聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
181 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

【フォルシアンSide】当主イェルムの覚醒(後)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 帰国するや否やの、エドヴァルドからのボードリエ伯爵令嬢への一言に、どうやらレイナ嬢も、どうやってかギーレン国まで行っていたらしい事を察しはしたが、必要な事であれば、そのうちエドヴァルドなり陛下なりの口から聞かされるだろうと、その場では敢えて口を挟まない事にした。

 それよりも〝ヘンリエッタ〟に、レイナ嬢とボードリエ伯爵令嬢とミカ・ハルヴァラ伯爵令息とで訪れる話があったと言うのなら、私にはそちらの話の方が急務と言えた。

 ミカ・ハルヴァラ伯爵令息も、次代を担う一人として、将来有望な少年だ。
 これは歓待せねばと思い立ったところで、更にエドヴァルドが、私へと爆弾を投げ込んで来た。

(――〝フリードリーン〟への口利きだって⁉)

 一瞬、聞き間違えたかと思った。

 フォルシアン公爵領は、北部渓谷地域アムレアン侯爵領で収穫されるカカオ、南部ダリアン侯爵領下ヤーデルード鉱山で採掘される高品質のサファイアとサファーリン、それらが現在、領を支えている要だった。

 ヤーデルード鉱山で採掘された石を研磨加工して卸す宝飾店――それが〝フリードリーン〟なのだ。

 その上、他領で既に鉱脈が枯渇した〝青の中の青〟に次ぐ価値を持つ「青の宝石サファイア」が〝エルシー〟で、鉱脈が見つかった時に、私が妻・エリサベトの幼少期の愛称を名付けた、フォルシアン公爵領でしか産出されない、価値の高い石だ。

 更に〝サランディーブ〟となると、サファイアから派生したサファーリン自体、一見すると黒に見える珍しい石であるところが、光に通すと濃いブルーやグリーンが浮かび上がってくると言う、黒でありながら透過性の高い、より希少性の高い石になるのだ。

 エドヴァルドの「青」とレイナ嬢の「黒」を欲する、その意図は明らか過ぎるくらいだ。

 恐らくは、そう易々と〝青の中の青〟が手に入らない事は、レイナ嬢が身に付けているネックレスを購入した時にでも耳にしたのかも知れない。
 だからこそ、それに次ぐ価値を持つとされる、我が領の〝エルシー〟に白羽の矢を立てたのだろう。

 まして「黒」の石として希少性の高い〝サランディーブ〟を探すのであれば、これ以上に確かな所はないのだから。

「そうだな〝サランディーブ〟に関しては、恐らく店でも選択の余地がない程の在庫しかないだろうが〝エルシー〟に関しては、私からの祝いだ、とっておきを用意してあげよう!」

 私が、エリサベトの瞳の色だとの直感から名付けた石だ。
 
 他ならぬエドヴァルドが、本気で惚れた女性のために贈りたいと言うのなら、最上級の石を用意させるとも!

 本当ならすぐにでも、エドヴァルドを店に引きずって行きたいくらいだったが、ボードリエ伯爵令嬢やハルヴァラ伯爵令息の事を考えれば、そう言う訳にもいかない。

 聞けばハルヴァラ伯爵令息の帰領の日時等の事もあるらしく、貴族令嬢への日時指定としては異例の二日後で、話が纏まってしまった。

 さすがにあんまりだとの自覚もあったので、今回は特別に〝ヘンリエッタ〟の個室を空けようとは思ったのだが。

 帰宅して、私が〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の話をすると、エリサベトも目を見開いていた。

 近ごろユティラはアムレアン侯爵領へ、次期侯爵夫人としての教育を受ける傍ら出かけている事も多く、息子ユセフにいたっては泊まり込みで仕事に没頭している事もあるため、夕食は二人でとる事が多い。

 そんなに人手が足りないのか高等法院…と、エドヴァルドに一度聞いてみようかと思わなくもない。

 まあ今はそれよりも〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の話なんだが。

「そうですの。両方の石を用意すると言う事は、もう、ただの贈り物としての意味は持っていないのでしょうね」

 さすが宝飾品の話となれば、私よりも彼女の方が察しが早かったかも知れない。

「だと思うよ。だから〝エルシー〟に関しては、私からエドヴァルドの前途を祝して贈ってやろうかと思っているんだが、構わないかな」

 私の個人資産をどう使おうと私の勝手――などとうそぶく世の貴族男性もいる様だが、私はエリサベトに「秘密」を作るつもりはない。

 何かを買う時には、必ず伝えるようにしているのだ。
 もちろん、エリサベトの方もしかりだ。

 今回は、正確には店の品物を贈ると言う扱いではあるのだが、エリサベトに伝えないと言う選択肢はそもそもない。

「ええ、ぜひ。私からのお祝いの気持ちもこめて、とっておきを選んで差し上げて下さい」

 そんな訳で妻の快諾も得たので、翌日先んじて〝フリードリーン〟に顔を出し、イデオン公爵を店に連れて来る事と〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の取り置きを店長に言い含めておいた。

 本人は言わなかったが、どう加工したいのかも大方予想がついたので、台座や地金もある程度用意させておいた。

 チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟でのお茶の間に…となれば、そこまで時間的余裕はないだろうからだ。

「ふふ…貴方が子供みたいに楽しみにして、どうなさいますの」

 戻ってからエリサベトに笑われてしまったが、むしろ息子に全く予定がないところから言っても、楽しみにしない道理がない。

「くれぐれも〝ヘンリエッタ〟で貴方がネタばらしをなさいませんようにね?」

 そんな風に揶揄からかわれながら、更に翌日〝ヘンリエッタ〟へと出かけて行った。

 娘から事前に預かっていた、邸宅やしきでの茶会への招待状を持参する事も忘れない。

「やあ、久しぶりだねレイナ嬢。今日はエドヴァルドとの予定があった事も確かだが、貴女にも話があってね」

 ボードリエ伯爵令嬢がいるのに、レイナ嬢にだけ招待状を渡すのはまずかろうと、レイナ嬢が個室に入る前に先に声をかけたのだが――そこで続ける言葉に一瞬だけ困ってしまった。

 さすがヘルマン製、と無意識のうちに言葉は出ていたのだが。

 …大ぶりのストールでも隠し切れない「痣」の意味が分からない年齢ではない。

 茶会の招待客を気にしているエドヴァルドに、よほど言ってやりたい事があったのだが、レイナ嬢に気の毒な気もするので、いったんこの場では引き下がる事にした。

「じゃあ、まあ、とりあえず出かけようか、エドヴァルド」

 馬車を使うまでもない、徒歩圏内に〝フリードリーン〟はある。

 店の中に入って、上客向けの個室に入ったところで、ようやく私はそこまで黙っていた疑問をぶつける事が出来た。

 必要以上に聞かれたくない、と言った表情をありありと浮かべているのは、この際無視だ。

「ピアスを作る――で良いのかな」

 まずは聞いておかなくてはいけない事から話を始めると、チラとこちらに視線を向けたしたものの、すぐに横を向いてしまい「……そうだ」と言う静かな返事だけが聞こえた。

「そうなると、台座や型枠に関しては定型の様なものだから、あとは地金だが……純金で良いんだろう?普段使いのアクセサリーとしてならともかく、がある時に、他の金属が混じるのは感心しないし、プラチナだと耳には重いからな」

「そうか……私はあまりそのあたり詳しくないから、任せても構わないか」

 イデオン公爵領内は、フォルシアン公爵領と違ってめぼしい鉱山がないうえに、これまで女性に何かを贈ると言う発想が皆無だっただろうエドヴァルドからすると、無理からぬ反応だと言える。

「まあ、領内に鉱山を持つ者としても、エリサベトに同じ事をした先達としても、任せてくれ」

 私は、ともすれば緩みそうになる口元を引き締めるのに苦労しなくてはならなかった。

 そこへ店長が裸石ルースを含めた素材一式を持って来たので、それを机の上に並べさせる。

「この前も言ったが〝サランディーブ〟は、在庫があっただけ幸運だと思っておいてくれ。その代わり〝エルシー〟はとっておきを用意させたから」

「…いや。無理を言った自覚はある。費用は必要なだけ請求してくれて構わない」

 いちいち値段を確認しないのは、公爵家当主同士ならではの会話と言えるかも知れない。

「基本はそれぞれの石を、細長く、両端の尖った形にカットしたやや大きめのものと、球体にした少し小さめのものと、二種類にカットして、繋げるんだ。大きめの石を相手の瞳の色に、小さな球体は自分の瞳の色に――と言う風にしてね」

 初耳なんだろう。「…なるほど」と、いっそ感心したようにエドヴァルドは呟いていた。

 イデオン家の家庭環境を考えれば、知らなくとも無理からぬ事であり、ピアスが必要だと言う事だけ、家令なり侍女長あたりから耳にしたのかも知れなかった。

「そして、女性は右の耳に、男性は左の耳に――そう言えば、レイナ嬢はこの国アンジェスの出身じゃないんだろう?なら、ただ渡すだけだと意味が伝わらない可能性があるから、きちんと言葉にして伝えた方が良いと、敢えて念を押しておこう」

 そう、追加で忠告をすれば、それすらも気付いていなかったとばかりに、目を見開いていた。

「…くくっ」

 だがその辺りが私の我慢の限界で、宝飾店と言う場も忘れて、つい爆笑してしまった。

「ハハッ!いやはや、天下の宰相閣下がこれほど年齢とし相応に見えた事もないな!そもそもなんだい、あんな見えるところに痣を付けて!ストールでさえどうにもなっていないじゃないか!」

「……うるさい。そもそも私があのストールを着せた訳じゃない」

「いや、流石にそれはレイナ嬢が気の毒だ。下手をすれば『火遊び』だと誤解を受ける」

「……っ」

「そんなつもりはないと、私や親しい周囲なら思うだろうが」

 不本意そうに口を閉ざしたエドヴァルドに「なあ」と、やんわり言葉を繋ぐ。

「ユティラの茶会とは別に、エリサベトとレイナ嬢と4人で一度、外で食事をしないか。そうだな…〝アンブローシュ〟あたりなら、静かに話せると思うが」

「いや…とりあえず出来上がったピアスは、そこで彼女に渡すつもりをしている」

 思いがけない返しにちょっと驚いてしまったが、そう言う事ならと、すぐさま代案を考える。

「なら〝スピヴァーラ〟にしようか。少し〝アンブローシュ〟より格は落ちるが、経営者がテミセヴァ侯爵の弟だから、その次くらいには、格と信用もある」

「……そこで何を?」

「何を言ってる。今のレイナ嬢の立場のままだと、このピアスは外では付けられない事くらいは分かるだろう?ユティラとの茶会でエリサベトに会わせても良いが、待てるとは思えない」

「それは……」

もして、腹も括ったんだろう?謹慎で、時間的余裕のあるうちに全てを進めてしまいたいんだろう?だったら、子離れした…まあ息子ひとりは勝手に離れたが、エリサベトと二人、保護者根性に目醒めている今が大チャンスだとするけどね」

 ――養子縁組。

 恐らくエリサベトも否とは言わないだろうが、段階を踏むべきなのも確かだ。

 私はそこで少しだけ口を閉ざして、エドヴァルドの答えを待ったが――手応えはあったと確信した。

 少しは20年前の恩返しが出来たなら良いんだが。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。