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第二部 宰相閣下の謹慎事情

309 レッドカーペットは思い込みだった

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 サレステーデご一行が〝転移扉〟を通じてやって来る時間までは、宰相室の控室で待てば良いと言われて聞いたところによると、やって来るのは第一王子、宰相補佐であるバルキン公爵、あとは第二王子と第一王女の引き渡しに関する取り決めを交わす為の書記官および彼らの護衛で総勢15名と言う事らしい。

 こちらからは17ある侯爵家関係者に加えて、五公爵の下に付く長官職の人間がこの場に呼ばれていた。
 あとは当事者である私とフォルシアン公爵令息が本件の参加者と言う事になっていた。

「まあ、通路の両端や両方の壁際、扉に添うように護衛騎士達が威嚇する形になるから、謁見の間では何をしようもないだろう。コトを起こせば即座に斬り捨てられる。それだけだ」

 別にそれはそれで構わんが――と、しれっと物騒な事をエドヴァルドは呟いている。

「そう言えば、さっきからローベルト副官さんを見ませんね?おつかいですか、お休みですか?」

 元祖・忠犬1号なら、何を置いても宰相室にしがみついていそうで、私が思わず扉の向こうに視線を向けると、エドヴァルドが「ああ…」と、何気なく顔を上げた。

 気になるのか?と何故か不機嫌な声で聞かれたので、思わずブンブンと首を横に振る。

「ほらっ、なんていうか、いつもいる筈の人がいないと違和感と言うか……そういうレベルです、ハイ」

「……まあ、そういう事にしておくが。あいつは今、陛下の許可を貰って〝転移扉〟を使って、アンディション侯爵を迎えに行っている。今後の話もあるし、今は『元』が付こうが数少ないアンジェスの王族だ。サレステーデご一行が到着する前なら、使っても問題ないし、むしろお呼びした方が良いとの判断でな。朝から手紙を持たせて行かせている」

「そっか、今は五人の公爵邸と王宮以外の外部との繋がりは止めてますものね。お呼びするなら、この王宮内の本来の扉を使う事になるんですね」

 仮にも「元王族」が、とばっちりで「真判部屋」に飛ばされたりしたら大問題だ。

 そう言う事だ、とエドヴァルドも頷いた。

「シモンには、時間まではアンディション侯爵にもこちらでお待ちいただくと言っておいたから、そろそろ一緒に来るだろう。夫人もとなるとすぐには無理だろうが、侯爵お一人なら、そうは時間もかからないだろうしな」

「え、もしかして『今すぐ王宮へ』って、お呼びしたんですか」

「ドナート王子が決断した時間を考えれば、そうならざるを得なかった。仮にも元王族。特使による急な呼び出しは、前例のない事ではなかった筈だ」

 宰相室付の副官が来たとなれば、侯爵とて信用せざるを得なかったに違いない。

「そう言えば、今はまだ『アンディション侯爵』様なんですね」

 話をしながら、私がふと思い浮かんだ疑問を口にすれば、エドヴァルドは「今はまだ、な」と答えた。

「実際のサレステーデの王族三人およびバルキン公爵とやらの実像を、レイフ殿下もそうだが、アンディション侯爵にも見て貰わないと、は出来ないからな。もちろん我々五公爵家の人間とて、ドナート王子の話だけを鵜吞みにして事は進められない」

 サレステーデ国王が、第二王子を後継にしようとしていたと言うのは、あくまでドナート本人の証言でしかないからだ。

「…でも、そっちの話をこの際真実にしようとしていますよね?」

 私の話に、宰相サマは一瞬だけ目を瞬いた後で、とても不穏な笑みをお返しになられた。

 あ、ハイ。余計なことは言いません。

「――閣下」

 その時、ちょうど良いタイミングで扉がノックされた。

「失礼致します。アンディション侯爵様をお連れ致しました」

 どうやら戻って来たらしいシモンの声と共に扉は開いて、口髭豊かな、矍鑠かくしゃくたるご老人が中へと足を踏み入れていらっしゃった。

 立ち上がって〝カーテシー〟の姿勢をとる私の向かいで、エドヴァルドはそのままソファの一角を片手で指し示した。

 あくまで今は「侯爵」として接すると言う事なんだろう。

「お呼びだてして申し訳ない。詳しい説明は謁見の後とさせて頂きたく、今はこちらでお待ち頂けるだろうか」

 エドヴァルドの第一声に、ふむ…と、侯爵は顎髭を撫でた。

「使者からは、サレステーデの王族が来るのに立ち会えと聞いたが?」

 視線が私の方を向いているからには、何故私まで…と言ったところなんだろう。

「彼女とフォルシアン公爵令息が、今回の騒動に巻き込まれていまして。謁見イコール謝罪の場でもあるのですよ、今回は」

「ほう。では、下手に舐められぬ様に、元王族の威厳でも振り撒きながら立っておけと言う事か」

「あながち間違いではありませんね。詳しい状況は、陛下がまず、サレステーデ側に通告されるでしょうが、どうか驚かれませんよう」

「補足説明はその後で、と?」

「謁見後、夕食会までの時間潰しとして取り置きさせて貰いますよ」

「えらく勿体ぶりおるわ」

 妙に緊張感のある、この会話をどうしたものかと思っていると、アンディション侯爵が腰を下ろすよりも早く、護衛騎士からの「謁見の間にご案内致します」との声が、扉の向こうから聞こえてきた。

「レイナ」

 ここでは、礼儀作法に則ったエスコートを、と言う事で、エドヴァルドが軽く左の肘を曲げて、部屋を出る事を促した。

「では、ひとまず儂が先を行くとしようか」

 扉に近い位置にいたアンディション侯爵が、そう言って護衛騎士のすぐ後に続いた。

 いかにも案内され慣れている大貴族、と言った雰囲気満載だ。

「正面扉は、サレステーデの皆様にお通り頂きますので、立ち会いの方々はこちらからお入り頂いております」

 言われて入った「謁見の間」は、どうやら玉座にほど近い位置から中に入っていたらしく、私は目線だけでざっと辺りを見回した。

 謁見の間自体は、思ったほどに広くはなく、何なら夜会で踊った「軍神デュールの間」の方が広いんじゃないかとさえ思った。

 ただ、天井の吹き抜け具合が「軍神デュールの間」よりも高い造りである事と、大理石に囲まれた室内やら柱の彫刻やらが、明らかに荘厳さを高めている事とで、諸国からの客人を最初に迎える場としては相応しい造りなんだと思えた。

 ゲーム内のスチルからは、足元はレッドカーペット的なものかと勝手に想像をしていたものの、実際には、王に会う人間が入口の扉から玉座まで歩く通路部分を、貝殻の内側、紫に近い深紅色を持った貝を、螺鈿細工に近い手法で敷き詰めてあるとの事だった。

 そして通路の両端に、護衛騎士達が等間隔に並んでいて、王以外の謁見に臨席する貴族たちは、全てその騎士の後ろ、左右いずれかに立ったまま拝謁者と相対する――と言うのが形式の基本らしかった。

 私もエドヴァルドもアンディション侯爵も、玉座寄りの通路脇に立って、相手を待つ事にした。
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