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第二部 宰相閣下の謹慎事情
327 清々しいほどの……
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「助けて――‼」
扉が開いたのと同時に、まだ若い少女の声と思しき悲鳴が響き渡った。
(うん?若い?)
てっきり、廊下で刺客に遭遇したドロテア王女が、命からがら逃げ込んで来るのだと思っていた。
いや、確かに見た目は私が隠された部屋で目撃した王女サマだと思う。
だけど何かが違う。何が――。
私の横をあっという間にすり抜けていったライネル・シクステン軍務・刑務長官を視界の端に捉えつつ、立って!と鋭く告げるロイヴァス・ヘルマン公安長官の指示に、私もシャルリーヌもあれこれ聞き返す事なく従いはしたんだけど。
「って言うか、そもそも王女サマが飛んだり跳ねたり剣先避けたりしないよね⁉アレ、誰⁉」
「話は後にしましょう、レイナ嬢!とりあえずは壁際へ!」
開いた扉からなだれ込んで来たのは、一人ではない。
王宮護衛騎士であるトーカレヴァと、シクステン長官とが先陣を切る様に扉側へと走り込んで行く傍ら、私とシャルリーヌは、公安長官に肘を引かれる形で、壁際へと移動させられた。
「クソッ、なんでお前たち、この部屋になだれ込んで来ているんだ⁉カタをつけて来いって言っただろう⁉」
そして剣戟の音に負けず劣らずの、そんな間の抜けた声も同時に聞こえた。
「……何か、清々しいくらいのおバカ発言が聞こえた」
「ちょっとレイナ、何でそんな冷静なのよ⁉いや、私もおバカ発言なのは否定しないけど!」
「いやぁ……それは麻痺もするでしょう。私が今、どこに住まわせて貰ってると?」
「……泣く子も黙る、冷徹鉄壁宰相サマのご自宅?」
そんな声をうっかり洩らした私とシャルリーヌに、案の定「お二人とも、どっちもどっちです」と、こちらも冷ややかな公安長官の声が降り注いだ。
「貴女の予測は正しかったと言う事でしょうね、レイナ嬢。いっこうに第二王子と第一王女の処刑が決まらない、あるいは強制送還の許可が下りない事に業を煮やしたキリアン第一王子あるいはバルキン公爵が、貴族牢の二人を先んじて処分してしまおうと動いた。いや、動くだけなら我々も予測はしていましたが、その先がね。まあ、こちらから追及する前に自ら白状してくれたので、公安としても手間が省けて有難いですよ」
心置きなくアンジェスの司法に則って裁いて差し上げましょう――。
司法と公安を司る長官サマの口元には、明らかな愉悦の笑みが浮かんでいた。
これは、副官のシモンが善良なだけであって、こちらこそが流石エドヴァルド直属の部下なのだと思い知らされた。
イデオン公爵領の人間だと思われている、と本人がのたまうのもさもありなんだ。
「取り急ぎ、貴女方は陛下と宰相閣下の所へ。向こうはベルセリウスが付いているでしょうから、余程安心でしょう」
そう言って公安長官が壁際の私とシャルリーヌを移動させようとした時だった。
「キャアッ‼︎」
悲鳴と共に、誰かがテーブルの上に叩き落とされて、料理とテーブルクロスを巻き込むかの様に横滑りになったのが見えた。
そしてその瞬間、ふっ…と、視界に影が差した気がした。
「なっ――⁉︎」
咄嗟に公安長官が私とシャルリーヌの前に立ってくれたのは見えていたけど、まるで彼を飛び越えようとするかの様に、黒い影が至近距離に見えた。
「貴様如き楯にもならぬ‼︎」
(キリアン王子の隣にいた筈の、あの男⁉︎)
視線が扉に向いていた間に、テーブルに足をかけてこちらに飛び移り、導線上で交錯した王女?をテーブルに蹴り落とした――事は、後から聞いた。
そしてずれた導線を一度地に降りて立て直したのが、公安長官の正面だったのだ。
ただ、結果としてその時間差が、私やシャルリーヌどころか公安長官をも救っていた。
「っざけんな!一昨日来やがれ、ド阿呆がっっ‼︎」
剣を振りかざした相手に、斜め後方、それも更に高い位置からの電光石火の踵落とし――の後に、そんなセリフが吐ける人間なんて、一人しかいない。
「ファルコ‼︎」
私の声にはすぐには答えずに、ファルコは地面に叩きつけられた男の右腕を踏み躙って、剣を手放させていた。
「なるべく殺すな!正規の連中に引き渡せるだけ、引渡せ!」
承知!だの了解!だの複数の声がそれに応えたところで、ファルコが初めてこちらに視線を向けた。
「一時措置で入ったイデオン家の護衛ですか。申し訳ない、助かりました」
公安長官は、貴族だ平民だと言う蟠りが、内心は分からないにしてもこの場では一切表に出す事なく、キチンと礼を述べていた。
ファルコの方も「…仕事ですから」と、表向きは表情を変えずに答えていた。
「陛下と宰相閣下は――」
「向こうにはベルセリウス…侯爵がいる。この部屋で一番厄介だったのがこの男なので、問題ないかと」
ファルコにつられる様に、公安長官と共に視線を向ければ、ちょうど数人が勢いよく宙を舞っていて、一瞬場を忘れたファルコが「あーあ…」と呟いていた。
何が「あーあ…」なのかと思えば、多分そのまま墜落した数人の重みで、テーブルが「バキッ」と音を立てて二つに折れた事――だろうな、うん。
「ヘルマン長官……ちなみにあの費用は……」
「……サレステーデへの賠償金請求に上乗せしておきましょうか。あれ、結構希少性の高い木材を使っていると聞いてますし。ベルセリウス侯爵閣下も、ただでさえ今月の給与を返上させられてますでしょう」
良かった。
どうやら存外公安長官は話の分かる人のようで…。
きっと実弟フェリクス・ヘルマンとエドヴァルドの関係の良さもあるんだろう。
「お二人は、今のうちに陛下と宰相閣下と合流して下さい。こちらの彼がいれば大丈夫ですよね。私はなるべく早くシクステン長官と合流して、倒れた連中の回収と取り調べにあたります。宰相閣下にも、そのようにお伝え頂けますか」
「は、はい。分かりました!――ファルコ」
ファルコは、今は余計な口はきくまいと思ったのか、黙って首を縦に振ると、私とシャルリーヌを先導しようと、横を通り抜けた。
「……うう……」
「⁉︎」
そのタイミングで、確かに少女の呻き声が、耳に飛び込んできた
そうだ、さっきのあの「王女」サマ、本当は一体誰――。
ファルコが私の前を通り過ぎた直後、視界は壊れたテーブルの方に自動的にむき、かつ、地面に倒れたままの少女の姿と、外れたカツラを同時に映し出していた。
「え…ええっ、シーグ⁉︎」
そこには、いる筈の無い少女の姿があった。
「助けて――‼」
扉が開いたのと同時に、まだ若い少女の声と思しき悲鳴が響き渡った。
(うん?若い?)
てっきり、廊下で刺客に遭遇したドロテア王女が、命からがら逃げ込んで来るのだと思っていた。
いや、確かに見た目は私が隠された部屋で目撃した王女サマだと思う。
だけど何かが違う。何が――。
私の横をあっという間にすり抜けていったライネル・シクステン軍務・刑務長官を視界の端に捉えつつ、立って!と鋭く告げるロイヴァス・ヘルマン公安長官の指示に、私もシャルリーヌもあれこれ聞き返す事なく従いはしたんだけど。
「って言うか、そもそも王女サマが飛んだり跳ねたり剣先避けたりしないよね⁉アレ、誰⁉」
「話は後にしましょう、レイナ嬢!とりあえずは壁際へ!」
開いた扉からなだれ込んで来たのは、一人ではない。
王宮護衛騎士であるトーカレヴァと、シクステン長官とが先陣を切る様に扉側へと走り込んで行く傍ら、私とシャルリーヌは、公安長官に肘を引かれる形で、壁際へと移動させられた。
「クソッ、なんでお前たち、この部屋になだれ込んで来ているんだ⁉カタをつけて来いって言っただろう⁉」
そして剣戟の音に負けず劣らずの、そんな間の抜けた声も同時に聞こえた。
「……何か、清々しいくらいのおバカ発言が聞こえた」
「ちょっとレイナ、何でそんな冷静なのよ⁉いや、私もおバカ発言なのは否定しないけど!」
「いやぁ……それは麻痺もするでしょう。私が今、どこに住まわせて貰ってると?」
「……泣く子も黙る、冷徹鉄壁宰相サマのご自宅?」
そんな声をうっかり洩らした私とシャルリーヌに、案の定「お二人とも、どっちもどっちです」と、こちらも冷ややかな公安長官の声が降り注いだ。
「貴女の予測は正しかったと言う事でしょうね、レイナ嬢。いっこうに第二王子と第一王女の処刑が決まらない、あるいは強制送還の許可が下りない事に業を煮やしたキリアン第一王子あるいはバルキン公爵が、貴族牢の二人を先んじて処分してしまおうと動いた。いや、動くだけなら我々も予測はしていましたが、その先がね。まあ、こちらから追及する前に自ら白状してくれたので、公安としても手間が省けて有難いですよ」
心置きなくアンジェスの司法に則って裁いて差し上げましょう――。
司法と公安を司る長官サマの口元には、明らかな愉悦の笑みが浮かんでいた。
これは、副官のシモンが善良なだけであって、こちらこそが流石エドヴァルド直属の部下なのだと思い知らされた。
イデオン公爵領の人間だと思われている、と本人がのたまうのもさもありなんだ。
「取り急ぎ、貴女方は陛下と宰相閣下の所へ。向こうはベルセリウスが付いているでしょうから、余程安心でしょう」
そう言って公安長官が壁際の私とシャルリーヌを移動させようとした時だった。
「キャアッ‼︎」
悲鳴と共に、誰かがテーブルの上に叩き落とされて、料理とテーブルクロスを巻き込むかの様に横滑りになったのが見えた。
そしてその瞬間、ふっ…と、視界に影が差した気がした。
「なっ――⁉︎」
咄嗟に公安長官が私とシャルリーヌの前に立ってくれたのは見えていたけど、まるで彼を飛び越えようとするかの様に、黒い影が至近距離に見えた。
「貴様如き楯にもならぬ‼︎」
(キリアン王子の隣にいた筈の、あの男⁉︎)
視線が扉に向いていた間に、テーブルに足をかけてこちらに飛び移り、導線上で交錯した王女?をテーブルに蹴り落とした――事は、後から聞いた。
そしてずれた導線を一度地に降りて立て直したのが、公安長官の正面だったのだ。
ただ、結果としてその時間差が、私やシャルリーヌどころか公安長官をも救っていた。
「っざけんな!一昨日来やがれ、ド阿呆がっっ‼︎」
剣を振りかざした相手に、斜め後方、それも更に高い位置からの電光石火の踵落とし――の後に、そんなセリフが吐ける人間なんて、一人しかいない。
「ファルコ‼︎」
私の声にはすぐには答えずに、ファルコは地面に叩きつけられた男の右腕を踏み躙って、剣を手放させていた。
「なるべく殺すな!正規の連中に引き渡せるだけ、引渡せ!」
承知!だの了解!だの複数の声がそれに応えたところで、ファルコが初めてこちらに視線を向けた。
「一時措置で入ったイデオン家の護衛ですか。申し訳ない、助かりました」
公安長官は、貴族だ平民だと言う蟠りが、内心は分からないにしてもこの場では一切表に出す事なく、キチンと礼を述べていた。
ファルコの方も「…仕事ですから」と、表向きは表情を変えずに答えていた。
「陛下と宰相閣下は――」
「向こうにはベルセリウス…侯爵がいる。この部屋で一番厄介だったのがこの男なので、問題ないかと」
ファルコにつられる様に、公安長官と共に視線を向ければ、ちょうど数人が勢いよく宙を舞っていて、一瞬場を忘れたファルコが「あーあ…」と呟いていた。
何が「あーあ…」なのかと思えば、多分そのまま墜落した数人の重みで、テーブルが「バキッ」と音を立てて二つに折れた事――だろうな、うん。
「ヘルマン長官……ちなみにあの費用は……」
「……サレステーデへの賠償金請求に上乗せしておきましょうか。あれ、結構希少性の高い木材を使っていると聞いてますし。ベルセリウス侯爵閣下も、ただでさえ今月の給与を返上させられてますでしょう」
良かった。
どうやら存外公安長官は話の分かる人のようで…。
きっと実弟フェリクス・ヘルマンとエドヴァルドの関係の良さもあるんだろう。
「お二人は、今のうちに陛下と宰相閣下と合流して下さい。こちらの彼がいれば大丈夫ですよね。私はなるべく早くシクステン長官と合流して、倒れた連中の回収と取り調べにあたります。宰相閣下にも、そのようにお伝え頂けますか」
「は、はい。分かりました!――ファルコ」
ファルコは、今は余計な口はきくまいと思ったのか、黙って首を縦に振ると、私とシャルリーヌを先導しようと、横を通り抜けた。
「……うう……」
「⁉︎」
そのタイミングで、確かに少女の呻き声が、耳に飛び込んできた
そうだ、さっきのあの「王女」サマ、本当は一体誰――。
ファルコが私の前を通り過ぎた直後、視界は壊れたテーブルの方に自動的にむき、かつ、地面に倒れたままの少女の姿と、外れたカツラを同時に映し出していた。
「え…ええっ、シーグ⁉︎」
そこには、いる筈の無い少女の姿があった。
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