聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
293 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

348 忘れる事を忘れる?

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「そもそも公安部は内部監察や国益に関わる犯罪活動の取り締まりを行う部署、陛下以外の王族高位貴族との繋がりをなるべく避ける意味でも、潜入任務に就く公安官吏を、テオドル大公殿下には接触させづらいのです」

 なるほど。王宮の後ろ暗い所を知る人間が、特定の貴族と癒着しちゃまずいよね、確かに。
 実際に癒着はせずとも、そう受け取られるだけでも問題は噴出しそうだ。

 ヘルマン長官の言葉に私も頷く。

「コンティオラ公爵閣下のところから派遣されるであろう外交官吏に関しては、レイナ嬢がいらっしゃらなければ、いざと言う時の連絡対象とさせて頂いたかも知れませんが、それでも口外無用の誓約を提出させるなど、事前の根回しは色々と必要になったでしょう」

「私は……その誓約も必要ない、と……?」

「王宮内の皆が、レイナ嬢の後ろに宰相閣下がいらっしゃる事を既に承知していますからね。その宰相閣下は、司法と公安の責任者、私の上司。癒着もなにもあったものじゃない」

 むしろ「子飼い」同士の情報交換レベルにしか思われない――そこまであからさまではないにしろ、要はそう言う事をヘルマン長官は言っているに違いない。

 エドヴァルドが何とも言えない表情を見せているのも、それを肯定していると思えた。

「それに、これまでのレイナ嬢のご様子から察するに、さぞやだろうと」

 …それは、アレですね。その人と次に会っても知らないフリを通すなり、別の人物設定があったなら、黙って話を合わせるなりしろと、そう言う圧力ですね⁉

 公安も大概に物騒な部署なんですね、長官サマ。

「そうですね……宰相閣下の為にならないとあれば、かも知れませんけど、そうでなければ、基本的な空気は読みます。ええ」

 あ、さっきまで来ていたのがヘルマンさんだったから、扇なんて手にしてなかった。

 仕方がないから「ふふふ」って微笑わらっておこう。迫力足りないとは思うけど。

「そうですか。お互い、宰相閣下の為に…と言う訳ですね?そう言う事なら、私も〝草〟の連中も安心ですよ。公爵邸ここにお邪魔した甲斐もあった」

 さすがにヘルマン長官は「ふふふ」とは言わないにせよ、吹き出しにセリフを当て嵌めたらそう言いそうな、薄ら寒い笑みは確かに浮かべていた。

 やめないか、二人とも――と、エドヴァルドが片手で額を覆うくらいには、寒いやりとりだったのかも知れない。

「いずれにせよ、キリアン第一王子一行は、予定通りなら今日サレステーデ本国に戻る筈だったんだ。それが戻らないとなれば、本国王宮が疑心暗鬼の渦に巻き込まれる。それを狙うにしても、明日には親書を送らないとなるまいよ。それ以上はアンジェスこちらへのいらぬ疑惑を逆に招く」

「その通りです、閣下。今はコンティオラ公爵主導で外交部がその文書の推敲を行っているものの、陛下やフォルシアン公爵が横から物騒な口出しをなさるので、何度推敲しても、喧嘩をふっかけているかのような文面になってしまって、いっこうに作成が進まないとか」

 子供か!と言いたくなってしまう話だけれど、ヘルマン長官の表情を見ている限りはどうやら真実っぽい。

「……あの二人は……っ」

 それこそ頭を抱えかねない宰相閣下、多分アナタがそこに加わっても、過激さに拍車がかかるだけな気がします。ハイ。

 私は内心で、今にも倒れそうな容貌のコンティオラ公爵を思い返しながら、密かに「頑張れー」と、応援エールを送った。

「ロイヴァス、馬車は単独で王宮に帰らせると良い。公爵邸は今は特例で小型の転移扉の使用が認められている。多少の事だが早く王宮に戻れる」

「…と言う事は、閣下も王宮へお戻りに?」

 有難い事は有難いですが…と、やや遠慮がちに口を開いたヘルマン長官に、エドヴァルドは自嘲めいた笑みを浮かべてみせた。

「ほう?私は謹慎処分を受けた身、後は任せた――で、皆が納得するのなら、喜んでそうさせて貰うが」

「――どうぞ王宮へ。不肖ロイヴァス・ヘルマンが共に付かせて頂きますので」

 ヘルマン長官、一応エドヴァルドの謹慎を気にしてみたのを、自分で速攻否定していた。

「分かっております。司法を預かる部署の長が、延々と処分を先延ばしにしている事が、いずれ組織に悪影響をもたらすかも知れない事は。ただただ、時期が悪すぎます」

 確かに、誰もこんな礼儀作法のことごとくを破壊するかの様な、馬鹿馬鹿しい騒ぎが起きるなどとは、絶対思わない。

 馬鹿馬鹿しいけれど、国が絡む話である以上は、宰相の存在は必要不可欠だ。

 エドヴァルドも、分かっているとばかりに片手を上げた。

「とりあえずは、陛下とフォルシアン公爵に、あまりコンティオラ公爵を困らせないようにと釘を刺す事と、第一王子達の事情聴取の様子見だな。このまま戻るが構わないか」

 返事の代わりにヘルマン長官は黙って一礼した。

「レイナ、すまないが夕食に関しては私の事は気にしないでくれ。この様子だと、第一王子達から情報を抜き出すのはかなり手こずりそうだ。もし、テオドル大公とバリエンダールに向かう貴女に伝えた方が良い情報が得られれば、それは帰宅してから改めて話をさせて欲しい」

 …宰相閣下、お言葉が「事情聴取」から「情報を抜き出す」に、本音変換されてますけど。

「あ…はい。私が聞いておいた方が良くて、聞いても問題ないと閣下が判断されたなら、改めて伺いたいと思います」

 私はちゃんと本音を真っすぐに伝えた筈なのに、返ってきたのはもの凄く疑わしげな表情だった。

「……そんな顔をしなくても、とか思ったのなら、今すぐ胸に手を当てて、我が身を振り返ってくれるか」

「⁉」

 あれ、表情読まれた⁉

「少なくとも今回の騒動に関しては、これ以降私の知らないところで〝鷹の眼〟を動かすな。動かしたければ声をかけろ。サタノフやノーイェルに関しても同様だ。まさかとは思うが、ロイヴァス経由で〝草〟を巻き込むのも禁止だ」

「え⁉そこまでですか⁉」

 さすがに〝草〟とやらをどうこうするような事態にはならないだろうと思っていたのに、エドヴァルドの中では「やりかねない」一択だったらしい。先んじる様にして、釘を刺されてしまった。

「バリエンダールに行ってしまえば、臨機応変として貴女に委ねるしかない事は分かっているが、わざわざそれまでに自ら動かずとも良い」

「えー……意図せず巻き込まれてしまった場合とかは……」

 こればっかりは、詭弁を弄した訳じゃない。
 自分で言うのも何だけど、どちらかと言うと「巻き込まれ体質」な気がするのだ――何となく。

「レイナ……」

 エドヴァルドからは、盛大なため息が返ってきたけど。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。