聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
218 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

288 不可抗力の忘却

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 会議自体はお開きになったものの、クヴィスト公爵令息はさすがに、父親がやらかした事にせよ「国に混乱を招いている事自体は間違いじゃない」とされて、サレステーデの面々が帰国するなり何なりして、アンジェスの国内向けに正式に代替わりを発表するまでは、王宮内に留め置かれる事となった。

 とは言え、王子王女よりは罪はないだろうと言う事で、貴族牢ではなく、従者用の部屋の一つに、見張りを立てて留め置くと言う事らしい。

「――スヴェンテ老公」

 国王陛下フィルバートと、クヴィスト公爵令息が、それぞれ騎士に先導されて、先に部屋を出たところを確認したあたりで、エドヴァルドが小声でスヴェンテ老公爵に話しかけていた。

「突然である点は、この状況下ゆえに致し方なしと思って頂きたいのだが」

 そう言って、エドヴァルドはフォルシアン公爵とコンティオラ公爵に続いて、三人目を公爵邸でのに招こうとしていた。

「明日、昼食を公爵邸そちらでと、そう仰るか」

「サレステーデの件で少々がしたいと言うのもあるが――今、当家別邸には珍しい客が来ている。ぜひ貴方に紹介しておきたい」

「……珍しい客」

 雑談が名ばかりである事は、先々代と言えど公爵家当主の経験があるだけに、二人ともが理解している。
 だからスヴェンテ老公爵も、エドヴァルドが言う「珍しい客」の方に興味を示した。

「ミカ・ハルヴァラ。――亡きハルヴァラ伯爵の忘れ形見。今はの下で次期伯爵としての教育を着々とこなしているようだ。貴方は生前のハルヴァラ伯爵と交流があったと聞いているし、これを機に会ってみてはどうかと」

「‼」

 ――この裏を読めるのは、スヴェンテ老公爵ただ一人の筈だ。

 それが証拠に、少し声が聞こえたらしいフォルシアン公爵は「ああ、あの子まだ王都にいるのか」と、好意的な笑みさえ浮かべていた。

「スヴェンテ老公。あの子なら会っておいて損はないと私も思う。ウチのカフェ〝ヘンリエッタ〟にも来てくれた事があるくらいだし、この前の〝ロッピア〟でも、白磁器の熱心な売り込みをかけていた。スヴェンテの羊毛産業との接点はなかなかないかも知れないが、将来有望な子だし、イデオン公爵領の中核を担っていく子になってもおかしくはない」

「お目付け役として来ているベルセリウス侯爵の都合もあって、未だ自領には帰らずにいた。そろそろと思っていたところが、今度はサレステーデの王子の話が降って湧いた結果、今に至っている」

 事情を説明したエドヴァルドに、フォルシアン公爵は「なるほどな」と納得の呟きを洩らしていた。

「ああ、コンティオラ公も、ハルヴァラ伯爵令息ミカは〝スヴァレーフ〟の素揚げも既に口にして気に入っているようだから、話は出来ると思う。もともと彼女レイナが、ミカとボードリエ伯爵令嬢と約束をしていたところに、我々が便乗しているようなものだからな」

「……そうか。私もまだ直接話をした事はないが、エドベリ殿下の歓迎会にしろ、その後の〝ロッピア〟にしろ、その少年が話題になっていた事は知っている。挨拶を受ける事は、もちろんやぶさかではない」

 コンティオラ公爵も、声の感じから不愉快ではなさそうだったので、それに頷いたエドヴァルドが「いかがだろうか」と、スヴェンテ老公爵に改めて向き直った。

「――そう言う事であれば、喜んで」

 その一言に様々な感情がこめられていた事を知るのは、多分エドヴァルドとスヴェンテ老公爵だけだ。

 色々とオブラートに包まなくてはならない、貴族社会の苦労の一端を垣間見たように思った。

「さて、レイナ。とりあえず公爵邸に戻るか」

 私は頷いて、差し出された手を取る事しか出来なかったけれど。

*        *         *

 私にしてみれば「怒涛の一日」と言っても良いくらいだったけど、エドヴァルドは何と、夕食もそこそこに、また王宮へと引き返して行ってしまった。

 ただ考えてみれば、サレステーデの王女がフォルシアン公爵令息へやらかした事を考えると、王女を貴族牢に放り込んで、本国に送り返して、ハイ終わりと言う訳になどいく筈がない。

 本来事情聴取等をすべき軍務・公安の責任者が、当事者の父親であるフォルシアン公爵である以上、必要以上に踏み込めないのは当たり前で、直属の長官では王女の相手にならないとなると、次に白羽の矢が立つのは司法を預かるイデオン公爵――エドヴァルドとなるのが必然だった。

 そして逆に、第二王子がイデオン公爵邸に押しかけて来た件に関してを、フォルシアン公爵が担当する事になったようで、今度は私と入れ替わるようにセルヴァンが、王宮へと証言の為に向かった。

 既に私なんかはキャパオーバーになっているけれど、そう考えると、宰相職と公爵としての責務の両立が、いかに激務であるのかを痛感させられる。

 権限の重さを考えて、宰相職はそもそも王族か公爵かにしか代々受け継がれてはいないそうだ。
 実務としてなら最悪長官がいるにせよ、身分の問題で太刀打ちできない場合があるからだ。

 王族であればともかく、公爵が宰相位を兼ねる場合は、大抵当代公爵の兄弟や姉妹の夫などが補佐に回って領政を補佐するそうだが、何と言ってもイデオン公爵家の場合、異母弟であり、とうの昔にバーレント家に養子に入ったディルク以外に、兄弟姉妹どころか親すらいないのだ。

 エドヴァルドに膨大な負担がかかるのは当たり前と言うべきだった。

「先代宰相閣下からの打診があった際を思い返しますと、旦那様ご自身は社交にも結婚にも一切興味がおありではありませんでしたから……忙しくなったところで問題ない、むしろ幸いとさえ思われたのかも知れません」

 一人残された食堂で紅茶を飲みながら、よくエドヴァルドが宰相位を引き受ける気になったな…的な事を何気なく溢したところ、さりげなくお代わりを注ぎながら、ヨンナがそんな風に答えてくれた。

「先代の宰相閣下って……?」

「先々代の陛下にとっての王弟殿下、つまりは今の陛下からは大叔父君にあたられる方ですね。その当時で既にかなりのご高齢でしたので、旦那様が学園に通っていらした頃から見込んで、手元に囲い込んでおられたと言いましょうか……」

 ――どうやら色々とスパルタ教育が当時から施されていたらしい。

 と言うかヨンナ、侍女長なのに家令セルヴァン同様の知識を有しているのが、さすがです。

「んー…じゃあやっぱり明日は、出来るだけエドヴァルド様に負担がかからないような昼食会にしないとね……皆には申し訳ないけど、朝から総出で準備だよね……」

 私の呟きを耳にしたヨンナは、何故かそれは嬉しそうに微笑わらっていたけれど。

「いえいえ、私共の事は宜しいんですよ。旦那様の代になってから、この邸宅おやしき自体、公爵家とは言え社交面においては地方の下位貴族並みか、それ以下の事しかしてきておりませんでしたから。ようやく本領が発揮できると、それはもう皆が張り切っております」

 さすがに王都のレストランからいきなり器を借りる様な事までは致しませんが、と茶目っ気たっぷりに言われると、私もつられて笑ってしまう。

「あ、頼んでた材料って、揃うのかな?」

「ええ。季節外れの品でない限り、この公爵邸から依頼をかけて、揃わない品はございません。全て明日の朝届きますよ」

「……頼もしいやら申し訳ないやら……」

「ドレスや宝石を際限なく注文された訳でもございませんし、まして急な食事会の為のお品です。旦那様からも、レイナ様に任せるようにと言付かりました。問題ございませんよ。サレステーデの王子殿下の様な方が押しかけてくる心配ももうないとの事ですし、明日、皆で乗り切りましょう」

 心強いヨンナのお言葉に、私は破顔した。

「有難う。頼りにしてるね。そうと決まったら、今日は早めに休まないとね」

「………」

 何だかちょっとヨンナが微妙な表情になっていたけれど、私はそれを見落としていた。

 ……あまりに一日に色々ありすぎて、を綺麗さっぱり忘れていたのだ。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。