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第二部 宰相閣下の謹慎事情

270 ボードリエ伯爵との宰相室会談

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 手紙の内容は、要約するとボードリエ伯爵が午後、学園の授業が終わったところで王宮に来れる事になったから、私にも来て欲しいとの事だった。

 ただ、馬車で街中を走らせるのは心配なので、簡易型の転移装置を使って、エドヴァルドが直接迎えに行くともそこには書かれていた。

「では、昼食後しばらくしましたら、お支度にとりかからせて頂かないといけませんね」

 今のうちにドレスを見繕わせておきましょう、とヨンナは言った。

 サレステーデの第二王子がをかけてこようとしている、と言うのをヨンナも〝鷹の眼〟の誰かから聞いているらしく「万一、王宮内での遭遇があった時の事も考えて、ここは旦那様のお色で統一しておきませんと……!」と、妙に気合の入った指示を出していたのを、私は敢えて聞こえなかったフリで通した。

 どうせまな板の上の鯉、ヨンナと侍女達の間で「どこまで〝痕〟を見せるか」などと議論が白熱したところで、もう、いたたまれないだけだ。

 エドヴァルドが迎えに来る頃には、既にグッタリと疲れ果てていたのが実状だった。

「……行けるか?」
「大丈夫です……」

 ひとえにメンタルの問題なんで気にしないで下さい…との私の呟きに、エドヴァルドの眉が僅かに寄ったけれど、口に出しては何も言わなかった。

 行かなくて良い、とは流石に言えないんだろう。

 差し出されたエスコートの手に自分の手を乗せたところで、すぐさま〝恋人繋ぎ〟に変わるのは、私が〝転移扉〟に常に怯えているが故の、エドヴァルドの気遣いだ。

 ――今回の、簡易型転移装置での移動の向こう側は、王宮内の宰相室の奥の部屋だった。

「貴女はここに座っていてくれ。ボードリエ伯爵も、まずはここへ通すように言ってある。こちらの話をした後で、伯爵は陛下の所に案内する予定だ。令嬢の〝聖女〟就任の話もあるからな」

「えっと…私はそっちも……?」

「いや。貴女はここでの話が終わったら、また邸宅やしきに送るつもりだ」

 どうやら職権濫用を疑われるレベルで、簡易型転移装置を使用している気もするけれど、きっと「不可抗力だ」とでも言って押し切っているんだろうなと、思わず遠い目になってしまった。

「――閣下」

 ちょうどそこへ、扉を叩く音と共に、宰相副官シモン・ローベルト青年が顔を覗かせた。

「ボードリエ伯爵殿がお見えですが……」
「分かった。こちらへ通してくれ」

 微かに私への黙礼を残しつつ、扉の向こうへと再び姿を消す。

 そうして次のノックで現れたのは、ボードリエ伯爵一人だった。

「すまない、伯爵。状況は手紙に書いたと思うが、それでどうしても彼女を伯爵邸にる事が出来なかった」

 私からは先に話しかけられないので、いったん〝カーテシー〟だけを見せて、実際にはエドヴァルドの方から、入って来たボードリエ伯爵に、そう声をかけていた。

「恐縮です、宰相閣下。サレステーデとはまた……。ともかくも、レイナ嬢にはこちらからも、シャルリーヌの事で御礼をと思っておりましたので、宰相室こちらで話させていただく事にも否やはございません。――色々とすまなかった、レイナ嬢」

 ボードリエ伯爵が、私に話しやすいようにと声をかけてくれたところで、ようやく私も頭を上げる事が出来た。

 さりげなく、本当にさりげなく視線がストールのあたりに向いたのは、気が付かないフリで。

 敢えて何も言わない伯爵サマ、さすがオトナの貫禄です。

 ――あ、ダメだダメだ。まずは、御礼を。

「とんでもない事です。こちらこそ、身元保証人の件や、ベクレル伯爵様への紹介状の件など、色々とお骨折りを頂いた事、深謝申し上げます。おかげさまで五体満足なまま帰国する事が出来ました。本来でしたら邸宅おやしきに御礼に伺うべきところ、このような形となりました事をお詫び申し上げたいと存じます」

「いやいや。ベクレル伯爵夫妻からの手紙や贈り物に関しては〝ヘンリエッタ〟から戻って来た後、シャルリーヌが涙ぐんでいたくらいだ。貴女の様な友人が出来て本当に良かったと、こちらも嬉しくなった」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 再び頭を下げる私に、ボードリエ伯爵も鷹揚に頷いた。

「だからと言う訳ではもちろんないが、サレステーデ語の家庭教師の件は、喜んで紹介させて貰おう。ただ、王都学園自体は女人禁制と言う訳ではないが、若いご令嬢が出入りをするには諸々不都合な事も多い。かと言って、イデオン公爵邸でとなると、教師本人の家のしがらみも出て来るかも知れん。どうだろう、事態が落ち着いたら、我が邸宅やしきでシャルリーヌも交えて授業を受けると言うのは?」

「え…よろしいんですか?」

「ウチは構わない。と言うのもベルィフ語に関しては、シャルリーヌがある程度の読み書きは出来る筈なんだ。何せ順当にいけば国境を接する隣国の言語となる筈だった。その点も鑑みて、まとめてこちらの邸宅やしきで学ぶのも良いかと思ったんだが……」

 思いがけない提案に、私がエドヴァルドに視線を向けると「ふむ…」と、エドヴァルドがやや考える仕種を見せた。

「確かに、事態が落ち着きさえすれば、それが良いかも知れないが……しかしそれだと伯爵自身が、レイフ殿下やその周辺貴族たちから『イデオン家についた』と思われる可能性があるだろう」

 王都学園理事長の地位は、立場上中立でなければならない筈だ。

 エドヴァルドがそう言ったところで、ボードリエ伯爵は「おや」と僅かに片眉を動かした。

「それは、レイナ嬢が近々『イデオン家の関係者』になられると言う解釈で宜しいのでしょうか、宰相閣下?」

 国が保護する〝聖女の姉〟としての扱いならば、誰も文句を言えなかろうに――。
 伯爵の目は、そう語っている。
 きっとそれで、周囲の雑音をシャットアウトしようとしていたのかも知れない。

 だけどエドヴァルドは、そんな伯爵の思惑を遮るように「それで構わない」と声を発した。
 私が、ちょっとビックリしてエドヴァルドの方を向いたのは、敢えて見ない様にしているっぽかった。

「既に陛下や、押しかけてきたどもには、その旨宣言してある」

 いっそ冷ややかに、他国とは言え王子王女を「有象無象」扱いした事に、ボードリエ伯爵は乾いた笑みを浮かべていたけど、ツッコむところはそこじゃないと、伯爵も分かっていたんだろう。

 軽く咳払いをして、体勢を立て直していた。

「なるほど…敢えてサレステーデの出方を見る事もなさらないと、そう言う事ですか」

(ああ…まあ「案」としてなら、私を仮にでも王子と婚約させて、サレステーデに送り込んで様子を探らせるとか、やりようはあるもんね……)

 私も何となく、ボードリエ伯爵の言いたい事は分かったけど、隣のエドヴァルドが、気のせいじゃなく怖かったので、口には出さなかった。

 …何で、こっちで一瞬考えただけの事が分かったんだろう。
 魔力に加えて読心能力まであるんだろうか。

「彼女には、聖女マナの補佐としてアンジェスに招いた時点で、既に一度多大な迷惑をかけた。これ以上は国の都合で振り回す様な事はしない。例えするのだとしても、だ」

「――そうですか」

 切って捨てるかの様なエドヴァルドの言いように、ボードリエ伯爵の目が僅かに眇められた。

 どうやら舞菜いもうとがギーレンに留まるからと言って、私までアンジェスから出す様な真似はしないと、伯爵だけでなく隣の私にも、宣言してくれているかの様だった。

「失礼しました。今の時期にサレステーデ語を学びたいと仰るからには、てっきり関連があるのかと」

「いや。そう言う誤解を受けても仕方がないタイミングではあった。だが、本当にたまたまだったんだ。ギーレンとバリエンダールの勉強が、ちょうどひと段落していたところだった」

「なるほど。あくまで公爵家としての、貴族教育の一環でしたか」

「ああ。それでもしまだ、表立っての立場を翻す事が難しいのであれば『教え子が新しく商会を立ち上げて、サレステーデに取引の為出かける事が決まった。言葉や習慣を少し教えてやって欲しい』とでも持ちかけてくれるか。実際にギルドカードも作ってある事だし、それだけなら男とも女とも、外からは分かるまい。当の教師にさえ口止めが許されるのなら、だが」

 エドヴァルドの提案にボードリエ伯爵は、目から鱗とでも言いたげに、眇めていた目を大きく見開いた。

「ああ…そうですね、レイナ嬢は身分証としてのギルドカードを既にお持ちでした。ええ、そう言う事であれば教師の方でも納得はするでしょうし、私も必要以上に敵を作らずに済みます。口の堅い者と言う点も重視しながら、決めさせて頂きましょう」

 二度三度とボードリエ伯爵は頷き、どうやらそこで、話はまとまった様だった。

「ああ、それとレイナ嬢。シャルリーヌに声をかけて貰った…えー…〝てんぷらパーティー〟?まるで今にも踊り出しそうな勢いで喜んでたよ。早速明日の昼食時にでも公爵邸に伺いたいとの事だったんだが、構わないだろうか」

 一般的な貴族令嬢としての作法マナー無視の展開に、エドヴァルドもボードリエ伯爵も苦笑いだけど、私とシャルリーヌとの間では、そこはまるで重要視されていなかった。

「ああ、はい、もちろんです!」

 そりゃ天ぷら、食べたいよねシャーリー。
 付けるものが塩しかないけど許してー!
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