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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【仕立て屋Side】ヘルマンの荊棘(けいきょく)(前)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「今回は既製品のお届けで宜しいんですか?」

 イデオン家へ自ら納品に行く事は、数日前から店の店長には伝えてあった。
 納品分の積み込み前の最終チェックの傍らで、念の為とばかりに店長が確認をしてきた。

「ああ。何でも商業ギルドの方から、高位貴族を強調しない服装で来いと釘を刺されたらしい」

 普通は自ら足を運ぶような事はしない。

 ギルドとしても、本当は「来てくれるな」と言う事を裏で言いたかったんだろうが、エドヴァルドにしてみれば「レイナ嬢だけを行かせる」と言う選択肢がなかったに違いない。

「ああ、それでアクセサリーもセットでご用意された訳ですか」

 服と一緒に用意されている装飾品類を一瞥しながら、なるほどとばかりに店長は頷いている。

「請求書の方に記載がないのは、先日のお詫びも兼ねて――と」

 …どうやらこの前、帰宅寸前のところを俺に泣きつかれ、窓枠の霜取りに付き合わされた事を未だに根に持っているらしい。

 本の角が額にぶつかって、微かに切り傷が出来た上に「ちょっと揶揄いすぎた……」と乾いた笑いを見せた俺に「どうして王都のど真ん中でこんな事を私が…」と、こめかみに青筋を立てながらも霜取りに手を貸してくれた店長には、悪い事をしたと思う。

 女性である店長からすれば、ガリガリ霜を削るのは、それなりの力仕事だった事は想像に難くない。
 放って帰ろうかとさすがに提案したものの、翌日水浸しになる!階下に漏れでもしたらどうします!と、更に怒りを煽っただけだった。

 聞えよがしな店長に、俺はゴホゴホと咳払いをする事で、今は聞かなかった事にしておく。
 せめて次の給料日には、特別手当を付けておこう。

「ま、まあ、ちゃんと新規も取ってくるから心配するな!そろそろクローゼットの中身が一周する頃だろうからな!」

 そう言って、俺はそそくさとイデオン公爵邸に向かった。

「よぉ、エドヴァルドにレイナ嬢!」

 が、しかし。

(また〝痕〟増やしてんじゃねぇか、アイツ……)

 俺がデザインするドレスは、そんなモノを想定してないってコトを何度言わせるんだ!

 今度は店じゃなく口を凍らせたいかと凄まれようと、俺にだって譲れない一線はある。

 新しいドレスを最低5着、それも王宮で出来るようなドレスを考えているとなると、余計に釘は刺しておきたい。

 そんなに周囲を牽制したいなら、せめて〝痕〟は見えるところ一箇所にしておけよと思う。

 最終ではないが、それなりに――。

 婚約式、結婚式の相談が入るのも、そう遠い話ではない気がしてきた。

 これは今の内から、この前の〝青の中の青〟の様に、良い素材があれば先だって押さえておかねば!と、内心密かに気炎を吐いたところで、エドヴァルドから「ちょっと待てフェリクス」と、帰宅への「待て」がかかった。

「………は?」

 ロイヴァス兄上がここに?
 全く予想だにしていなかった爆弾を投げつけられて、俺はその場で完全に固まってしまった。

「いや、その…エドヴァルド、この前のコトでおまえが怒っていたのはよく分かった。それはすまなかった。改めて詫びる。次のドレスもなるべく良い素材を集めてくる。だからだな――」

 父親や一番目の兄、二番目の兄に関しては「嫌い」の部類に分類分けされるが、三番目――ロイヴァス兄上に関しては、どちらかと言うと「苦手」の部類に分けられる。

 学園時代の在席期間がかぶっていた訳ではないが、興味のある科目とない科目との落差が激しすぎて、教師すら呆れていた俺とは違い、ロイヴァス兄上は卓抜な選良達の一員と言って良い存在だったと聞く。

 ただ父達は、本家に貢献出来ないのであれば、押しべて役立たずであるかの様に思っているのだ。

 王宮の上級官吏試験に通る兄よりも、食用の羊を領内で取り纏める事にした四番目の兄や、領都の商業ギルドで羊皮紙の安定供給を支える五番目の兄の方が、本家においては評価が上と言う状況が、まかり通っている。

 ロイヴァス兄上が、多少なりと領都の本家に税にしろ流通にしろ融通をきかせていたならば、逆に評価は最上位になったかも知れないが、就いた部署は不正を取り締まる、言わば真逆の司法・公安部門。

 聞けば学園時代に、ベルセリウス侯爵家の嫡男が、キヴェカス伯爵領の産地偽装疑惑に苦しむ、自分よりも7歳も若い当主の為に何か出来ないかと、首席の知恵を貸せ!と、ある日いきなり席に突撃して来たところから、イデオン公爵領との関わりが深くなっていったらしい。

 自ら裁判を受けて立とうとするキヴェカス家の子息とて、まだ学園に入れる年齢ではなかった為、該当しそうな法律の書物や裁判例を、学園図書館の蔵書から借りて、密かにベルセリウス侯爵令息に貸していたのが、何を隠そうロイヴァス兄上だったと、俺は俺の年代としになって、図書館長から聞かされた。

 大抵、一学年に数人は反骨精神に溢れた生徒が出るとかで、兄の年も、裁判相手がクヴィスト公爵家傘下の伯爵家と知りながら、まだ領主でもない学生が手を貸すと言う状況を、むしろ教師達は何も言わずに見守っていたらしい。

 道理で俺がデザイナーとしてやっていくと、経営だ何だと受講する科目を偏らせ出したところで、学園内では誰も何も言わなかった筈だと、後で激しく納得したものだ。

 ドレスをデザインするなどと、本家においては勘当必至のド底辺の所業なのに。

 基本的に、三男以下の貴族男子は己の身を立てる手段を、学園在学中から漠然とでも良いから考えておく必要がある。

 ロイヴァス兄上は、結果的にキヴェカス家の騒動に間接的ながら関わった事で、法の道に活路を見出した。
 最初の頃は、当然ながら下っ端官吏として、エドヴァルドと関わる事もなかったらしいが、俺が学園に入って、デザイナーになると言い出したところで、事態が激変した。

 ただでさえ、ロイヴァス兄上が官吏として王宮に上がっただけでも本家では嫌味の風が吹いていたところが、今度は六男がデザイナーと聞いて、嫌味の風が罵詈雑言の嵐になった。

 俺は俺なりに、リボンとレースの数で競うような、母や祖母が嘆いた、地位にも年齢にもそぐわないドレス業界に、風穴を開けたいと思っただけで、そこならば自活の道を探れると確信しての事だったが、本家には全く理解されなかった。

 ――それを俺がやる必要はない。

 本家の言い分は、常にそれ以上でも以下でもない。
 つまりは俺の言い分に耳すら貸そうとはしないのだ。

 四番目の兄や五番目の兄は、ロイヴァス兄上が揉めたのを目にした時点で、早々に本家に抗う事を諦めて領内に残っていたから、余計に俺は目立った。

 学園で同期となったエドヴァルドが、キヴェカスの一件もあって顔を見知っていた、ロイヴァス兄上を引き込む事で「王都在住の二人は、ヘルマン侯爵家一族に相応しい働きで、イデオン公爵家の知遇を得た」と本家に主張出来るよう力業を発揮しなければ、今頃俺はアンジェス以外の国にだって出ていたかも知れない。

「敢えて領内に留まらず、王都で畑違いのいばらの道を歩むと言う、その心意気を買ったまでの事。慈善事業をしているつもりはない。当然、結果は出して貰う」

 そう言ってのけたエドヴァルドにロイヴァス兄上は心酔し、事あるごとに俺にもヘルマン家の一員としての義務を説く。

 むしろ本家を見返す意味でも、可能な限りその名にはしがみつけ――と。

 俺は未だ、そんな兄上にも及ばないし、エドヴァルドはその遥か先を突っ走ったままだ。

 エドヴァルドになら、店の発展で、常に後ろを追いかけている事を示す事が出来る。

 だけどロイヴァス兄上には、どう接するべきなのかが未だによく分からない。

 ――だから俺は、ロイヴァス兄上が苦手なのだ。
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