聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

247 叛乱の終わるとき ☆☆

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「……あまり怯えないでくれるか」

 小さく、本当に小さく、いっそ見なかった事に――と言うレベルで頷いた筈が、気が付けば寝台ベッドの上に寝かせられて、天井ではなくエドヴァルドを見上げていた。

「あ…や…その……」

 初めてなのに、無茶を言わないで欲しい。
 などと口にするのも、羞恥心が限界で、結局言葉にならない。

 傍から見て、明らかにガチガチになってる私を何とか和らげようと、エドヴァルドの右手がゆっくりと私の頬を撫でた。

「怖い事じゃない。ただ、お互いを受け入れあうだけだ。お互いの――全てを」

 触れるだけのキスが繰り返され、そうして少しずつ深くなっていく。

「……っ」

 息が出来なくなってきた所為せいか、ぼんやりとしはじめて、余計な事が考えられなくなってきた。

 そして、サングリアもどきに浮かされていた時とは、まるで違う感覚が身体中に広がっていく。

 多分、無意識のうちにシーツを握りしめていたんだろう。
 エドヴァルドが、その手を解くと、自分の背中へと回させた。

「レイナ」

 僅かに息が上がった、熱がこもったままの囁き声が、耳に入って来る。

「我慢をするな」

 貴女はもう、何も我慢をしなくて良い――確かに、そう聞こえた。

叛乱クーデターは終わった。全て終わったんだ、レイナ」
 
 六年越しの叛乱計画を台無しにした――。
 出会った時にそう言って引っぱたいたのは、彼にとってもインパクトのある出来事だったんだろう。

 ぼんやりとしたまま薄目を開けると、ほぼゼロメートルの距離にある、エドヴァルドの顔が目に飛び込んでくる。

「理性を離せ。せめて二人で過ごす時間だけでも、全てを手放せ。これまで一度も、そんな時間はなかっただろう。もう、独りで立つ事を考えなくて良い。貴女の隣には、私がいる。だから何も考えず――私に溺れていろ」

「……っ」

 再び唇を重ねられたその後は、本気で溺れろと言わんばかりに、ただひたすらに、エドヴァルドに翻弄された。

 声を抑えようとすれば「もっと貴女の声が聞きたい」と囁かれ、未知の感覚から逃れたくて身体をよじれば「あまりあおってくれるな」と、更に口づけが深くなる。

 完全に意識が飛ぶ頃には、部屋の外が白み始めていた気がした。

 (……〝朝チュン〟って…朝まで寝かせて貰えないなんて意味じゃなかったような……)

 そんな愚にもつかない事を考えたあたり、やっぱり私の理性はどこかに飛んでいたのかも知れない。

「私……」

 気のせいか、ちょっと掠れ気味の声を出せば、エドヴァルドが私の顔にかかっていた髪を避けるようにしながら「レイナ?」とこちらを覗き込んできた。

「もう、叛旗を翻さなくて良い……?」

 ――家族に。

 言えなかった言葉は、エドヴァルドには正確に伝わっていた。

 ああ、と優しい声が、落ちる寸前の意識に残った。

「もう、自分の為に生きろ。それが私の隣であってくれれば――それでいい。ここから先は、私が貴女と共に行こう」

 ただし「家出」にしろ何にしろ、単語だけにしておいてくれ――。

 そんな、苦笑混じりの声と共に。

*        *         *

 …確かこの前目を覚ました時には、目の前のエドヴァルドは寝間着姿の筈だった。

 今、頭の後ろに手があって、肩口に頭が押し付けられるようにして、抱き寄せられている、目の前のエドヴァルドは――何も着ていなかった。

 飛び起きて離れようにも、もう一方の手が、反対側の首元から背中にかけて、回されていて、身動きが取れない。

「――っっ‼︎」

 何より、自分も何も着ていないのだ。

 逃げ出したいやら、目を覚まして今の状況を見られたくないやら、頭の中は大パニック状態だった。

「……起きたのか?」
「はいっ⁉︎」

 そして案の定、起こしてしまったらしいエドヴァルドに、何も着ていない自分を見られたくないばかりに、逆にギュッと抱き付けば、何故かエドヴァルドには呻かれてしまった。

「……レイナ」
「ごごご、ごめんなさいっ!ふ、服を着ていないと思わなくてっ、か、隠したいというか…っ」
「……今更か?」

 昨夜ゆうべ散々見たとでも言いたげなエドヴァルドのセリフに、思わず「みゃぁぁーっ‼︎」などと、ネコもびっくりな悲鳴が溢れる。

「レイナ……頼むから、起きぬけに私を煽るな……っ」
「煽るって⁉︎意味分からな――あっ⁉︎」

 …結局、分かったのは、自分で自分の首を絞めたらしい事だけだった。

 再び散々に翻弄されて、エドヴァルドがようやく身体を離した頃には、部屋の中は完全に灯りの要らない状態になっていた。

「……邸宅やしきに連絡して、何か食べ物と飲み物を持って来させよう。あと、着替えも」

 もしや朝ごはん通り越して昼ごはんですか、と言おうにも、声が出ない。

 そして、何故エドヴァルドが、自分達が帰るのではなく、北の館にあれこれ運ばせようとしているのか。

 私が悟ったのは、ファルコからの連絡を受けたセルヴァンやらヨンナやらが、北の館に実際に駆け付けてからの事だった。

「「旦那様……」」

 シーツでグルグル巻きにした私を、寝台ベッドの中に抱え込んだままのエドヴァルドに、明らかに開いた口が塞がらないと言った表情を、二人は浮かべていた。

「戻って来たのが遅かったから『北の館』を使った。今日は出仕不要だとも、陛下とは話を取り付けてある。詳しくは邸宅やしきで話すが、とりあえずレイナを頼む、ヨンナ。着替えさせてやってくれ」

 私の頭を軽く叩いてから、エドヴァルドはセルヴァンが差し出したガウンを羽織って、隣室へと消えた。
 多分、エドヴァルドはエドヴァルドで、向こうで着替えるんだろう。

「レイナ様……」
「あ、ヨンナ――」

 ただいま、と言いかけたところで、私の掠れた声に気が付いたのか、ヨンナが目を瞠った。

 寝台ベッド脇に散らばるドレスに下着、落ちた皺でヨレヨレのベッドカバー等々、目でひと撫でして、を察したみたいだった。

「……レイナ様。一つお聞きしますが」

 えも言われぬ迫力を声に感じて、ビクッと顔を上げる。

「旦那様に無理矢理…なんてことは……」

 え、ヨンナ怖い‼︎

 とは言え、エドヴァルドの名誉の為にも、ここはブンブンと首を横に振る。

「そうですか……詳しくは、お声が元に戻ってから、ちゃんと伺います。恐らく、飲み物を多めに、お食事を召し上がれれば、じきに戻ると思いますので」

「…そ、そう」

「立てますか?湯浴みは戻ってからにさせて頂きますが、とりあえずお身体は軽くお拭きします」

「あ、うん――」

 立てるかって何…と思った意味は、寝台ベッドから足を下ろした瞬間に、いきなり理解した――じゃなくて、理解させられてしまった。

「ひゃっ⁉︎」

 まるで足に力が入れられず、そのまま文字通り、べしゃっと床に座りこんでしまった。

「え?あれ?」

 頭の中で盛大な疑問符を飛ばした私に、ヨンナのため息が落ちてくる。

「…もう一度、寝台ベッドに腰掛けられますか?こちらで全て行わせて頂きますね」
「あ、はい」
「レイナ様」
「はい」

 うっかりヨンナの迫力に負けて「はい」と繰り返してしまう。

「本来であれば、おめでとうございますと、私共の立場では申し上げるべきなんでしょうけれど、今回ばかりは……レイナ様、無条件に旦那様を受け入れなくて宜しいんですよと、敢えて申し上げますね」

「⁉︎」

 完全にちんぷんかんぷんの私に、ヨンナは「戻ったらゆっくり説明させていただきます」と嘆息気味だった。

 その通りに、どうして立てなくなっているのかを含めて、エドヴァルドを無条件に受け入れるとはどう言う事なのか――後々説明された私は、これ以上はないくらいに、穴を掘って埋まりたいと思わされる事になった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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