聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
243 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

305 ブランデーグラスと猫をください

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ベルセリウス将軍とウルリック副長が『南の館』に戻った後、とりあえずファルコにしがみついて危機回避をしてやれ!と思っていたのに、忍者か!と言いたくなるタイミングで、まさしくシュッと姿が消えた。

 どこかの壁や天井が、くるっと回ったに違いない――とか、間の抜けた事を一瞬考えたけれど、結局のところ、逃げられただけだ。 

(ひ、ひどっ……)

 ぐるっとあたりを見回せば、その場の侍女使用人全員が、そこかしこに視線を逸らしている。

「――レイナ」
「ひゃいっ」

 うっかり噛んだのは、不可抗力だ。

「部屋に来るのと、行くのと、どちらが良い」
「……っ」

 はくはくと、鯉のごとく口を開け閉めする私に、エドヴァルドが半目になっていた。

「そうか、分かった。では入浴だけ済ませたら、貴女の部屋へ行こう。明日の事もあるから、つもりもないが、このまま話を有耶無耶にする事だけはしない。――良いな?」

「しょ、承知しました………」

 そのまま身を翻して〝団欒の間ホワイエ〟を出て行くエドヴァルドを、一礼して見送ったヨンナが、さも何ごともなかったかの様に、私の方に向き直った。

「では、お湯の準備が一度で済みますから、レイナ様もご入浴の用意を整えさせて頂きます。ああもちろん、旦那様とは別々ですので、ご安心下さいませ」

「……っ」

 そもそも一回も一緒に入ってません!と、声を出すのも恥ずかし過ぎて、がっくりと項垂れる事しか出来なかった。

 おかしい。
 私の事よりこの邸宅やしき主人あるじを優先してくれと言っているだけなのに、どうしてこうなるんだろう。

 しかも私の部屋にあった、小型の応接テーブルと椅子で、湯上りにお茶が飲めるようセッティングされたのはともかくとして、着せられたのが膝下まで丈のあるナイトシャツ、すなわち見た目「彼シャツ」的な寝間着だったのは、果たして「お話し合い」をする恰好なのだろうか。

 エドヴァルドに至っては、何だろう…うん、男性用の寝間着ナイトシャツを着用していると、ついでにブランデーグラスと猫を添えたくなるような?
 キャットフード・〇ーバのCMに出ていた猫…的な。

 ちょっとおかしな空気が醸し出されてます。
 寝起きに見るのとは、雰囲気が全然違いマス。

「……それで?」
「はいっ」

 ただし声が低空飛行状態なので、私のおかしな妄想も秒で霧散していたけど。

「ベルセリウスは、軍人としては飛び抜けて優秀だが、いかんせん腹芸が出来ない。何を依頼して、ああなった」

 ど直球に聞いてくると言う事は、反論や誤魔化しを聞く気が全くないと言う事だ。

 あはは…と笑いながらも、ちょっと自分のこめかみが痙攣ひきつったのが分かった。

「えーっと……大したお願いはしてないんですよ?エドヴァルド様の周囲を警戒するのは軍、私の周囲を警戒するのは〝鷹の眼〟でお願いしますって――そのままです、そのまま」

「ほう……」

 納得していない、とあからさまにエドヴァルドの目は語っている。
 私は右手人差し指で頬を掻きながら、目線を逸らした。

「エドヴァルド様が何を言おうと…的なコトは追加で言った、かも?」
「私が何を言うと思った」
「将軍とかファルコとか、トップクラスで強い人間ひとみーんな、私の方に配置しそうだなー……と」

 その瞬間、間違えてエアコンの冷房ボタンを大幅に下げたのかと言うくらい、冷えた空気が足元を通り抜けた。

 鉄壁はともかく、冷徹宰相の渾名ってそっちの意味⁉と思わず思考が逸れたくらいだ。

「……貴女は、まだ『聖女の姉』の命が宰相よりも軽いと思っているのか」

「えっ、やっ…何て言うか、今となっては私が姉と呼ばれる前提での聖女サマは、隣国に行ってしまったワケで……そうなると余計に私の立ち位置って、迷子だよなぁ……的な?」

 どうやら私は、心の底から怖くなると、口調がちょっとコドモじみてくるようだ。

 それはファルコも逃げるか、と心の中で一人でツッコミを入れてしまった。

「それで自分の警護はいいから私の方に回れと、ベルセリウス達に言ったのか」

 淡々としているのに空気が怖いこの状況下「さすがにそこまでは言ってません!」と、ブンブンと首を横に振る事しか出来ずにいる。

「そ…れはっ、確かに私は腕っぷしゼロですし、護衛はいて貰わないと困るんですけど!だからって、将軍とファルコの二人がこっちに付くのは過剰戦力だってコトくらいは分かりますよ、いくらなんでも!しかも、陛下やら新しい聖女シャルリーヌ嬢やら放っぽってそんなコトをしたら、後で物議を醸すのが目に見えてるじゃないですか⁉」

 アンジェス国の宰相は、自国の国王陛下や新たな聖女よりも自らの愛妾を優先した――いつ、誰がそんな風な揚げ足取りをしないとも限らない。

 多分、ウルリック副長は私が一番危惧していた、その可能性に気が付いていた。
 けれどベルセリウス将軍がそうと知れば、益々芝居が出来ないと思ったから、恐らくは、いちいち言わないでいてくれた。

 もちろんエドヴァルドにも言うつもりはなかったけれど、やはりこちらも隠し通せなかったらしい。

 ――せめて二人を分けておけば「公爵領と公爵邸の護衛を、役目に則って配しただけだ」と、後からでも言い訳が出来る筈。

 私がそう言ったところで、ため息交じりに、苦々しげに口元を歪めた。

「貴女は……まったく……っ」

 そんなに私に守られるのが嫌なのか――私に向けてではなく、地に零れ落ちた独り言のような、そんな声が耳をかすめた。

 答えを求めているようには聞こえないので、私も、あえてそこは聞かなかったフリで、全力スルーした。

「えっと、その…昼間は結局どう言う落としどころになったのか、私が聞く事は出来ますか…?」
「レイナ」
「万一起きても、最終的な方向性を聞いておけば、それに沿った動きがとれると思います」

 ここは、目線を逸らしたらダメな気がする。

 私は半目のエドヴァルドを、じっと見つめた。

「――あのテーブルでの話なら」

 ややあって、根負けしたのかエドヴァルドがそう口を開いた。
 話して良い事とダメな事は、彼こそが最も区別出来る筈の人だから、私はそこには口を挟むつもりはなかった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。