聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【防衛軍Side】ウルリックの教導(中)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 どうやらあの晩は、ファルコとウチの上司とが一緒に報告に行ったところが、出て来たセルヴァンに「…話がそれだけであれば、既に旦那様も予測済みの事でしょうから、明日の朝にでも私から報告致しましょう」と、報告を強制終了させられたらしい。

 特に察しの悪いウチの上司は「いや、しかし…」と渋っていたらしいのだが、セルヴァンに「今夜の不審人物との接触の件で動揺しておいでのレイナ様に、旦那様がいらっしゃいますので、警戒ならば邸宅やしきの外側をお願い致します」と言われ、ファルコの方が言われた事を察して「戦略的撤退」を決断したのだとか。

 で意外にファルコの察しが良くて驚いたところ、苦い表情かおで「夜中に『をするな』とばかりに敷地の外に放り出されるのは二度目だからな」と、明後日の方向を向いていた。

 ウチの上司曰く、公爵邸から『南の館』への移動途中に、ファルコがボソッと『これで、お嬢さんの公爵夫人への道に、寄り道も戻る道もなくなった。1度目ならば、まだ引き返せたかも知れないが……』――なんて事を言ってきたそうだ。

 そこで私もようやっと理解したぞ!と苦笑いの上司に、同じ様にそこでようやく理解が追い付いていた私自身が、ちょっと不本意だった。

 ただファルコの言い方だと、レイナ嬢次第では『引き返す道』を用意してやるつもりがあったかのように聞こえる。
 氷漬けはイヤだ!と叫んでいるのと若干矛盾しているな…と思いながら視線を向けると、ファルコは器用に肩だけをすくめていた。

「政敵じゃねぇんだから、退路の一つくらいあったって良いだろうよ。普段からアレコレ手ぇ貸して氷漬けになりたい訳じゃねぇが、まぁ、それが俺なりの『借りの返し方』ってこった」

 何の「借り」かはウチの上司も知らないらしいが、どうやら〝鷹の眼〟としての顔とは別のところで、何かしらのやり取りがあったようだと言うのが、上司の知る限界だった。

 我々軍とは違い〝鷹の眼〟は、平民である事に加え、事情のある者も多い。
 いちいち詮索しないのも、暗黙の了解の内の一つだった。

 拳を交わせば分かり合える――レイナ嬢曰く「頭の中身も筋肉で構成されている思考の持ち主」が、軍も〝鷹の眼〟も多いからだろうと言われた時には、正直効果的な反論が思い浮かばなかったのだが。

 そしてレイナ嬢の規格外っぷりは、公爵邸の敷地内で、ただ生えているだけと認識されていた野草や、毒の原材料くらいにしか思われていなかった、キノコを料理に変換すると言うところでも、遺憾なく発揮された。

「そのまま食べられる訳じゃないですから、すぐさま兵糧になると思わないで下さいね⁉︎」

 ストール越しで見にくいとは言え、首元にいくつも散るを、公爵邸の使用人全員が見事なくらいに「見なかった事」にしているのはさておき、ウチの上司が顔色を変えた理由を、すぐさま察して釘を刺してくるあたりも、やはり非凡だとしか言えない。

 これはお館様が執着してしまうのも、さもありなんだと思う。
 ファルコが思わず「逃げ道を作ってやりたい」と思ってしまったのも、理解出来なくはないくらいだ。

(まあしかし、使用人達同様、これは触れずにおくのが一番平和だな……)

 とりあえず、大量の食材が必要になったと言う事もあって、公爵邸保管の植物図鑑の中から抜き出された紙を何枚か持って、敷地の中を歩いて、野草やキノコを収穫したおした。

 聞けば、あの軽薄そうな王子の件で、フォルシアン、コンティオラ、スヴェンテ公爵家を束ねる方々と、どうしても密かに集まる必要が生じたとの話で、本来はミカ殿とボードリエ伯爵令嬢との気軽な「収穫祭」程度のつもりだったところが、料理の種類を急遽増やす話になったと、朝から公爵邸内部は混乱の只中にあった。

「うむ。我らも急遽参加した側であるしな。手を貸すとしようか」

 ウチの上司にしたところで、ミカ殿の送迎だけだったところが、急遽お館様から参加を言付けられたクチなので、手を貸した方が良いと、判断をしたのに違いない。

 …多分、いつぞや卵を大量にかき混ぜさせられたところで、耐性がついたんだろうと思う。

「料理長!将軍なら『うどん』の生地を捏ねて貰うのが、うってつけだと思いますー!」

 そうですか。
 卵の次は小麦粉ですか、レイナ嬢。

「お願いして良いですか、将軍?力仕事なんで、ぜひ!」

 …そうやって見ると、お二人は良いご友人同士なんだなと思いますよ、ボードリエ伯爵令嬢。
 ウチの上司とファルコとのやり取りを見ているようで……。

「私もじゃあ、手伝いましょうか。将軍ほどではないにしても、そこそこの事は出来ると思いますよ」

 既に、そう声をかける以外の選択肢は残されていなかったような気がした。

 土砂災害の影響で食料事情が豊かとは言えないハーグルンド領の役に立つ。
 復興途中の今でも手に入れられる食材で出来る筈の料理――。

 例えレイナ嬢の故郷で「庶民食」とされていようと、多くの領地を抱える公爵様方であれば、無視する事も貶す事も出来ない料理であり、急ごしらえの場であるにも関わらず提供出来る物として、実はこれ以上の物は存在しないのだ。

 レイナ嬢本人は、あくまで「庶民食」である事への弁解的に考えていたようだが、実態はそうではない。
 追加で、各公爵領の特産品を使った料理まで足しているのだから、自ずと各公爵様方の、レイナ嬢への評価は跳ね上がる。

 サレステーデ国になぞ渡せるかと誰もが考え、表からか裏からかはともかく、お館様とレイナ嬢との間に横たわる身分の問題を、皆がさりげなく解消しようと動いてくるだろう。

 これは恐らく、養子縁組の話に関しては、ウチの上司の出る幕は、もうないかも知れない――。

 そんな事を内心で考えていると、料理の多くを一度は口に入れたあたりで、ふと、お館様がこちらへと声をかけてきた。

「近々リリアート領の領都を拠点にして、ハーグルンド領に入るつもりはしている。無論、今回のレシピとレイナも共に、だ。護衛なら〝鷹の眼〟で事足りるが、ハーグルンドの現状視察に、ベルセリウスと来るか?」

 さすがに、本部を任せたままのルーカス様への連絡の事なんかもあるので、ウチの上司も即答を控えたようだったが、これは「必要な事」とルーカス様も考えるような気はしていた。

「それと明日、共に王宮に上がって貰う事になるだろう。詳しくは夜、公務から戻り次第説明する」

「は……」

 ――ウチの上司でも役に立てそうな機会は、また別の所で巡ってくる様な気がしていた。
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