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第二部 宰相閣下の謹慎事情

285 クヴィスト家は追及される(前)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 この場はもう、さっさと「置物」になってしまうに限る。

 私はエドヴァルドと国王陛下フィルバートに見える様に、軽く頭を下げて、扉近くに置かれたソファの方へとさりげなくする。

 二人の生温い視線なんて、無視です無視。
 私は場違いと言う、常識的空気に従います、ええ。

 若干呆れた…と言うか「今更なにやってんだ」感満載の表情のフィルバートが、軽く咳払いをしつつ、視線を前方に立つ五人へと移動させた。

「クヴィストの息子は、この場は初めてだろう。他の四人が先に座ってやれ。そのままではいつまでたっても腰も下ろせまい」

 …と言う事は、円卓を囲む席は、日頃から場所が固定されていると言う事なんだろう。

 まずは、宰相たるエドヴァルドが先陣を切るように腰を下ろして、その両隣にはフォルシアン公爵とコンティオラ公爵が、フォルシアン公爵の隣にスヴェンテ公爵代理が腰を下ろし――最後、残った椅子にクヴィスト公爵令息が、やや遠慮がちに腰を下ろした。

 フォルシアン公爵とコンティオラ公爵が、両極端に年齢が分からない容貌だけれど、多分このクヴィスト公爵令息も、40代半ばから後半くらいじゃないかと思える容貌だった。

 立場的に「公爵令息」だけれど、数年以内での、額の広がりが心配な普通のおじさん…と言った方が雰囲気的には正しい気がした。

「先に私の方から、今日、皆を集めた理由を述べさせて貰う。何故今、何故この面子なのかも、私の話で理解出来よう。その後で、対応方を協議するが良い」

 フィルバートは、そう言って高砂席的な簡易玉座に歩を進める傍ら、護衛騎士から受け取った、何かの塊を、クヴィスト公爵令息の前にゴトリと置いた。

 いや、投げ置いたと言った方が正確かも知れない。

「――シェヴェス・クヴィスト」

 そしてその勢いで、大理石風の白い石の円卓の上に、ビシャリとが飛び散った。

「いつまでも父親が当主の座にしがみついているのも、忸怩たる思いがあっただろう。喜べ、ようやくおまえの番が来たぞ?」

「……ひっ⁉︎」

 …あ、はい、多分クヴィスト公爵令息じゃなくとも、悲鳴はあげたくなるかも知れません。
 時間が経ってどす黒く変色しかかった、血塗れの懐中時計とか、誰が見たってビックリだと思いマス。

 私も思わず口元を手で覆っていたし、エドヴァルドは顔を顰めている。

 フォルシアン公爵にコンティオラ公爵も、スヴェンテ老公爵も、声こそ上げていないけれど、事態を把握出来ないと言った表情を浮かべていた。

「こ…れは……父…の……?」

「なんだ、自分の家の家紋を知らんとは言うまい?それに、当主の懐中時計には独特の細工もあるんじゃなかったか?」

 そこじゃない、ときっと国王陛下を除いた全員が内心で呟いていたに違いない。

 そんな顔色の悪い列席者たちの心の声を、敢えて今気が付いたと言う風に、国王陛下フィルバートが拾い上げた。

「なに、公爵と言う己の立場も弁えず、国王陛下このわたしに向かって、サレステーデの後見になれだの、王族との婚姻などとなんたる名誉!…だったか?寝言をぬかす老体がいてな。そろそろ後進に道を譲った方が良いと、親切にをしてやっただけだ」

「―――」

 懐中時計が血塗れになる説教って何だ…と、きっとその直後を目撃しているエドヴァルド以外は思っていると思う。

 そんな場の空気は完全無視。
 むしろ壊す事を楽しんでいる風な国王陛下フィルバートは、尚更楽しげに言葉を繋いでいる。

「本来なら当主の不敬罪として、家ごと潰してやっても良いくらいなんだが、腐っても公爵家ではあるし、既に他国の王位争いを我が国に持ち込んでしまっている。今すぐ潰すのも得策ではなかろう?だからとりあえず、当主交代で済ませてやろうと思ってな」

 寛大な君主で良かったな?と笑うフィルバートの笑みは、やっぱり大鎌背負しょって冥界からやってきた、断罪者の笑みだ。

 クヴィスト公爵令息は、私の位置からでも分かる程に身体をガタガタと震わせながら、目の前にある血塗れの懐中時計に視線が釘付けになっていた。

 ――ああ「普通」の反応だ、と私は妙な安心感と共に公爵令息の様子を窺っていた。

 クヴィスト公爵が、どんな人だったのかは私は知らないけれど、恐らく息子こちらに関しては、人として真っ当な神経の持ち主じゃないかと思う。

「それと言っておくが、私のにも多少の理由はあるからな。ただ虫の居所が悪かったからとか、くだらない理由でやったりはしないから――まあ、そのあたりはそこの宰相から聞いてくれ。私一人では信用もなかろうと、わざわざ聖女の姉君にまで来て貰ったんだ」

「⁉」

 な…んで、急に話を振りますか、陛下⁉
 何の公開処刑ですか!

 場の全員の視線を受けて、今度は私の方が身体を強張らせてしまった。
 陛下の「やる」は、確実に「殺る」に変換できますよね⁉

 この場を何とかして下さい!とエドヴァルドに懇願する視線を送ったところ、あまりの勢いに一瞬気圧されていたみたいだったけれど、軽く咳払いをして、場の空気を変えてくれた。

「――クヴィスト卿」

 まだ正式に承認をされていない以上、あくまで肩書は公爵令息。クヴィスト「卿」と呼ばれる立場だ。

 は…と答えつつ、怯えの抜けない表情で公爵令息は頭を上げた。

「貴殿は今回の、サレステーデの第二王子と第一王女の件は、どこまで把握していた?」

 淡々としたエドヴァルドの声に加えて、フォルシアン公爵からの険しい視線が突き刺さる。

「どこまで……とは……?」

「ああ、言い方が悪かったか。貴殿の知る範囲で、仮にも王族である筈の二人が無断でアンジェスに来てから、今に至るまでの経緯を全てこの場で詳らかにして貰おうか」

「経緯……あの、ちなみに今、両殿下は……」

「二人とも貴族牢だが?」

 さも何でもない事の様にエドヴァルドは言うが、事情を知らないクヴィスト公爵令息やスヴェンテ老公爵、コンティオラ公爵からすれば、寝耳に水の状況だろう。

「な…何故……」

「何故?面白い事を聞くな。片方はを拉致しようと邸宅やしきに押しかけ、もう片方は手っ取り早く既成事実を成立させようと、当人が住まう邸宅やしきから無理矢理連れ去った挙句に、媚薬を飲ませてこの王宮の一室に引っ張り込んでいた。これが牢屋行きでなくて何だ?」

 ――公開処刑はこっちも一緒だった!

 結局視線がこちらに飛んで来て、私は「はは…」と乾いた笑い声を溢すしかない。

「彼女は私と共に所用で王宮に来ていた為に難は逃れた。フォルシアン公の令息も、連れ込まれた部屋は認識阻害の魔道具で目眩しをされていたが、彼女の慧眼によってそれは無効化された為に、令息もまた無事だった」

「認識阻害の魔道具を無効化……?」
「ほう……」

 うわ、コンティオラ公爵とスヴェンテ老公爵が何か誤解してる!
 私は「魔道具を無効化」したんじゃなくて、そもそも「認識阻害が効かない」んです!

 ちょっと、言い方を――とは思ったものの、エドヴァルドの表情を見るに、そう受け取られる事を狙って言ったようにしか見えなかった。

(ええ……)

 抗議をしようにも、受取不可と言わんばかりに、エドヴァルドの視線は厳しい。
 大人しく口を噤んでおくようにと言う事なんですね……若干不本意ですが。

「サレステーデの第二王子と第一王女がアンジェスの王宮に先触れもなく押しかけてきて、誰かと結婚させろと喚いていたと言うのは、財務の娘婿から耳にはしていたが、事態はどうやら悪化していたらしい」

 そう、重々しく口を開いたのは、この場の最年長たる先々代スヴェンテ公爵フィリプ。通称スヴェンテ老公だった。

「それが事実なのであれば、貴族牢に入れられるのは至極妥当な措置ではある。しかし当事者であるイデオン公とフォルシアン公でなくとも、そこに至るまでの経緯は確かに気になるところだ。そも、陛下の仰る『他国の王位争い』とはどういう事か」

 そう言って「さて…」と、クヴィスト公爵令息へと視線を向ける。

「イデオン公の言うように、其方そなたの知る範囲で構わんよ。全てこの場でご説明願おうか」

 ――当主経験の有無の差が、そこにあった。

 当代クヴィスト公爵が国王陛下の手で粛清されたらしい事は、既に当然の事として残りの公爵達には受け止められており、クヴィスト公爵令息は、問われた事に答えるしか、道は残されていなかった。
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