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第二部 宰相閣下の謹慎事情

299 ロビー活動っぽくないですか?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 コンティオラ公爵は「海鮮カルグクス」もどき、スヴェンテ老公爵はラムチョップを、それぞれおかわりをしたのか、まだ口にしている途中だった。

 いきなりフォルシアン公爵から視線を向けられて、表情が戸惑いに満ちている。

「ああ、コンティオラ公には、そちらの『海鮮バーミセリ』の話もありましたね」

 問われたコンティオラ公爵は、一度フォークとスプーンを置いて、軽く咳払いをした。

「ああ。これは多分、魚介類の漁を生業にする者たちの、手頃で良い食事となる。サンテリ伯爵領か、その隣のリギエーリ伯爵領の、海沿いの卸売市場近くにレストランを新しく作るのも良い気がしていますよ。この細長い〝バーミセリ〟の部分に関しては、ハーグルンド伯爵と相談する必要があるのかも知れないが……」

 初対面の時ほどの驚きはない。
 ないけれど、やっぱりちょっとお声は小さい。

 それでも聞き取れるようになってきたのは――慣れだろうか、やっぱり。

「それならコンティオラ公爵閣下、この〝バーミセリ〟の長さなり薄さなりを変えるって言うのは如何ですか?私の居た国だと、平打ちって言って、もっと薄めの平べったい〝バーミセリ〟もあったりするんですよ」

 あー…きしめん?と呟いたのは、シャルリーヌだ。
 私は無言で頷いておいた。

「逆でも良いですけどね?海鮮版はこのままで、野菜スープつけ汁版の方を平打ちにする、みたいな。とりあえずそうすれば、それぞれにレシピ申請が出来ますよね?」

「……なるほど」

 完全に前向きになっているコンティオラ公爵に、エドヴァルドが「ヤンネの心配をしたのは表向きか?」と、もはや苦笑いを浮かべている。

 コンティオラ公爵の方は、一考の余地はあるとばかりに頷いている。

「だが、その〝スヴァレーフ〟の素揚げにチョコレートがけをした方に関しては、その新しく作るレストランに置くのも良いかと思ったんだが……よく考えれば、アムレアン侯爵領からチョコレートを運ぶのは、費用やかかる日数を考えると、やや現実味に欠けると言うか……」

「まあ確かに、それこそ小型の『物質転移装置』を手に入れるなり何なりして、領同士で繋ぐ必要が出て来るだろうからね。費用対効果の面からいっても、微妙なところではある」

 フォルシアン公爵の方もそう言って頷いているので、私はふと、思い立ってエドヴァルドの服の袖を引いた。

「エドヴァルド様、ちょっとお耳を」

 そう言って片手で口元を見えないようにしたところで、気付いたエドヴァルドが、少し屈みがちになって、こちらに耳を寄せて来てくれた。

「新しい、バーレント領の木綿製品のお店に置くのは、ナシですか?」

 フェリクス・ヘルマン監修の、セカンドラインのドレス店に関しては、どこまで話して良いものやら判断がつかなかったから、とりあえずはエドヴァルドにだけ聞こえる様に聞いてみたのだ。

 シャルリーヌにまだ広告塔の話もしていないし、お店の候補地もまだだし、準備段階の初歩の初歩な事甚だしい。

 ただ、いつかはヘルマンさん「監修」ではなく、直々のデザインドレスを着てみたいと思う客層ならば、同じ様に「いつか〝ヘンリエッタ〟に行ってみたい」「いつも人がいっぱいで入れない」と思っていそうな気はする。

 エッカランタの〝スヴァレーフ〟を味わって貰うのも兼ねて、取り扱うのもアリなのではないだろうか。

「試食とお持ち帰りだけにして、ドレスが汚れると困るので、使い捨ての手袋を用意しておくとかすれば……」

「それならば〝ヘンリエッタ〟で調理だけして貰って、納品を新しい店に入れれば済む、か……」

 その様子に、声が聞こえなかった周囲の人達が、何か信じられないものを見ている目をしていた事は、私もエドヴァルドも気付かずじまいだった。

 かろうじてフォルシアン公爵が「イデオン公……?」と、恐る恐る声をかけてきたところで、エドヴァルドがスッと屈んでいた身体を伸ばした。

「いや……まあ、ここだけの話にして欲しいんだが、今、バーレント伯爵領の木綿を使った製品を色々と開発中で、近々専門の店を王都内に作るつもりをしている」

 エドヴァルドの発言に、何故かスヴェンテ老公爵以外の全員の目が、私の方に向いたんだけれど。

「皆の疑問は間違ってはいない。この部屋の料理と同様に、提案をしたのは彼女だ。バーレント伯爵も、次期伯爵となるディルクも、既にそれを受け入れて、開業の準備を進めている。どんな新製品になるかは、特許権に関わるから、ここでは伏せさせて貰うが」

「あー…まぁ、そもそも今日の料理も特許権案件だらけだろうが、基本的に土砂災害に遭ったハーグルンド領の為だからこそ、我々にも手の内を晒してくれたのだろうしね」

 納得をしたように頷きつつ「それで?」と、フォルシアン公爵が続きを促している。

 と言うかその前の、なんだ真面目な話か…って、どう言う意味ですか、公爵。

「この〝スヴァレーフ〟のチョコレートがけだが〝カフェ・キヴェカス〟では難しくとも、その新規店舗なら〝ヘンリエッタ〟で調理さえ頼めるなら、委託販売として置けるのではないかと――私ではなく、彼女が」

 エドヴァルドはエドヴァルドで、こちらがせっかく小声で言ったのに、盛大にネタばらしをされてしまった。
 もうこうなると、私は困った様に笑う事しか出来ない。

「エッカランタの〝スヴァレーフ〟なら、もともと定期的に我が公爵邸に入って来るからな。問題はサンテリ側の〝スヴァレーフ〟をどうするかと言うところだが……これはまあ、味が変わらなければ双方から一定量仕入れても良いだろうし、味に多少なりと違いがあるなら、食べ比べを兼ねて二種類作るのも面白いかもしれないし、その辺りは要相談だろうな」

「では近いうちにサンテリ領から仕入れた〝スヴァレーフ〟を公爵邸こちらに届けさせよう。話はそれからと言う事で良いだろうか」

「ああ。新店舗の開業準備がもう少し進めば、バーレント伯爵なり令息なりがまた王都へ来る。その時にこちらから話を通しておくと言う事で良いか?」

「なら、この〝スヴァレーフ〟のチョコレートがけは、少し持ち帰りをさせて貰っても?ウチの〝ヘンリエッタ〟の厨房でも試食をさせて、根回しをしておく必要はあるだろう」

 どうやらあっと言う間に、三公爵の間で話がまとまったっぽい。
 着々と裏側で話が進む――まるで「ロビー活動」だ。

「……レイナ嬢」

 と、そこへ、それまでじっと事の成り行きを伺っていたフォルシアン公爵夫人が話しかけて来た。

 扇を開いて、声を落として、ミカ君やシャルリーヌには聞こえない程度の囁き声が聞こえる。

「今〝ヘンリエッタ〟で試行錯誤している、オルセンのワインやユルハのシーベリーを使った商品や、今日ここに出てきた〝スヴァレーフ〟のチョコレートがけ、よければ今度のユティラの茶会でも出してみませんこと?」

「えっ」

「夫には私からお願いしてみますわ。ですからレイナ嬢も、今夜にでもイデオン公に話してみて下さる?皆、流行に敏感なご令嬢方ですから、感想を聞かせて欲しいと言えば喜んで味わって下さるでしょうし、レイナ嬢を知っていただく上でも最適なのではと、今日ここに来て思いましたわ」

「フォルシアン公爵夫人……」

「――エリサベトで構いませんわ」

 夫人はそう言って、傾城傾国とはかくや…と言った笑みを浮かべてみせた。
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