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第二部 宰相閣下の謹慎事情

311 公爵令息のダメージは深刻です

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 謁見用の正面扉が開くのとほぼ同時に、立ち会い人用の扉も、背後で静かに開いていた。

「――イデオン公。終わったら少し良いだろうか」

 そう、エドヴァルドのすぐ後ろで囁かれた声に少しだけ頭を動かせば、フォルシアン公爵が、よく似た顔の造りをした青年の腕をとって、身体を支える様にしながら、そこに立っていた。

 寝台で昏倒していた姿しか知らなかったものの、どう見てもフォルシアン公爵の息子さん、だ。

 一度くらい顔合わせは必要だろうとの事だったけど、エドヴァルドは、微かに首を横に振った。

「すまない。終わった後、アンディション侯爵との根回しをする予定がある。夕食会の前に、こちらから執務の控室に赴く形ではどうだ?見ていると、ユセフはまだ本調子ではないようだしな」

 彼の顔色が悪いのは周囲も認めるところらしく、会話を耳にした皆が、無言のまま軽く頷いている。

 それを見たフォルシアン公爵も、息子ユセフをあまり立たせたままにしておくのもよくないと、思い直したようだった。

「分かった、そうしよう。気遣いすまないな」

 既に謁見の間の正面扉は開かれている。

 フォルシアン公爵も、それ以上の話をする事なく、目礼をして引き下がろうとしたところで、謁見の間全体に、甲高い声が響き渡った。

「お離しなさい!私はサレステーデ国の第一王女ですのよ⁉一介の騎士如きがこの様な扱い、無礼にも程がありますわ‼」

「……っ」

 その瞬間、私の視界の端でユセフ・フォルシアン公爵令息が、ヒュッと息を呑んで、身体を硬直させていた。

(うわぁ……コレ、この人もうトラウマになってない……?)

 姿を見る以前に、声だけで嫌悪感が全開になっているあたり、かなりの重症だ。

 私は思わず隣のエドヴァルドを見上げていたけれど、現時点ではどうしようもないと言った風に、エドヴァルドも首を横に振っていた。

「もう、この場は陛下が預かられた。名を呼ばれれば話は別だが、我々は様子を見ているしかない」

 何となく、宰相であるエドヴァルドが司会進行役のような事でもするのかと思っていたら、この場は完全に国王陛下預かりとなっているらしい。

 五公爵の内三公爵が「事件関係者」となっているようでは、そうせざるを得ない――と、裏で恨み言をぶつけられたそうだ。

 と言ってもフィルバート・アンジェス国王陛下は、問題なのは性格だけだと誰もが思っているようで、陛下が場を預かる事自体に、不平不満は起きなかったとの事だった。

「――随分と今、質の悪い冗談が聞こえたな」

 エドヴァルドが怒りと共に飛ばす冷気とは違って、フィルバートが突き付けるのは、更に鋭利な「抜き身の刀」と言っても良い気がする。

 ひっ…と、ドロテア王女が悲鳴交じりの声をあげたのが、こちらにまで聞こえてきた。

 隣のドナート第二王子は無言のままだが、顔色は悪い。
 多分彼は、クヴィスト公爵が「説教された」際にも、このモードのフィルバートを見ているだろうからだ。

 そして二人とも、手首だけを縛られた状態で、それぞれの腕を護衛騎士に掴まれていた。

 そこへ更に、断罪者にも似たフィルバートの声が降り注ぐ。

「そもそも先触れもなしに他国に乗り込んで来た時点で、本来であれば『王族を騙る間者』として処刑してやっても良かったものを、クヴィスト家の顔に免じて用件を聞いてやったんだ。それを何だ?相手の家に正式な申し出もなく、結婚してやるとか寝言をぬかした挙句に、既成事実を狙って襲い掛かるだなどと。己の行いに、どこに王女としての敬意が払われる余地があったと思う」

 正論だ、と私が意外そうな表情を浮かべたのが、多分エドヴァルドには見えたんだろう。
 私にしか聞こえない程度の咳払いで、窘められてしまった。

 ゴメンナサイ、正直者なので。

「わ…っ、わたくしはただ……っ」

「ああ、私は別に『自称・王女』の下手な言い訳になど興味はない。大体、殺されようが殺されまいが、このアンジェスの国政にはまったく関係のない話だからな」

「そ…んな…っ」

 これにはドナート第二王子も隣で「陛下…」と乾いた声を発していたけれど、まあ当たり前ながら、サイコパス陛下サマがそんな事に忖度する筈もなかった。

「言い訳なら、もうすぐここに来る第一王子に言うんだな。ただ言っておくが、カタはおおやけの場でつけてもらうぞ。ただの兄妹喧嘩で済ませられる時期は過ぎた。他国を巻き込んだ結果がどうなるのかをその身で思い知れ」

 フィルバートが、視線と顎で指し示した自らの足元、玉座へと続く階段の下に、二人は引きずられる様な形で連れて行かれて、膝立ちの態勢を取らされていた。

 ドナート王子はともかく、ドロテア王女にあの姿勢は辛い筈だけれど、もちろんフィルバートは抗議の声を完全無視スルーしていた。

 もしこの後やってくるサレステーデ国の第一王子こそが諸悪の根源だったとしても、今は表向き「第二王子と第一王女がしでかした事の謝罪」に来るのだから、この状況シチュエーションは必要な事ではあるのだ。

 まるで様子見の芝居に見えないのは、フィルバートの日頃からの態度と評判の為せる技だろう。
 …半分以上は本気と言うのもあるだろうし。

「陛下。サレステーデ国からキリアン第一王子殿下と、特使の方々が〝転移扉〟を通してお付きになられました。まもなくこちらの部屋にお越しになられます」

「分かった」

 護衛騎士の声と共に、力の抜けたドロテア王女が座り込んでしまっていたけど、それを無理矢理立たせる事はせず、フィルバートは片手を上げて護衛騎士を制した。

「良い。そのままでも、捕らえられている事は分かるだろう」

 そしてそれと前後するように、ベルセリウス将軍が少し顔を傾けて、エドヴァルドの方へと近付いていた。

「……お館様。来訪者の中に、かなりの手練れがいるようです。あの王女は、その殺気にあてられた訳でもないでしょうが、その者が来る事を分かっていて怯えているのでしょうな」

 ほう、とエドヴァルドが僅かに片眉を動かした。

「殺気か」

 私にもまるで分からないし、今の時点では将軍以外誰も感じていない事ではあるみたいだけれど、それでも誰も、将軍の感じた感覚を疑ってはいないみたいだった。

「他国の王宮内で良い度胸だな。ふざけた事をするなと、威嚇しておく事は出来るか」

「お任せ下さい。もっとも、この部屋の外でとっくにファルコがやっているでしょうがね。まあ、中に入って来たところで私もしておきましょう」

 ――頼もしきかなイデオン公爵領防衛軍の長、と言ったところか。

 ベルセリウス将軍がそう言い終わるか終わらないかといったところで、正面の扉側から「サレステーデ国キリアン王子殿下と特使の皆様がお越しになられました!」との、よく通る声と共に、扉の開く音が謁見の間に響いた。

 第一王子だの第二王子だのと言うのは幼名の様なもので、立太子の儀が終了するまでは、公式の場では等しく「王子殿下」と呼ばれるのが各国共通認識だそうで、今も「第一」が抜けた事は、言い間違いと言う訳ではなかった。

 さてどんな人が来るのかと、私は入口の扉へと目を凝らした。
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