聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの更夜(中)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 第二王子ドナートを問答無用に貴族牢に放り込んでも良かったが、喚くばかりの第一王女ドロテアよりも、事情を聞くのであれば、まだこちらの方が理性的だ。

 私は渋々、服を着替えたフィルバートと第二王子とレイナとで、別室に足を踏み入れた。

 私とレイナとの間で繋がれた手を見て「そんなに威嚇しなくても…」などと声が出ているが、知った事ではない。

 レイナと婚約?それこそ「寝言は寝て言え」だろうと思った私の内心を悟った国王陛下フィルバートは、面白そうに自分の短剣を「要るか?」と差し出している。

 本気でそれを受け取ってやろうかと思ったが、それではフィルバートと同じ「サイコパス」一直線じゃないかとでも言いたげな目でレイナが止めてくるので、かろうじてそれだけは思いとどまったが。

 不愉快なのはさておき、話を聞いている限りは、サレステーデ国内が分裂をしており、暴発寸前になっていると言うのは間違いなさそうだ。
 ただ第二王子、第一王子どちらの言い分が正しいのかなど、この時点では判断のしようがない。

 第二王子の作り話だと、第一王子が主張してきたらどうするつもりだと聞いてみれば、黙り込んでいるところからしても、自分たちの主張に明確な根拠が欠けている事は自覚をしているのだろう。

「己が差し出せる物を考えて、答えろ。第一王子よりも自分と手を組む方が、どう都合が良いのか。我々を説き伏せてみせろ」

 第一王子が第二王子の言う通りの人物であるのなら、取れる手立てがない訳ではない。

 上手くいけば、いつ寝首をかくか分からないレイフ殿下を追いやる事も出来る。
 そして、ギーレンの次期正妃問題についても光が見える事をレイナが教えてくれた。

 むしろかえって都合が良いくらいだが、こちらとて慈善事業をしている訳でも、国王や宰相の独断で国を動かしている訳でもない。

 きっかけは、必要だ。

 あの第二王子は、自分が楽を出来る方に行こうとする傾向さえ何とかすれば、見込みがない訳ではない。
 むしろ、承認欲求が強く、おだてられたい傾向にあるレイフ殿下と組ませれば、上手く回るような気さえしている。

 第一王子の来る場にレイナを連れて行かなくてはならないと言うのは気に入らないが、宰相としては納得をしなければならない。

 そろそろ公爵邸に返してやりたいと思うのに、それを許さない国王陛下フィルバートが、五公爵会議にまでレイナを引っ張りだすと言う。

 まるで、自分が誰の隣に立つ事になるのかを、レイナに知らしめようとしているかのようだった。

 花畑の住人では、宰相の隣には立てない、と。

(もしかしたら……真綿に包みたい自分と、隣に立たせたい自分との間で、私は一生悩む事になるのかも知れないな……)

 恐らくは、周囲に試されている事に気が付かないうちに、周囲を圧倒している。それがレイナだ。
 手元に閉じ込めようとしたところで、きっと軽々と飛び越えていってしまうんだろう。

「……本当に、何をお出ししても構いませんか?」

 むしろフィルバートには、おまえの心配は杞憂だと言ってやりたい。

 サレステーデをバリエンダールの自治領にする話の根回しを、明日の〝てんぷらパーティー〟を隠れ蓑にしようとレイナに話をすれば、最初こそ「あれは庶民食です……!」と顔色を変えていたが、最後には、何かを思い立ったかのように、こちらに許可を求めてきた。

「コンティオラ公爵交えて〝スヴァレーフ〟の素揚げとの共同開発商品の提案があります、と。それはそれで、集まって頂ける理由になりますよね?」

 隠れ蓑の意味を正確に理解していなければ、出来ない事だ。

 もう今となっては、私に出来るのは、ギーレン上層部どころかサレステーデ、バリエンダールにまで目をつけられる事がないように、堀を埋めていく事だけだろう。

 五公爵会議の間に、フォルシアン、コンティオラ、スヴェンテそれぞれからは、昼食会出席の諾はとった。

 あとは第二王子の覚悟を待つのみ、と言ったところだった。

*        *         *

 夜、ゆっくりと夕食を取りたいところだったが、そうもいかない。

 ドロテア第一王女に対するある程度の事情聴取は、フォルシアン公爵のすぐ下で長官として軍務・刑務の実務を取り纏めている、シクステン侯爵家次男のライネルが行っている筈で、事件関係者となる為に携わる事が出来ないフォルシアン公爵に代わって、それを聞かなくてはならないからだ。

 ドナート第二王子の事情聴取に関しては、本来ならフォルシアン公爵に任せなくてはならないところ、公爵がユセフに付いているのと、国王陛下フィルバートが直接あらかたを聞いてしまったと言う事で、今夜はいったん見送られていた。

「宰相閣下。ご足労恐れ入ります」

「サレステーデに嫁いだ、クヴィスト公爵家の令嬢からユセフ・フォルシアンを薦められて、絵姿を見て気に入って会いに来た――以外に聞けた話はあるか?」

 それは最初から聞いていた事であり、実際に謁見の間でも本人が喚いていた事だ。
 
 私がそれを言うと、シクステン長官は一瞬気圧されてはいたものの、すぐに表情を切り替えて、私の言葉を反芻していた。

「そうですね……兄王子はどうしているのか、と聞かれました。私が『国王陛下への不敬罪で、別の所で取り調べを受けている』と答えたところで、顔面蒼白になって、貴族牢の中で座り込んだまま、今に至っています。…ああ、そう言えば『もうダメ、後は殺されるだけですわ…』と言った事を呟いているようですね」

「……そうか」

 既に国王の手の内にあると言う事で、王女は自動的に兄王子の失敗は理解したのだろう。

 実際にどちらが良い悪いと言うのはともかくとして、どうやら王子王女が第一王子派からの刺客に怯えて国を出た事だけは、動かしようのない事実だと思えた。

「閣下?」

「いや。第二王子も陛下に、自分が狙われていると言う様な事を言っていたから、あながちそれは世迷言とは言い切れないのかも知れんな」

「なるほど。クヴィスト公あるいはご子息が、両殿下の国からの逃亡に手を貸した可能性がある、と。それ故の拘束と言う事ですか」

 既に事切れたクヴィスト公は恐らく医務室の奥にでも安置されており、このシクステン長官の所にまでは、まだ詳細は伝わっていないと思われた。明後日の第一王子の訪問まで、王と公爵以外には伏せられたままとなる可能性も高い。

 ただ、公爵令息の拘束に関しては別だ。
 王宮内の動揺を静める為にも、目に見える容疑者が必要だ。

「詳しくは明日、護衛騎士や公安関係者を集めて言う事にはなるが、明後日には、サレステーデの第一王子に二人を引き取りに来させる予定だ。当日の警備体制を打ち合わせる事になるだろうから、そのつもりでいてくれ」

「承知致しました。閣下も直接王女に事情聴取はなさいますか?」

 問われて少し考えたものの「殺される」と頭を抱えている間は、それ以上まともな事を聞けない気もした。
 いや…と、短くかぶりを振る。

「その様子だと、一晩様子を見た方が良さそうだ。私は王宮医務室のユセフ・フォルシアン公爵令息を見て、フォルシアン公爵と情報の擦り合わせを先にしてくるから、そちらは今日明日の警護のシフトを組み直してくれ」

 かしこまりました、と頭を下げるシクステン長官を残して、私は王宮医務室の方へと足を向けた。

 果たして日付が変わる前に公爵邸に戻れるのか、一抹の不安を抱きながら。
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