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第二部 宰相閣下の謹慎事情

324 まちがい探し

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

『シャーリーは……「間違い探し」って、どこを疑う?』

 じっと前に視線を向けたままの私に、世間話ではないと察したシャルリーヌも、考える表情を見せた。

『間違い探し……そうねぇ……新聞とかで見た程度だったら、髪型、服の柄、ベタなところでメガネの有無とか、小道具のあるナシとか?あとは、人が増えたり減ったり?』

 アハ体験みたいなのになると答えようがない――と、シャルリーヌはぶつぶつと呟いている。

『……っ!』

 そしてその瞬間、私の「違和感」が、正確に形どられた。

『人…っ』

(そっか、人が増えてるんだ……!)

 誰と言われると困る。公爵家はともかく、侯爵家は領主ですらほとんど面識がない。

 だけど謁見から夕食会に際して、増えるのはシャルリーヌとフォルシアン公爵夫人だけと聞いていた筈が、それにしては妙な圧迫感を。部屋に感じた。

 ちゃんと最初に参加人数を数えておけば良かった。
 でも確実に、謁見時より何人か増えている。

 護衛騎士でも〝鷹の眼〟でもない――夕食会の、参加者が。

 私は一度テーブルに戻していたスプーンを再度手にとると、その手を椅子の後ろ側へと回して、くるくるとスープをかき混ぜる要領で空回しを何度か行った。

 合図になっているのかどうか分からないけど、誰かは気付くだろう。

「――いかがなさいましたか、

 使用人、給仕の恰好をした誰かが、さりげなく椅子の背もたれ近くまでやってきて、腰をかがめてこちらに問いかけてきた。

 あくまで給仕担当者を装ってはいるけれど――声を聞いてチラッと視線を向ければ、そこにいたのは〝鷹の眼〟のナシオだった。

 私は扇を取り出して口元を覆い隠すようにしながら、ナシオへと小声で話しかけた。

「ナシオ、ちょうど良かった。シャルリーヌ嬢曰く、このスプーンに塗られているらしいの。後で良いから確認してみてくれる?」

「……かしこまりました、交換でございますね」

 一瞬息を呑んでいたけど、さすがそれは表に出さず、頷きながらスプーンを受け取っている。

「私の前のスープの色を目印に、他に該当者はいないか、何人かに確認させてくれる?特に陛下とかエドヴァルド様とか…あと、フォルシアン公爵令息とか」

「交換が必要なのは、お嬢様のスプーンだけで宜しいのでしょうか?」

 シャルリーヌの方は良いのか、と暗に問いかけたナシオに、聞こえていたのかシャルリーヌ本人が、前を向いたまま首だけを軽く縦に振っていた。

「よくてよ。少なくともこの席の近辺では、他にいないようね」

「……承知いたしました」

 恐らくは、私がピンポイントで狙われた。

 シャルリーヌのその暗示を、ナシオも正確に理解していた。

「念のため、例の無効化薬をお持ちしますので、それまでは何もお召し上がりにならないで下さい」

 あまり長く立っていると不審を呼ぶ為、囁きに近い程度に声を落としたナシオが、それだけを言い足して軽く一礼をして、下がって行った。

『…レイナ、どうするの?やったのが誰にしろ、今のでバレたんじゃない?レイナが気が付いたって』

 シャルリーヌの扇越しの声に、私も『そうなのよねぇ…』と返した。

『一瞬、飲んだフリして廊下に出てみるって言うも考えたんだけど、狙われたのが私だけなのかって言う事を特定しない事には、あまり意味ないになっちゃうでしょう?』

 単に無差別的に薬を使って、夕食会を台無しにしたいだけなら、廊下に出たところで、警備をばらけさせると言う愚策になるだけだ。

 だからまずは、国王や宰相にまで同様の事が為されていないかを確認するのが最優先だろう。

 招待されていない「誰か」がいる事も含めて、話はそれからだ。

『そうよね………あら?』

 それまで私の話に同意していた筈のシャルリーヌの声音が、そこで変わった。

『シャーリー?』

『あの、犯人分かっちゃったんですけど――なーんて決め台詞のドラマがあったわよね。私、結構アレ好きだったのよ』

『ああ、ヒロインがウチの大学出身のキャリア官僚って言う設定の――って、何の話よ』

『そうね脱線したわ、ゴメン。でもちょっと、そんな風に言いたくなっちゃう私の心境も理解してくれない?』

 言いながら、シャルリーヌが扇で覆い隠している顎を、くいっと斜め前方に向けて動かしていた。

 私もなるべく扇の面積を広げながら、シャルリーヌの視線の先を追って――すぐさま彼女が言いたかった事を理解してしまった。

『オッケー、理解した』
『よね?』
『あっちは扇とか隠すモノないし…で、済む問題じゃないわね』
『ナイナイ。ああ言うのは腹芸皆無、頭振ったらカラカラ音がなる人種の所業よ』

 エヴェリーナ妃の薫陶が隅々まで行き届いていると思しきシャルリーヌは、超絶辛口だ。
 向こうをフォローしようとは、もちろん私も思わないけど。

 何せ斜め前方視線の先、キリアン第一王子とバルキン公爵が、こちらをガン見して、目を丸くしているのだ。

 何で薬物に気が付いた、あるいはどうしてこの段階になっても症状を見せない…等々、そんな疑問を多分に含んだ表情で。

『もしかしたら、ドナート第二王子やドロテア第一王女がまだ足掻く気だったのか、なんて思いもしてたんだけど、やったのが彼らなら…その可能性はない、か……』

 何よりキリアン第一王子自身には、ベルィフの王女との縁談がある筈で、聖女あるいはその姉如きを狙ったところで何の旨みもない筈である。

 むしろ彼らは、ドナート第二王子やドロテア第一王女にこそ、自国の余計な話をされたくないだろう。

『――あ』

 そして一つ、イヤな可能性に突き当たる。

『レイナ?』
『ああ、うん、もしスプーンに付着していたのが嘔吐剤なら、イヤな可能性が……ね』

 私はもう一度誰かを呼ばないと…と片手を動かしかけた。

 そこへ、巡回する護衛騎士を装って歩いていた――明らかに〝鷹の眼〟のフィトだ――が、素知らぬ顔をして近付いて来た。

「――お嬢さん、お館様から伝言」

 あくまでゆっくり前を見て歩いていて、こちらに話しかけているようには見えない。
 さすがの技術スキルだ。

「食べるな、触るな、そこにいろ。いいから絶対に一人で動くな。――ま、俺らの寿命が縮まない為にも頼むな」

「……っ!」

 目の前でエドヴァルドに怒られている気がして、思わず首を亀の如く縮こまらせてしまった。

 隣でシャルリーヌはニヤニヤと微笑わらっている。

『ねぇレイナ、それって実は動けってフラグだったりは――』

『多分ね、それやったら〝鷹の眼〟と一緒にキヴェカス山脈の奥地の氷窟で氷漬け。さっきの彼の発言は、そう言う意味』

『いやぁ…〝鷹の眼〟は分からないけど、レイナは公爵邸で監禁エンドかもよ?それもベッドからすら出られないとか。むしろそれを狙って話を振ってるとか』

『やめてくれる⁉︎って言うか、仮にも伯爵令嬢が何てコト言うのよ!』

 もちろん小声で叫んでいるけど、実際、動きにくくなった事は間違いなかった。

『――とりあえず、何の薬だったか分かるまでは待つわ』

 そうね、と、その答えが正解だと言わんばかりに、シャルリーヌは微笑わらった。
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