聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【防衛軍Side】ウルリックの教導(前)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――もう少しだけ、滞在を延長してくれ」

 その日は、防衛軍本部に戻るにあたっての、お館様主催の慰労会の筈だった。

 ギーレンからお館様も、レイナ嬢も無事に戻って来られて、そろそろ養子縁組に関しての探りを入れて、今にも突っ走りそうな上司の有り余っている力を、正しい方向に誘導しなくてはと思っていた。

「王子だよ?王族だよ?普通なら涙を流して喜ぶところじゃない?」

 まさか、お館様の次にレイナ嬢が他国から目をつけられようとは…。

「あー、とりあえずケネトは、ミカ坊ちゃん送ってやってくれるか。多分、あの『自称・王子』も、この後はに帰るだけな気はするが、場所だけ〝鷹の眼オレら〟で確認しとくから」

 帰って良いと言わんばかりに、ファルコにヒラヒラと片手を振られたが、先刻レストランで耳にした、結婚してやる云々の話を聞いてしまうと、王宮の騎士達とて、おいそれとは引き下がれないだろう。

 結局「宰相閣下の許可があるまで、この後見聞きした事はどこにも洩らさない」事を条件に、何人かがファルコ達やウチの上司と宵闇に紛れた。

「どうもウチの上司は、闇夜に紛れて刺客を返り討ちにする楽しみを、この前の双子の一件で覚えてしまったみたいですね……」

 困ったものです、とかぶりを振る私に、馬車に乗り込んだミカ殿は「あはは…」と乾いた笑い声をあげていた。

「あの、僕さすがに戦えないんで、送ってもらうより仕方はないんだけど、僕が『南の館』に着いたら、みんなと合流してね?」

 故ハルヴァラ伯爵か、あるいはあの家令の薫陶か。
 次期ハルヴァラ伯爵の頭の回転は、並の6歳児とは一線を画している。

 …そして近頃では、場の空気や大人の顔色を読む事をし始めている。

 確実に、王都に出てきてからもあらゆる事を吸収していた。

 子供らしさが消える!などと公爵邸で悲鳴を上げられているのは知っているのだが、打てば響くとなれば、ついついアレコレと教えたくなってしまう。

「お気になさらず。さっきもファルコが言ってましたが、今日はあの『自称・王子』がどこに帰るのかを確かめるだけ。暴れるような何かも起きないでしょう」

「えー……」

「何か起きた方が良いと?ダメですよ、ミカ殿はそんなウチの上司みたいな事を言っていては」

 多分、頬を軽く膨らませているのは、周りからどう見えるか分かってきたからだろうな…と、思わず小さな笑みが洩れてしまう。

「だって、レイナ様の結婚とか、冗談でも言って欲しくなくない⁉王宮で、あんな軽い調子で言ってたんだとしたら、今後僕――えっと、他の人とか、公爵様とかが申し込んだって、重みが減ると思わない?誰かが一度ガツンと言うかやるかしないとダメだよ!あんなのが王子サマだなんて、僕ガッカリだな!」

「……なるほど」

 まさか6歳で、やるは「殺る」ではないと信じたい。

「まあ…この先は、国と国との話になるでしょうから、陛下にお任せするしかないでしょうね……お館様も表向きは『謹慎期間』中の筈ですし」

 レイナ嬢が絡むとあっては、お館様は間違っても大人しく謹慎なんてしないだろうが、ミカ殿にはまだ説明がしづらい。

 あまりに正直に説明すれば、戻ってからあの家令に殺されそうな気がする。

「ミカ殿は、今のミカ殿に出来る精一杯の事を為されると良いですよ。あの洋菓子店で働く事だって、ちゃんと考えて下した決断なんですから。だから誰も責めたりはしなかったでしょう?そうやって少しずつ、出来る事を増やしていくのが、今のミカ殿には良いと思いますよ。逆に、今のミカ殿の手に負えなかった事は、何かに書きとめておくと良いですね。3年5年10年と、努力と共に年齢を重ねれば、出来る事だってあるかも知れませんから」

「…っ、分かった、頑張る!」

「ええ。近いうちに『きのこがり』と『さんさいがり』で、公爵邸の敷地をたくさん歩くんでしょう?しばらくは早目に休まれると良いですよ」

 この時はまだ、私も上司もミカ殿の付き添いくらいの気持ちでしかなかった。

*        *         *

「やはりイデオン公爵家は、つくづくクヴィスト公爵家と相性が悪いんですね…」

 ミカ殿が寝静まった頃、戻って来たファルコや上司からは、くだんの軽薄そのものの『自称・王子』が、クヴィスト公爵家の別邸に入ったと聞かされた。

 キヴェカス家絡みの一件から、約18年、クヴィスト領の上位貴族家とほぼ没交渉なのは、私や上司でさえ把握をしている。

「いや、っつーかもう、自称自称って言うのめんどくせーんだけどな……」

 ファルコのボヤきが、ちょっと分からなくもない。

「うむ。しかしまあ、確かめようもない事は確かだしな……」

 ウチの上司も、若干歯切れが悪い。

「お館様には、そのまま報告するしかないでしょう。あの場で王子と名乗った男は、あの後クヴィスト公爵邸に入りました――と。と言うかファルコ、何故ウチの上司と一緒に『南の館』にいるんです。真っ先に報告に行くべきじゃないんですか」

 私は何気なく、当たり前の事を聞いたつもりだった。

 …が、何故かそこで二人して、何とも言えない表情で視線をあらぬ方向へと逸らした。

「何です、二人して」

「いや…俺は今夜はここで良いんだ。セルヴァンには伝言しといたしな」

「うむ!セルヴァンとヨンナがいれば、我々は今夜はもうお役ごめんだ!」

「は?何言ってるんです。もっと要領よく説明して貰わないと困りますよ。明日になって怒られるのはこちらじゃないですか」

 大の大人が「おまえが言え」とばかりに肘を打ちあっていたところで、微笑ましいどころかイラっとさせられるのだが。

「――だあっ、おまえやっぱ独身なりの理由あるじゃねぇか、ケネト!夜だろ⁉︎お館様とお嬢さん、二人で帰って行ったろ⁉︎察しろよ、ちったぁ!オレはキヴェカス山脈の奥地で氷漬けはゴメンだっ‼︎」

「………はい?」

 私が声を出せるようになるまで、不本意にも二拍以上の間が出来てしまった。

 ――まさか「ミカ殿に説明出来ない話」が、誇張じゃなく真実になっていようとは。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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