聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
231 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

【ギーレン王宮Side】コニーの選択(中)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「私は母である前にこの国の王の妻です。例え第二夫人と言えど、公人としての立場は存在します。その立場から言わせて貰うならば――貴方はオーグレーン家の名にまつわる醜聞を軽く考えすぎていたのですよ、殿

 軽く息を吸い込んで、エヴェリーナ様のようにはいかずとも、私が言葉に出来る精一杯を口にしたところ、エドベリは愕然としたようにこちらを見つめていた。

「あんな家名を今更掘り起こされて、誰が喜びます。今だから申し上げますけれど、本当にその名が再度表舞台に出てくるようであれば、私はこの王宮を下がらせて頂くところでしたよ。ですが、アンジェスの宰相様は、家名も、王の血を引く娘も要らぬと仰った。書物がなくとも、私は手を貸していたでしょう」

「は…母上……」

 どうやらこれは、エヴェリーナ様も驚かせてしまったらしい。
 まあ、と言う呟きが漏れ出ているのが聞こえてしまった。

 だけどこれは、私の中でどうしても譲れない一線だ。

 陛下も、エヴェリーナ様も、クリストフェル家には最大限の気遣いを見せて下さった。
 陛下に見初められて、エドベリと言う息子も授かって、その息子は次期国王にまでなろうとしている。

 それでも、どうしても呑み込めない事はある。

「ではわたくしは、イデオン宰相様に感謝しないといけませんわね。コニー様は、わたくしよりも余程、侍女や使用人達に慕われていらっしゃいますもの。コニー様に去られてしまっては、王は、殿下は何をしていたのかと、益々王家は評判を落とすところでしたわ」

 さりげなくエドベリを牽制しつつも、私を持ち上げて下さるエヴェリーナ様は、流石だと思う。
 とても私には真似の出来ない事だ。

「……私は、実家は子爵家と言う下位貴族。エヴェリーナ様のように社交界で上手く立ち回るのにも限界がございます。その分、王宮で働く皆に目を配らせて頂いているだけですわ。私の方が、皆と目線も近うございますもの」

 掛け値なしの本音。
 そしてエヴェリーナ様が、妹を失って道を見失っていた私に教えて下さった、立ち回り方だ。

 王の妻が一人と言うのは、それも一つの生き方であり、美談ではあるけれど、ギーレンほどの大国ともなると、社交界と使用人、その全てを正妃一人で目を行き届かせる事など、不可能に近い。

 どこかで、反対勢力を育てる土壌を生んでしまう。

(嫌いな人間の言う事を聞かずに済む一番の方法はね、コニー様。自分が頂点に立つ事ですのよ。わたくしは、他の公爵家の令嬢も、先代の王妃様も、ハッキリ言えば嫌いでしたわ。与えられた地位と財産に胡坐をかいているだけの女性に、居丈高に何かを命じられるなどと、耐えられそうになかった。ですから、王妃を目指しましたのよ。ギーレンの王の妻は、一人では務まりません。社交界の事は、わたくしが全て引き受けます。ですからコニー様は、王宮の下働きを掌握なさいませ。そうすれば存外、生き易くなりましてよ)

 私の境遇に安易に同情をせず、私の立場で出来る事を指し示して下さったエヴェリーナ様に、私が対立する感情を抱く事はない。
 正妃と第二夫人の立場から、不仲と決めつける人々には、おあいにくさまとしか言いようがない。

 イルヴァスティ子爵令嬢とその母親は、王の妻の存在意義を理解していないのだ。

 あの二人の目にあるのは、地位と財。
 自らの立ち位置を、王宮内で築くための努力をしていない。

 エヴェリーナ様がご自身の茶会にお声をかけようとされないのも、その辺りに原因はある。
 何かしら、王家の為に自分が出来る事を探す素振りが少しでもあれば、今回のように突き放すような事はされなかったものを。

 今は恐らく、社交界や王宮と言った、現実的な話をしない、と言うか出来ないところに陛下は癒しを求めておられるのだろうが、結局のところは仮初の時間。長くは続かない。

 ――結婚がゴールだと思っている人は結婚で不幸になる法則。

 いつだったか、レイナ嬢がエヴェリーナ様に説明をした話は、言い得て妙だと私も思う。

 レイナ嬢は、エドヴァルドの為に自分が出来る事を考えて、それを実行すらしている。

 エヴェリーナ様が目をかけるのは、当たり前だ。
 そして、エドヴァルドの伯母としてもそれは嬉しく思うところだ。

殿下エドベリ、貴方は今や第一王位継承者。子供じみた執着は卒業して、国の為になる立ち回りをなさい」

 シャルリーヌ嬢にしろ、レイナ嬢にしろ、エドベリを選んでくれれば良かったのだけれど、今のエドベリではきっとそれは難しい。

「国の為……」
「今、聖女マナとの婚姻を受け入れざるを得ない状況なのは分かりますね」

 私がそう声を出せば、エドベリがグッと言葉に詰まっている。
 普段であればエヴェリーナ様の役割ではあるけれど、エドベリの母親が私である以上は、私の口から言わなくてはならない事もある。

「ですが恐らく、あのお嬢さんでは〝王の妻〟にはなれません。そもそも高位貴族の正室自体が、お花畑の住人が住める場所ではないのです。イデオン宰相様がイルヴァスティ子爵令嬢を視界にも入れなかったのは、そのあたりもあるのですよ。一度目が成功したからと、どうして二度目があるなどと思ったのですか」

 エヴェリーナ様の前でハッキリ言ってしまうのも気が引けるが、シャルリーヌ嬢よりも着飾っていた男爵令嬢になびいてしまった、とある王子パトリックは今や一辺境伯だ。

「話が逸れましたね。今、聖女マナとの婚姻を受け入れざるを得ないとは言いましたが、それはあくまで民を納得させるためのもの。あのお嬢さんには〝扉の守護者ゲートキーパー〟としての役目を全うして貰って、その上で貴方の王政を分かち合える伴侶を改めて探せば良いのです。それならば、貴方もまだ妥協が出来るでしょう?」

「王政を……分かち合う……」

 呟くエドベリの脳裡にはまだ、シャルリーヌ嬢の事があるに違いない。

 私もエヴェリーナ様も、今は未だそこまでを止める事は出来なかった。
 こればかりは、アンジェス国側が誰を紹介してくるかによるからだ。

 それでダメならシャルリーヌ嬢を返させようとか、下手に期待を持たせる様な事も、今は言うべきではない。

「とりあえず、陛下がバシュラールからお戻りになられたところで、貴方と聖女マナとの話を致しましょう。状況は早馬でお知らせした方が良いでしょうね――」

 私がそう言ったところで、エドベリがハッと我に返って、顔色を変えた。

「バシュラール!イデオン宰相がアンジェス国に戻ってしまったと言うのなら、――」

「――あら殿下、顔色が悪いようですが、どうかなさいまして?」

 現時点では、私とエヴェリーナ様は「陛下とイルヴァスティ子爵令嬢とその母親が、バシュラールの別荘で静養中」と言う事しか知らない――そう言うだ。

 だからエヴェリーナ様は、さも「何も知りません」と言ったていで、エドベリを見つめていらっしゃった。

「――っ、リック!シーグリックはいるか⁉」

「ああ、殿下。それなんですけれど」

 普段なら、いつでもどこでも、呼べば駆け付ける筈の侍従がこの日は姿を現さない。

 訝しんで半目になっているエドベリに、エヴェリーナ様が、事前に取り決めた話を口になさった。

「あの子昨夜ゆうべね、貴方から周囲を警戒するように言われていたからと、王宮内を警邏していて。たまたま、アンジェス国に帰ろうと、王宮内の〝転移扉〟前にやって来た宰相様一行と鉢合わせをしたみたいで。護衛と揉み合いの末、ケガをしてしまったのよね」

「なっ……⁉」

「さすが宰相様の護衛ともなると、一筋縄ではいかなかったようよ。その後で、どうしても帰国したい宰相様から書物の取引を持ち掛けられたのだけれどね。ああ、今は王宮医務室で痛み止めを飲まされて眠っているわよ?あの子はあの子なりに役目を果たしているのだから、あまり叱らないでやって頂戴な」

 そうするように言ったのは、実はエヴェリーナ様だけれど、それは今は言う必要のない話だろうと、私も大人しく口を噤む。

「しかし昨夜の状況を彼からも聞きたい…いや、先に陛下への連絡か?既にイデオン宰相がいないなどと、想定外で――」

 ぶつぶつと、エドベリが悩み始めたところで、使用人の一人が後宮サロンの扉を激しく叩く音が響いた。

「失礼致します!今、陛下が予定を切り上げてバシュラールからお戻りになられ、サロンこちらに向かっていらっしゃいます!」

「――あら」

 既に予想済みの事である。
 見ればエヴェリーナ様は、嫣然うっそりと微笑んでいらっしゃった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。