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第二部 宰相閣下の謹慎事情
351 幻の王弟
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
第一王子…バルキン公爵家現当主の兄(故人)/ 正妃
第二王子…中立派公爵家前当主(故人)/ 側妃
第三王子…ビリエル・イェスタフ(素性不明)/ 正妃
第一王女…ビリエル・イェスタフ(素性不明)/ 側妃
それがリックが耳にしたバルキン公爵とリーケ正妃との会話の内容、つまりは各王子王女の血のつながりの話だったらしいけど、どうやらビリエル・イェスタフも、それと同じ事を喋ったとの事だった。
「ただその先は…まあ、なぜ『自称・王族』を強調しなくてはならないのかと言う話にもなるが……」
そう言ったところで、珍しくエドヴァルドが私を見て言い淀んだ。
「エドヴァルド様?」
「ビリエル・イェスタフは偽名、本来の名はヘリスト・サレステーデ。幼少の頃に亡くなったとされているセゴール国王の末の弟、要は王弟だな」
今は「自称」だが、とあくまで繰り返す事も忘れない。
「当人曰く、幼少の頃に命を狙われて、当時の側妃の実家領地内で崖から川に突き落とされたらしい。その川下に、バリエンダールの高位貴族の別荘があり、運良くそこに流れ着いた…と」
「……バリエンダール?高位貴族?」
まだ話の続きがあるんだろう。
エドヴァルドは、私の疑問をいったん無視していた。
「ただあまりに幼く、崖から落ちたショックで当時は記憶も曖昧だったらしく、そのまま保護された貴族の一家と共に、バリエンダールへと出国していたらしい。そこでビリエルの名も与えられたようだ」
「それがイェスタフ家なんですか?」
「ああ。バリエンダールの伯爵家らしい。ただ、今の当主は当時の当主一族と一切血のつながりはないらしいがな」
「ええっと…養子をとられた、とかですか」
「バリエンダール独自の相続法とも言えるが、養子を取ろうにも、近い血筋に相応しい人材がいない場合は、王家に次代の任命権を委ねる法があるようだ。受け取った王家は、次に国家に対して多大な貢献をした人物に対して、その爵位を家名ごと授ける形だな」
「論功行賞としての爵位ですね」
「そう言う事になるな。ただしヘリスト自身は、先代当主が、亡くなる前に身分保証の為、継承権のない養子としてビリエル・イェスタフの名を与えていたらしい。どこの誰とも分からない子にさすがに爵位は与えられないと思ったんだろうが、使用人の養子にしなかったあたり、元はそれなりに身分のある子なのかも知れないと、どこかで勘づいてはいたんだろうな」
うーん…?と、私は思わず声を出して、天井を見上げてしまった。
その様子に、エドヴァルドが微かなため息を溢した。
まるで「気が付いて欲しくなかった」とでも言わんばかりに。
「そうだな。いつ、どこでサレステーデに戻って、バルキン公爵達と繋がったのかと言う話がまだだな」
「ですよね」
「どうやら先代当主が、次代の継承権を王家に委ねる申請をするために王宮へ赴いた際に、ヘリストも養子ビリエルとして同行したらしい。それはそうだろうな。誰がイェスタフ伯爵家を継ぐにせよ、ビリエルもセットで抱えなくてはならないと言う話にはなるからな」
王宮。
何かイヤな繋がりが見えてきた気がして、思わず眉を顰めてしまった。
「私はこの前、あの男が本物の王弟ならば、殺されかけた事への復讐をしたいのかも知れないと言う話はしていたが、ある意味正解で、ある意味間違っていた。ずっとサレステーデにいて、機会を窺っていた訳じゃない。バリエンダール王家が、サレステーデを乗っ取る為に送り込んだんだ」
「え……っ、でも、本人、幼すぎて記憶が曖昧だったんですよね?なのにどうして、その正体がサレステーデの王族だと……」
「どうやらメダルド国王が、サレステーデのセゴール国王の前の王に、ビリエルがよく似ていると不信感を持ったらしい。それで先代のイェスタフ伯爵から、ビリエルを養子にした経緯を聞いて、もしや…と思ったようだ、とはビリエル本人の話だが」
ヘリスト・サレステーデの名は現状「自称」でしかない為、今は「ビリエル・イェスタフ」として話を進めるしかないのだろう。
「メダルド国王自身は、純粋に本人の地位と権利を回復させてやるべきと思ったらしいが、そこに待ったをかけたのが、謁見に同席していた宰相の方だった」
「バリエンダールの宰相、ですか?」
「ああ。これは私の推測だが、メダルド国王が正妃一人を定めたまま、側妃を拒否していた事が不満だったんじゃないかとな。だからこの『幻の王弟』をサレステーデに戻すなら、なるべく恩を売って、いずれ自分の一族から誰かを娶らせたかった。サレステーデのバルキン公爵家は、このバリエンダールの宰相家と、近くはないらしいが縁戚関係にあったとかで、そこを後見とする形で、ビリエルをサレステーデに戻した」
新しくイェスタフ伯爵家を名乗る当主にしても、ビリエルの存在は、正直扱いに困るだろう。
宰相の案に正面切って反対する理由は、誰も持たないと言う訳である。
「それで、サレステーデでは子を為せないセゴール国王の代わりに、血を残させようと……?」
「いや…だとしたら、全てを公にして、王弟に譲位をした筈だ。わざわざ他の男と自分の妃との間に生まれた子を、我が子と偽る理由がない。それに、セゴール国王は第二王子であるドナートを後継にしようとしていたと言う。倒れる直前の事は分からないが、少なくとも途中までは、第三王子と第一王女の父親の素性すら分かっていなかったんだ。バリエンダールの伯爵家の庶子くらいにしか認識していなかったかも知れない」
私は思わず頭を抱えた。
あまりに複数の人間の思惑が絡んでいるからだ。
解くのに一苦労じゃないか。
「テオドル大公情報だと、ミラン王太子は妹姫分含めて縁談を拒絶した訳だから、王弟の存在を否定しているって事なんですかね?宰相とは手を組んでいない?」
「さてな。その辺りは、ビリエルでは知りようもないだろう。むしろ貴女がそこを見極めなくてはいけなくなる。だから行かせたくなかった。流石にこんな事態になるとは思わなかったが、ただの使者と書記がアンジェスに招きに行くなんて、そんな簡単な話で済む筈がないと思っていたんだ」
エドヴァルドは本気で嫌だと言う表情を浮かべている。
結局――サレステーデ王家を乗っ取りたいのは誰なんだろう?
第一王子…バルキン公爵家現当主の兄(故人)/ 正妃
第二王子…中立派公爵家前当主(故人)/ 側妃
第三王子…ビリエル・イェスタフ(素性不明)/ 正妃
第一王女…ビリエル・イェスタフ(素性不明)/ 側妃
それがリックが耳にしたバルキン公爵とリーケ正妃との会話の内容、つまりは各王子王女の血のつながりの話だったらしいけど、どうやらビリエル・イェスタフも、それと同じ事を喋ったとの事だった。
「ただその先は…まあ、なぜ『自称・王族』を強調しなくてはならないのかと言う話にもなるが……」
そう言ったところで、珍しくエドヴァルドが私を見て言い淀んだ。
「エドヴァルド様?」
「ビリエル・イェスタフは偽名、本来の名はヘリスト・サレステーデ。幼少の頃に亡くなったとされているセゴール国王の末の弟、要は王弟だな」
今は「自称」だが、とあくまで繰り返す事も忘れない。
「当人曰く、幼少の頃に命を狙われて、当時の側妃の実家領地内で崖から川に突き落とされたらしい。その川下に、バリエンダールの高位貴族の別荘があり、運良くそこに流れ着いた…と」
「……バリエンダール?高位貴族?」
まだ話の続きがあるんだろう。
エドヴァルドは、私の疑問をいったん無視していた。
「ただあまりに幼く、崖から落ちたショックで当時は記憶も曖昧だったらしく、そのまま保護された貴族の一家と共に、バリエンダールへと出国していたらしい。そこでビリエルの名も与えられたようだ」
「それがイェスタフ家なんですか?」
「ああ。バリエンダールの伯爵家らしい。ただ、今の当主は当時の当主一族と一切血のつながりはないらしいがな」
「ええっと…養子をとられた、とかですか」
「バリエンダール独自の相続法とも言えるが、養子を取ろうにも、近い血筋に相応しい人材がいない場合は、王家に次代の任命権を委ねる法があるようだ。受け取った王家は、次に国家に対して多大な貢献をした人物に対して、その爵位を家名ごと授ける形だな」
「論功行賞としての爵位ですね」
「そう言う事になるな。ただしヘリスト自身は、先代当主が、亡くなる前に身分保証の為、継承権のない養子としてビリエル・イェスタフの名を与えていたらしい。どこの誰とも分からない子にさすがに爵位は与えられないと思ったんだろうが、使用人の養子にしなかったあたり、元はそれなりに身分のある子なのかも知れないと、どこかで勘づいてはいたんだろうな」
うーん…?と、私は思わず声を出して、天井を見上げてしまった。
その様子に、エドヴァルドが微かなため息を溢した。
まるで「気が付いて欲しくなかった」とでも言わんばかりに。
「そうだな。いつ、どこでサレステーデに戻って、バルキン公爵達と繋がったのかと言う話がまだだな」
「ですよね」
「どうやら先代当主が、次代の継承権を王家に委ねる申請をするために王宮へ赴いた際に、ヘリストも養子ビリエルとして同行したらしい。それはそうだろうな。誰がイェスタフ伯爵家を継ぐにせよ、ビリエルもセットで抱えなくてはならないと言う話にはなるからな」
王宮。
何かイヤな繋がりが見えてきた気がして、思わず眉を顰めてしまった。
「私はこの前、あの男が本物の王弟ならば、殺されかけた事への復讐をしたいのかも知れないと言う話はしていたが、ある意味正解で、ある意味間違っていた。ずっとサレステーデにいて、機会を窺っていた訳じゃない。バリエンダール王家が、サレステーデを乗っ取る為に送り込んだんだ」
「え……っ、でも、本人、幼すぎて記憶が曖昧だったんですよね?なのにどうして、その正体がサレステーデの王族だと……」
「どうやらメダルド国王が、サレステーデのセゴール国王の前の王に、ビリエルがよく似ていると不信感を持ったらしい。それで先代のイェスタフ伯爵から、ビリエルを養子にした経緯を聞いて、もしや…と思ったようだ、とはビリエル本人の話だが」
ヘリスト・サレステーデの名は現状「自称」でしかない為、今は「ビリエル・イェスタフ」として話を進めるしかないのだろう。
「メダルド国王自身は、純粋に本人の地位と権利を回復させてやるべきと思ったらしいが、そこに待ったをかけたのが、謁見に同席していた宰相の方だった」
「バリエンダールの宰相、ですか?」
「ああ。これは私の推測だが、メダルド国王が正妃一人を定めたまま、側妃を拒否していた事が不満だったんじゃないかとな。だからこの『幻の王弟』をサレステーデに戻すなら、なるべく恩を売って、いずれ自分の一族から誰かを娶らせたかった。サレステーデのバルキン公爵家は、このバリエンダールの宰相家と、近くはないらしいが縁戚関係にあったとかで、そこを後見とする形で、ビリエルをサレステーデに戻した」
新しくイェスタフ伯爵家を名乗る当主にしても、ビリエルの存在は、正直扱いに困るだろう。
宰相の案に正面切って反対する理由は、誰も持たないと言う訳である。
「それで、サレステーデでは子を為せないセゴール国王の代わりに、血を残させようと……?」
「いや…だとしたら、全てを公にして、王弟に譲位をした筈だ。わざわざ他の男と自分の妃との間に生まれた子を、我が子と偽る理由がない。それに、セゴール国王は第二王子であるドナートを後継にしようとしていたと言う。倒れる直前の事は分からないが、少なくとも途中までは、第三王子と第一王女の父親の素性すら分かっていなかったんだ。バリエンダールの伯爵家の庶子くらいにしか認識していなかったかも知れない」
私は思わず頭を抱えた。
あまりに複数の人間の思惑が絡んでいるからだ。
解くのに一苦労じゃないか。
「テオドル大公情報だと、ミラン王太子は妹姫分含めて縁談を拒絶した訳だから、王弟の存在を否定しているって事なんですかね?宰相とは手を組んでいない?」
「さてな。その辺りは、ビリエルでは知りようもないだろう。むしろ貴女がそこを見極めなくてはいけなくなる。だから行かせたくなかった。流石にこんな事態になるとは思わなかったが、ただの使者と書記がアンジェスに招きに行くなんて、そんな簡単な話で済む筈がないと思っていたんだ」
エドヴァルドは本気で嫌だと言う表情を浮かべている。
結局――サレステーデ王家を乗っ取りたいのは誰なんだろう?
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