 802
第二部 宰相閣下の謹慎事情

360 下見と内見は必須です(後)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 大きすぎない家屋、家庭的でアットホームな雰囲気、ベランダに花が飾ってあり、スイスの山小屋風ホテルを思わせる――内装もそんな、木の温もりに包まれた温かみのある内装ものだった。

「あ…作業場が見えるんですね……」

 少し狭くなっている入口の近くには、小さなフロントの様な受付があって、その隣には、奥へと続く扉があった。

 扉の向こうが作業場だと分かったのは、区切られた壁に大きめのガラス窓があって、中が見える様になっていたからだ。

「亡くなられた夫人お一人の店でしたからね。作業中に来客があっても対応出来る様にと、この様式に。夫人が購入される前は、行商人向けの、レストラン付の小さなホテルだった様ですが…上の階だけ少し改装されて、下の間取りはほとんど直されなかったみたいですよ」

 なるほど、最初にシャレー式プチホテルと思ったのは、あながち間違いじゃなかったみたいだ。

「そう言う事なら、入口が周囲の建物よりも少し内に入っている事も納得しました」

 どうやらピンと来なかったらしいエドヴァルドが「レイナ?」と、不思議そうな表情をこちらへと向ける。

「多分、今は作業場になってるあの、レストランだった場所からも外へは出る事が出来て、外にもレストランの席が1つか2つあったんじゃないかと思うんです。客寄せと言うか、気軽に中に入って欲しい家主の想いがあったと言うか」

 多分テラス屋根か何かがあって、オープンテラスのカフェスペースがあった――そんな名残が見える。

「縫製一筋のご夫人には必要なかったかも知れないですけど……復活させても良いかも知れないですね」

 木製のテラス屋根を復活させて、バーレントの木綿生地を、雨除け日よけにテラス屋根に貼るのも良いかも知れない。

 カフェまでは必要ないだろうけど、新しいチョコ製品が出来たら、そこで味見をして貰うのも良いかも知れない。
 だったら、商品ドレスを汚す事もない気がする。

「作業場のスペースを少し削って、そこにチョコを置いて、表で食べながら待って貰うようにすれば、中の商品を汚さずに済むだろうし……削った分は2階に場所を確保して、物置は屋根裏部屋が使えそうだし……せっかくだから、ご夫人の作業場を残せば、きっと近所の皆さんが固定客として戻って来てくれるかもだし、そこでバーレント領の製品を気に入ってくれれば―――」

「――ナ、レイナ!」

 口元に手をあてて、ぶつぶつと呟き始めた私をヤバいと思ったのか、エドヴァルドが勢いよく両肩を揺さぶってきた。

「え?あっ、すみません!何て言うかつい、色々とイメージが浮かんだと言うか――」

「――だろうな。ほぼ気持ちが傾いているのは分かるが、上の階も見るんだろう。イフナースが驚いてる」

 エドヴァルドが親指を上げて示した先には、階段を上がりかけていたイフナースが、苦笑未満の表情を浮かべて、私とエドヴァルドを待っていた。

「二階は夫人の住居とダイニング、三階は夫人の身の回りの世話をしていた使用人の住居だったようですね。年齢を考えれば、夫人を三階まで歩かせていては…と、そう言う部屋割りになっていたようです。少人数の同居だからと、食事はダイニングで一緒にとっていたと聞いてます」

 なるほど二階は壁をかなり取り払って、ダイニングスペースと住居スペースとざっくり二分した広めの間取りだったけど、三階は逆にプチホテルのスタンダードシングル部屋、と言った感じだった。

「夫人の住居スペースあたりを試着室として二階に持って来れば、個室感もあって良いかも知れないですね。ダイニングスペースの方には商品をディスプレイするようにするとか……最後、商会の事務所と従業員の休憩室を三階に持って来て、従業員と、あと商談とか用のある人には頑張って三階に上がって貰えれば、いけそうな気がします」

 具体的に、どんな道具が必要でどこに配置するのが動線上無理がないのかとか、そのあたりはヘルマンさんの分野になるだろう。

「「………」」

 そう脳裡で思いながら、うんうんと頷いた私を、エドヴァルドとイフナースが半ば唖然としつつ見つめていた。

「……三軒目は、ご案内せずとも良さそうですね」
「………そうだな」

 三軒目、とのイフナースの言葉が聞こえたので、いいタイミングかも知れないと私も口を開いた。

「あの、もし次の候補物件が、噴水広場近くの洋菓子店〝イクスゴード〟の二階とかでしたら、行かなくても大丈夫です」

「おや、ご存じで?」

「はい。ボードリエ伯爵の邸宅おやしきに伺った時に、そこのお菓子を頂いた事があって……美味しかったので、帰りに寄って、買い足して帰った事もあります」

 エドヴァルドが無言のまま、僅かに片眉を動かしていた。

 どうやらその一言で、今「ミカ君がバイトしている」お店だと察したらしい。

「ああ、なるほど。では、どんな物件かある程度分かると言う事ですね。そこに決めなくても、参考までに二階の見学だけしていかれても良いとは思いますが、もう宜しいですか?」

 自分に気を遣わずとも、納得するまで見学すれば良い――。

 特にこちらに媚びる事もなく、悪徳不動産業者とは真逆の事をキチンと口にするイフナースは、やはり将来のギルド長を目指す幹部なんだなと思う。

 とは言え、今、ミカ君と出くわしてもちょっと困るし、覚えているかどうかはともかく、店主とも顔を合わせた事がある。

 一階に洋菓子店があるのは不向きだと言う純粋な理由を差し引いても、行かないにこした事はないと思えた。

「はい、ありがとうございます。諸々納得の上で、私、ここがいいと思いました」

 とは言え、三軒目に行かない事と、物件を決めてしまう事とは別の話だ。
 お伺いを立てるようにエドヴァルドを見上げると、エドヴァルドも、もう一度ざっと物件の中を見回していた。

「広さなんかを考えると、一軒目の方が色々と出来るような気もするが、貴女は元々、高位貴族層向けではなく『市民に親しまれる』事を重視した店と製品を出したいと言っていた訳だから、それならばこの物件くらいがちょうど良いのかも知れんな」

 ヘルマンさんのお店を上回る規模でセカンドラインが存在するようでは、本末転倒だ。

 私の考えの根底を、エドヴァルドはキチンと把握してくれているようだった。

「………良いですか?」

 とは言え、決して安い買い物じゃない。

 恐る恐るエドヴァルドに最終確認を取ると、エドヴァルドはクスリと口元を綻ばせた。

「ただの我儘なら迷いもするだろうが、貴女がイデオン公爵領の為を思って始めた商会と事業だしな。それに、もうそのつもりで動き始めている領の関係者も多い。必要経費と思っているさ。気になるなら、早めに黒字転換してくれれば良い。初年度からそうなるとも思っていないから、必要以上に肩に力を入れるな」

「――お話しもまとまったようですので、では商業ギルドの方に戻りましょうか。そろそろ、アズレート副ギルド長とキヴェカス卿の話もひと段落ついた頃でしょう」

 私とエドヴァルドの会話を引き取るようにイフナースがそう話をまとめて、私たちは馬車で再度王都商業ギルドの方へと引き返す事にした。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

私には何もありませんよ? 影の薄い末っ子王女は王の遺言書に名前が無い。何もかも失った私は―――

西東友一
恋愛
「遺言書を読み上げます」  宰相リチャードがラファエル王の遺言書を手に持つと、12人の兄姉がピリついた。  遺言書の内容を聞くと、  ある兄姉は周りに優越を見せつけるように大声で喜んだり、鼻で笑ったり・・・  ある兄姉ははしたなく爪を噛んだり、ハンカチを噛んだり・・・・・・ ―――でも、みなさん・・・・・・いいじゃないですか。お父様から贈り物があって。  私には何もありませんよ?

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。