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第二部 宰相閣下の謹慎事情

275 鑑賞制限に引っかかりました

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 天井には少し届かない程の両開きの扉は、主を待つ従者用の部屋と言うだけあって、他に比べると装飾の少ない扉だった。
 しかも、良い具合に飴色に経年変化している。

 日本の場合は、靴を脱ぐ習慣もあってか、外開きの扉である住宅がほとんどらしいけど、いざという時に内側に家具なんかを置いて立てこもれる事を念頭に置いている、王宮の扉は全て内開きだった。

 軽く押してみて動くところからすると、見つかった時を考えて、内側から扉を塞ぐとか言った事には思い至らなかったらしい。

「チチッ!」

 そのまま扉を押すと、まだ開ききらない内の細い隙間から、気合十分?のリファちゃんが中に飛び込んでいった。
 …と言う事は、やはり中にフォルシアン公爵令息がいると言う事だ。

 そして間を置かずに「キャッ⁉」と小さな女性の悲鳴が聞こえた。

(え、リファちゃん早すぎ!雄姿を見れなかったよ⁉)

 更に人一人通れるくらいに扉が開いたところで、今度はトーカレヴァが私の横をすり抜けて行く。

「なによっ⁉わたくしを誰だと思って…っ」

 あ、今度はトーカレヴァが王女サマを寝台ベッドから引き剝がすとか、何かしたのかな?

 更に扉を開けたところでそんな声も聞こえたけど、実際にどうなっているのかは、私は見る事が出来なかった。

「見なくて良い」
「え……」

 氷点下な声が後ろから聞こえたかと思うと、すっぽりと手で目隠しされてしまったからだ。

「えーっと…宰相閣下、そうは仰いますが、私も目撃者と言うか…証人になり得るのではないかと……」

 ここは王宮内なので、基本的には「宰相閣下」呼びだ。
 名前を連呼するとか、お花畑在住の姫君の所業でしかない。

 それはともかくとして、真面目な話、王女サマの側が関係を強要しているのか、フォルシアン公爵令息が媚薬の類を飲まされているのか…等、対外的に証言する人間は必要な筈なのだ。

 エドヴァルドも、分かっている筈なのに、指の隙間からすら何も見せまいと、思い切り私の両目を手で覆っていた。

 えーっと…未成年コドモは見てはいけません、的な?
 PG-12?R15?どんな感じなんでしょうか、宰相閣下。

 頭の中でハテナマークを大量に飛ばす私を置き去りに、何も見えないまま、リファちゃんがぽすっと私の頭の上に着地した感覚だけが伝わってきた。

「あ、リファちゃん無事かな?」
「ピッ!」
「そっか、ちゃんとお仕事完了出来たのかな?」
「ピピッ!」
「うん、エライエライ!」

 何故会話が成り立つ…と、エドヴァルドが呆れているっぽい声も、リファちゃんの鳴き声と併せて頭上から降ってくる。

「証人なら、私とサタノフがいれば充分だ。上半身だろうと何だろうと、他の男の裸を貴女に見せるつもりはない」

「―――」

 うっかり何も言い返せなかった私の耳は、多分ちょっと赤くなっていたと思う。

 どう考えても私情ですよねそれ……?

「あの…でも、男性側からの一方的な証言だけだと、公の場でうっかり泣かれでもしたら、それ以上追及出来なくなりますよ……?」

 別に私も好き好んで他人の修羅場?を見たいワケじゃないけど「男性目線だからそう見えるに違いない」とでも抗弁されると、話がそこで膠着してしまいかねない。

 私が恐る恐るそう言えば、エドヴァルドは不本意そうに、言葉に詰まっていた。
 
「……サタノフ。足元に落ちている上着をユセフ――そこの男にかけろ」
「は。その…男性が先ですか?」
「女に同情の余地はない」
「……なるほど」

 答えるトーカレヴァの声も、かなり複雑そうだ。

 どんな状況だと思っていると、バサッと何かが被せられる音がして、その後ゆっくりと、エドヴァルドの手が私の顔から離れた。

 目の前が明るくなって、数回目を瞬かせたところで、ようやく周囲の景色が目に入り始めた。

「……わぁ」

 掛け布団コンフォーターからはみ出た上半身に上着を被せられた状態で、ベッドに横たわるプラチナブロンドの青年と、今にもその上に覆いかぶさろうとして、トーカレヴァによって、ベッド脇から喉元に刃を突き付けられて硬直している、シュミーズ姿の桃色髪の女性とが、視界に飛び込んでくる。

 …女性の髪が若干乱れているのは、リファちゃんの「戦果」だろうか。

「サタノフ、そこから見て、に見えるか?」

 入口の扉近くに立つエドヴァルドや私からは、二人の身体の大半が掛け布団コンフォーターで覆われているため、一番重要なところが確認出来ない。

 もうちょっとソフトな聞き方はないものかと思ったけど、ちょっと考えて「…ないか」とも思った。

「…そうですね。ちょっと今、こちらの彼は意識が虚ろになっているみたいですが、唇の端が切れたり、シーツをかなりの力で握りしめたりしてますし、耐えきったようにも思いますね」

「そのまま、王宮内の護衛騎士に誰か連絡出来るか?」

 エドヴァルドの問いに答える代わりに、トーカレヴァは剣を持たない方の手で、上着のポケットに手を入れると、そこから取り出した何かを、エドヴァルドに向かってひょいと投げた。

「すみません、その魔道具を起動していただけますか。そうすると、ここから近い所にいる護衛騎士何名かの魔道具が振動して、異常を知らせる事が出来ますから、じきに駆けつけてくるでしょう」

 要は、異世界式ビーコンと言ったところか。
 
 キレイな放物線を描いて飛んで来た魔道具を受け取ったエドヴァルドが、それを一瞥して起動させている間にも、王女サマは不満げに声を上げていた。

「ちょっと、何なのよ⁉あなた達、誰の許可を得てここへ――」
「――誰の許可、だと?」
「ひっ」

 起動したらしい魔道具を上着のポケットにしまいながら、エドヴァルドが冷ややか過ぎる声を相手へとぶつけた。

「ここはアンジェス王宮だ。誰の許可とは、ふざけた事を聞いてくれる。仮にもこの国の五公爵家の内の一つに押し入った挙句、認識阻害の魔道具まで使って、次期公爵を拉致監禁するなどと、こっちこそ、誰の許可を得てそんな暴挙を働いたのか聞きたいくらいだ」

「な…っ…あなた、わたくしが誰だか分かって、そんな事を……」

「ああ、謁見の間で顔を合わせた事くらいは思い出したか?だがこの場では、名乗ってなどいらん。変質者で充分だ。そもそも『私を誰だと思っている』なら、お互い様だと思うがな」

 うん、まあ、たとえ目の前のこの女性がサレステーデのドロテア第一王女本人だったにしても、シュミーズ1枚で相手にのしかかっているようじゃ、変質者呼ばわりされても文句は言えないよね。

 基本的に、宰相よりも地位が上なのは王か皇帝だけ。次期継承者でかろうじて同格。
 ドナート王子やドロテア王女は、エドヴァルドに対して王族特権を振りかざす事は出来ない筈なのだ。

 ただし、まっとうな王族であれば、エドヴァルドの側からも相応の「敬意」は払う。
 そう言う力関係の下にある筈だった。

 今回に限って言えば、最初はなからそんな「敬意」は存在すらしていないみたいだけど。

 って言うかエドヴァルドもトーカレヴァも、シュミーズ1枚なんて言う、なかなかに扇情的なお姿の王女サマを見ても、眉ひとつ動かさない。
 さすがのプロフェッショナルだと、私はちょっと感心してしまった。

 気が付けば、扉の外から複数の足音が近付いてくる。
 魔道具ビーコンで連絡のついた騎士たちが駆けつけてきたんだろう。

「レイナ、もう良いな?フォルシアン公爵が来て、この場を引き渡したところで、陛下の所に向かうぞ。――、説明する事が増えた」

 エドヴァルドの苦い声に、私はコクコクと頷く事しか出来なかった。
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