聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

257 平服でお越し下さい

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「あ、あのっ、それで今日の本題なんですけど……」

 部屋の中が気のせいじゃなく冷え切っている事はこの際無視スルーして、とりあえず私はリーリャギルド長に、シーカサーリ商業ギルドで行商人登録をしてある〝ユングベリ商会〟を、実店舗にランク上げしたい旨を申告した。

「必要な手続きとか書類とか、教えて貰えたら――と。あ、いえ、何なら宰相閣下はここで待機して貰って、下の窓口でちゃんと並びますから。スリアンさんでも、どなたでも」

 エドヴァルドがちょっと目をみはっているけど、そりゃそうでしょ。
 傍から見たら、公爵家の権力をチラつかせて順番を飛ばしている様にしか見えないんだから。

 あねさんギルド長は、そんな私とエドヴァルドを見比べて、面白そうに口元を緩めた。

「いやいや。どこぞのキヴェカス卿と違って謙虚で結構なコトだよ。まあ今日は、アズレートの判断で二階に引っ張ってきたんだろうから、このまま話を続けても問題ないよ」

 副ギルド長アズレートとしては、ギルド長ほどには開き直ってしまえないんだろう。

 お願いですからこの部屋に居て下さい、とばかりに首を大きく縦に振っている。

「それじゃまぁ、実店舗登録の話を、まずは概略から簡単に説明するよ。これが『開業届』だ。これの記入と、ここに書かれた、ギルドへの『加盟保証金』の納金がまずは必須」

 そう言ってリーリャギルド長は、アズレート副ギルド長から手渡された書類を、私の目の前に置いた。

「ギルドも慈善事業じゃないからね。これから商売を始めようって言う段階での身分証作りにまで、実費以上の金銭の要求はしないが、本格的に商売を始めるとなったら協力して貰おうって寸法さ。ま、門戸は広く…ってところだよ」

 確かにそこは無茶な事を言っている訳じゃない。
 私も無言のまま頷いて、説明の続きを待った。

「実店舗登録に関しては、開業まで待つ必要はないよ。店を開く誰かの名義の土地建物があれば、とりあえずの登録は出来る。費用の関係で、自分でそれを探して来る奴らもいるが、その場合は事前にギルド担当者からの視察が入るから、少し日数はかかるね。だからウチで紹介する空き物件を買う連中も多いよ。まあ、そこは自分で判断してくれれば良いよ」

「分かりました」

 一応、商業ギルドが持つ空き店舗から選ぶつもりではいるけれど、確実ではないので、今は頷くに留めておく。

「売上と税に関しては、毎月の提出義務はないけど、年に一度、開業した月の内に、月別にまとめた年間の売上報告の提出と、それに応じた税を納めて貰っているよ。まあ、誤魔化すヤツがいないとは言わないけどね。ただ月に一度くらいのペースで、ギルド派遣の覆面調査員が客を装って店に入るから、あまりに申告された数値と、調査員が見たところから想定される数値との乖離があると、追徴やら警告やら、最終的には身分証の剥奪なんかにも繋がるから、気を付けた方が良いと忠告はしとく」

 おおっ、覆面調査員!
 わざとクレームまがいな事を言って、どこまで真摯に対応が出来るのか…みたいな事を隠しカメラで撮影していたテレビ番組を、見た事があるような。

 リーリャギルド長がちょっと怪訝な表情を見せたので、私がイメージしていた「覆面調査員」を、テレビの話は抜きで伝えてみたところ、何故だかアズレート副ギルド長共々笑われてしまった。

「なるほど、お嬢さんの国ではそんな仕組みがあるのか!それはそれで面白い試みかも知れないね。実際、店主や店員の対応に関するクレームは、商業ギルドの懸案事項の一つでもあるからね」

「ギルド長、しかしそれだと覆面調査員の負担が倍増します。それは今後の検討案件と言う形でまずはギルド内で話し合ってみては」

「ああ、そうだね、そうしようか。まあ、それはともかく、現時点での『覆面調査員』って言うのは、時間を区切って、入店する客の人数を見たり、注文購入していく品物なんかをそれとなく確認して、一ヶ月の売り上げを予想するのが主な仕事なのさ」

 どうやら、私も想像の翼を広げすぎたらしい。
 苦笑を交えて「分かりました」とだけ答えた。

「あとはそうだね…例えばウチが紹介する物件を店舗にするなら、加盟保証金と一緒に仲介手数料、開業予定日までの家賃を前払いして貰う形になるかな。開業後は毎月決められた日に家賃は払って貰うよ。水回りや火元に関わる費用や内装を手入れしたりしたいなら、提携業者を紹介するからそっちと交渉してくれってところだね。まあ、中には自分で手入れしたいヤツもいるから、そのあたりは任せてあるよ」

「ちなみに、この前紹介いただいた空き物件って、まだ残ってるんでしょうか?」

 私の問いかけに、副ギルド長が書棚からリストを引っ張り出してきてくれた。

「…そうだな。中心街ど真ん中と言う訳ではないから、まだ売れてはいないようだ」

「どうする、今日はもう日が暮れるから無理にしても、近々見学に行ってみるかい?アタシらは付き添えないが、行くなら不動産の担当者に話は通しておくよ。何ならその時までに他の物件が出ていれば、一緒に見学するようにとも言っておくけどね」

 リーリャギルド長の言葉に「そうですね…」と頷きかけたところで、それまで黙って様子を見ていてくれたエドヴァルドの方を振り返った。

「…ああ、まあ今なら私も付き添えるしな。貴女が見てみたいなら、構わない」

「⁉」

 当たり前と言えば当たり前だけど、市井に謹慎云々の話が流れる訳もないので、ギルド長や副ギルド長は、エドヴァルドにそんな時間があるのかと、驚愕の眼差しを向けている。

「……ギーレン国での公務から戻って来て、休暇を取る事はおかしいか?」

 あ、休暇って言った!

 いや、ここで「謹慎」とか言えないのかも知れないけど、それでも言葉に詰まっていないところから察するに、本音で「休暇」と思っている事が窺い知れた。

 ただ、それはそれでギルド長も副ギルド長も納得したらしい。

「ああ、そう言う事…それならちょっと納得したよ。まさかそこまで過保護――あ、いやいや。まあとにかく、宰相サンが付き添いで来るなら、もうちょっと服はくだけた感じでお願い出来ますかね。そんな威圧感満載の高級服だと、不動産担当者が泡吹いて倒れちまう」

「………善処しよう」

 ああ、これは確実に「くだけた服」のイメージが湧かなかったんだろうなぁ…と、本人以外の全員が思った瞬間だった。

 リーリャギルド長の目がジトっとこちらに向けられたので、私は「指導します!」の意味をこめて、ブンブンと首を縦に振った。

 とは言え生粋の高位貴族であるエドヴァルドにとっての「平服」って、何なのか。

 ヘルマンさんあたりに聞こうかと、私はしばらく真面目に悩む羽目になった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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