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第二部 宰相閣下の謹慎事情

261 それは情報漏洩事件では?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 なるべく早く、とエドヴァルドが言うからには従った方が良いのだろうと、私は午後、とるものもとりあえず手紙を書いた。

 ボードリエ伯爵には、ギーレン行きで骨を折って貰った事への御礼と、サレステーデ語や情勢に詳しい家庭教師を紹介して頂きたいので一度伺いたいと書き、シャルリーヌには、伯爵込みでアンジェスの〝扉の守護者ゲートキーパー〟を継ぐにあたってお願いがあるのと〝蘇芳戦記〟バリエンダールサイドのシナリオに関して、なるべく早いうちに、覚えている事のすり合わせをしたい。伯爵に依頼した、サレステーデ語の家庭教師の話はその一環――と書いて、早々にボードリエ伯爵邸に配達をして貰った。

 その後は書庫に行って、サレステーデ国について書かれた資料がないか、探してみた。

「まあ、バリエンダールと地続きだから、地図程度の資料はあるだろうけど……」

 ざっと探してみたけれど、やっぱりと言うか、予想に違わず、あったのは社会科の教科書の様な、国土面積とか人口とか主要作物とかが書かれた程度の、頁の薄い資料だった。

「ああ…これ、やっぱり私やシャーリーの方が基礎知識あるかぁ……」

 シャルリーヌが、シナリオをぶち壊してアンジェスに残った様に、バリエンダールやサレステーデも、設定と違う部分はあるのかも知れない。

 それでも、全く違っている事はないだろうと、紙と羽根ペンを用意して貰った私は、覚えている事を紙に書き出してみた。

「エドヴァルド様…サレステーデの第二王子と第一王女が来たって言った……?」

 とは言え、バリエンダールサイドの主人公はあくまでバリエンダール王室のミルテ王女だ。
 私は真ん中にミルテ王女の名前を書いて、くるくると丸で囲った。

 この王女様は、病弱である事や社交界デビュー前の年齢である事もあいまって、実兄である王太子ミランからの溺愛を受けている…筈だ。
 自分は国内の侯爵令嬢と婚約を結んでいなからも、シスコンが拗れるあまり、妹宛ての国内外の縁談を、国王を飛び越してかたっぱしから潰している、と。
 
 もっとも、王太子の婚約者であるフランカ・ハールマン侯爵令嬢も、ミルテ王女の事は可愛がっており、そこに不和はないとされていた。

「ああ、そうだ…確かミラン王太子が潰した縁談の中に、サレステーデのドナート第二王子との話があった……」

 サレステーデは、三人の王子と王女が一人おり、第一、第三王子が正妃の子、第二王子と第一王女が側妃の子で、国内は分裂しているとされている。

 サレステーデよりも国土が大きいバリエンダールの王女を娶れば、国内で実権が握れると考えた第二王子派の貴族たちに唆された側妃が、縁談の申し入れをしたのだ。

 だが、その背景を見透かしたミラン王太子が、話を一蹴した。
 表向きは、ミルテ王女は病弱で、国外へなど嫁がせられないと言ってはいたが、裏ではサレステーデの内紛に妹を巻き込んでたまるか、と吐き捨てているシーンが、ゲーム内で確かにあった。

 確かドロテア第一王女に関しても、ミラン王太子宛に一度縁組の話があった筈で、その時点でフランカ嬢との婚姻話が既に持ち上がっていた彼は、ミルテ王女とは違った意味で、話をぶった切った。

 ある意味なかなかに決断力のある、将来有望な王太子だとも言える。

 そんな二人がいきなりバリエンダールを飛び越してアンジェスに来ている時点で、既に〝蘇芳戦記〟からは、シャルリーヌの様に逸脱を見せていると言って良い。

「エドヴァルド様、二人が何をしに来たのか、教えてくれるかな……」

 下手をすると、アンジェスとサレステーデ一対一の話ではなく、バリエンダールを巻き込む事にもなりかねない。

 慎重を期して話が伏せられる可能性もあった。

 まさに、謹慎どころの話じゃない。
 さすがに引きこもりを決め込めなかったに違いないし、その事を責めるような人物も王宮にはいないのだろう。
 むしろ「出てこい!」の大合唱だった可能性が高かった。

 試しに公爵邸内で、サレステーデの話に明るい使用人はいるかとセルヴァンに聞いてみたものの、やんわりと首を横に振られてしまった。

 バリエンダール語を話す人間なら〝鷹の眼〟の中も含めて、何名かいますが…と言う事らしい。

「うーんと……じゃあ、ファルコ」
「――おお、どうした」

 よほどの事がない限り、呼べばどこからともなく現れるのには、近ごろではすっかり慣れてしまった。

「夕食前にちょっと悪いんだけど。可能だったらで良いから、バリエンダール側からサレステーデの現状を確かめる事って可能かな」

 うん…?と、ファルコは天井を見ながら、考える仕種を見せた。

「まあ確かに〝鷹の眼オレら〟の伝手はバリエンダール止まりだから、すぐにとはいかないだろうが……内容によるな。王宮に潜り込めなどと言われちゃ、さすがに即答出来ねぇぞ」

「ああ、うん、さすがに今はそこまでは言わない。もしかしたらそのうちエドヴァルド様から何か指示があるかも知れないけど。とりあえず、今のサレステーデ王家を取り巻く環境がどうなっているのか、バリエンダールに届いている情報だけでも確認出来ないかと思って」

 直接国境を接する隣国であるからには、アンジェス王宮よりはよほど正確な情報を持っている筈だ。

「何なら私が知っている、以前のサレステーデの情報を渡すから、そこからどう変わっているのか、正誤を確認してくれるだけでも有難いけど」

「ああ、そのくらい具体性があった方が、調べる方としちゃ有難いな。ただ、何でそんな事を知っているのかとか、お館様が戻って来る前に動いてる言い訳とか、その辺りはまあ、自分でやってくれ」

「う……」

 確かに今のところ、エドヴァルドから何かを聞かれた訳でも頼まれた訳でもない。
 ただただ、自分が気になっているだけな事は間違いない。

「怒られるかな……」
「俺に聞くなよ」
「いや、一応ちゃんとエドヴァルド様が帰って来たら、同じ情報は伝えるよ?」
「だから俺に振るな。報告自体は当たり前だろうが。俺から聞かされる方がよっぽど、お館様の機嫌が悪くなるだろうよ」

 ごもっとも、と言いたくなる事をファルコは言った。
 私も諦めて、王宮から戻って来たところで言っておかないとな…と思っていたところが、エドヴァルドが実際に王宮から戻って来たのは、レストラン〝チェカル〟の予約時間に間に合うギリギリの時間だった。

「――話は馬車の中で」

 話をしかけた私の機先を制する恰好でそれだけを言って、私をエスコートしつつエドヴァルドが馬車へと乗り込む。
 パッと見ただけでも、お世辞にも機嫌が良いとは言えなかった。

「貴女は……サレステーデの第二王子と第一王女の事は知っていたのか?」

 今回はちゃんと向かい側に腰を下ろしているエドヴァルドが、乗り込むなりそんな事を聞いてきた。

 向こうから話を振ってくれるのはむしろ大助かりなので、私は「乙女ゲーム」云々の話以外のところで、正直な話をしておく。

「えっと、もちろん面識とかはありませんよ?ただ、私やシャルリーヌ嬢がの通りなら、バリエンダールの王太子と王女様に縁組を拒否されて、正妃腹である第一王子派との力関係が不利になっている側妃腹の二人――と言ったところですね」

「……っ」

 どうやら私が知っていた「話」は、エドヴァルドの胸をピンポイントで抉ったらしい。
 珍しく馬車の中で「だからか……」と、頭を抱えていた。

「エドヴァルド様……?」

「いや。何の先触れもなく他国の王宮に押しかけてきた挙句に、あまりに突拍子もない事を言い出したものだから、陛下フィルバートは言うに及ばず、フォルシアン公爵も私も、意図が読めなくて頭を抱えていたんだ。とりあえず今は、陛下フィルバートが適当に言い含めて王宮の来客用の部屋に放り込んだが」

 忌々しいとばかりに吐き捨ててから、私の顔を覗き込む様に、顔を上げる。

「突拍子もない事……」

「端的に言えば、クヴィスト公爵家からの差し金で王宮に押しかけてきた挙句に、フォルシアン公爵の息子であるユセフと、聖女マナと、それぞれと騒いでいる」

「………ハイ?」

 私も一瞬、何を言っているのがが分からなくて、かなり甲高い疑問形の声を上げてしまった。
 
 エドヴァルドは、気持ちは分かるとでも言いたげに、それを咎める事はなかった。

「ユセフはともかく、聖女マナに関してはギーレンへのが決まっていて無理だと、理由をぼかして言ったみたいなんだが――」

 その瞬間、冷気を通り越して殺気が満ちたんじゃないかと本気で思ってしまった。
 くく…っと、おかしな笑いが聞こえたのは気のせいだろうか。

「あの『聖女がいらっしゃらなければ、その姉君でも。黒髪美しい、異国から来られた才媛と聞き及んでおります。さぞやサレステーデに明るい話題となって貢献してくれる事でしょう』などと……!頭がおかしいのかと思っていたが、貴女の話で理解した。第一王子派に対抗する話題性を欲していた訳か……っ」

「エ、エドヴァルド様?あの、ちょっと落ち着いて――」

 絶対に、国ごと潰してくれる――などと、恐ろしい発言が聞こえたのも、気のせいだと信じたいんだけど。

 あのっ、何で聖女いもうとはともかく私の話までサレステーデに洩れているのか教えて貰えませんかー⁉
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