聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
166 / 815
第一部 宰相家の居候

246 夜の帳が下りるとき

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「……すまない」

 後ろから抱きすくめられたままの体勢と言い、すぐ耳元で響く破壊力抜群のバリトン声といい、何がどうしてこうなっているのか、そもそもまるで理解が出来なかった。

「そっちの都合で勝手に召喚しておきながら何だ…そう思っていただろう。顔に書いてあった」
「………」

 図星を刺された私は思わず息を呑んでいたけれど、それすらもこの距離で、エドヴァルドには悟られていた。

「あのまま公爵邸に戻ったとしても、貴女はきっと、皆が下がった後の部屋で、一人で泣くだろう」

 次から次へと、反論の出来ない言葉が続く。

「一度ギーレンで泣いたからと言って、すぐに自分の中で消化が出来るとは思えない」

 そうかも知れない。

 公爵邸でようやくひと息ついたとしても、多分眠れずに……またベランダで、見たことのない星を見上げていたかも知れない。

「分かっている。取り返しのつかない事をしたのは分かっているんだ。こちらから何かをう事が出来る立場にはない事も」

 だが…と、熱と苦しさを孕んで、行き場をなくした声がすぐ傍で聞こえる。

「約束まで、まだ早いと貴女は言うのかも知れない。だが一人で泣くのなら……それくらいなら……その時間を、全て私にくれないか……?」

 ――今夜、全て。

 エドヴァルドの腕に更に力が入って、言葉すら返せない。

「ただ責任を感じているだけなら、とうに王宮に居を移させている。そうじゃない。そうじゃないんだ。私が、一人の男として、貴女が欲しいんだ。どこにも行かせたくない。誰にも渡したくない。この世界での後ろ楯じゃなく、隣を歩む男でありたい。受け入れてくれないか、レイナ――私を」

「…エド…ヴァルド…様……」

「自惚れてはダメか?ギーレンにまで来てくれた貴女が…私を選んでくれたのだと……」

 北の館に入ってからほとんど何も言えていない私に、多分、拒否されたと思ったのかも知れない。
 エドヴァルドの腕が悄然とした様に緩んだ。

「やはり私ではダメか…?貴女には…ある日いきなり生活の全てを奪った私は…受け入れられない、か……?」

 自嘲気味なその声に、思わず身体ごと振り返ってしまう。

「それは…そんな…ことは…っ」

「無理強いはしたくない。だがどうしても、貴女が、私ではない誰かの隣で笑う事が受け入れられない。この執着は、私の中の〝オーグレーン〟の血なのか?だとしたらやはり、この思いは葬るべきなのか?レイナ、私は――」

「エドヴァルド様‼︎」

 気がつけば私は、エドヴァルドの頬に両手を伸ばしてしまっていた。
 包み込む様に。

 不安に揺れる紺青色の瞳を、その先に認めてしまったのだ。

 故人にしろ、爆弾でしかない身内を抱えていたのは、自分だけではないと――気付かされてしまった。

 エドヴァルド自身、継承権を放棄して、二度とコニー夫人を「伯母」とは呼べない。

 帰って、部屋で一人になれば、彼だって思うところは出てくるだろうに。
 違う、だからこそ、一人になった私が何を思うか、彼は気が付いた。

 だからこそ私に――寄り添おうとしてくれた。

 ただ、そうと察したところで、勢いで手を伸ばした様なものなので、私も既に引っ込みがつかない。
 ぐるぐると考えて、結果、忘れていた事を一つ思い出した。

「て…手紙!」
「……手紙?」

 多分エドヴァルドの頭にも、それは残っていなかった筈だ。
 困惑した雰囲気を残したまま、私の言葉を繰り返している。

「あの、本から破って持って帰って来た最後の一頁、い、今、燃やしちゃいましょう!だ、暖炉とか……」

 ゆっくりと、エドヴァルドの目が見開かれた。
 …が、何故かクスリと笑われてしまった。

「レイナ。アンジェスこちらの暖炉は、設置場所が決まっていて、暖房や調理機能、給湯機能を兼ねたりする、少し特殊なものだ。取扱いには専門の使用人が必要で、南北の館には常駐していない。滞在予定が決まる都度、公爵邸から整備に出している」

「あ、えっ⁉︎」

 そう言えば、いかにもな暖炉がいくつかの部屋にはあったけど、実際に火がついているところは一度も見た事がなかったかも知れない。
 …あれはインテリアだったのか。

「煉瓦製の煙道が張り巡らされていて、その壁面が持つ熱で部屋を暖める――それは、今はいいな。ともかくそれは、公爵邸に戻ってからだな」

「す、すみません……」

 結果的に場違いな事を言っただろうに、頬を挟んでいた私の両手にそっと手をかけて、エドヴァルドは微笑わらった。

「私にもけじめが必要――そう、思ってくれたんだろう?そうでなければ、私が『自分の血に流されている』との思いが、いつまでも残るかも知れないと」

「え…っと……お…こがましかった…ですよね……その、エドヴァルド様はエドヴァルド様で、血なんてどうでも良いと、私は思うんですけど…どうしたって自分で納得する『何か』は必要なんじゃないか、とか……」

「いや…おこがましくなんかない。多分その通りなんだ。そして私も貴女も、恐らくは自分よりもお互いの方がよく見える。そうは思わないか。表に出す涙も、心で流す血も、全てが見えている。手を離せる筈がないだろう。もしもこの世界でなく出会ったとしても、きっと私は貴女を選ぶ。今までも、これからも、どこへ行ったとしても、私が貴女以外を選ぶ事はない」

 ああ、とエドヴァルドが不意に、さも何でもない事であるかの様に、不穏な笑みを閃かせた。

「すまない。勝手にを告げてしまった。貴女が望んだ時にと、そう言っていたのに」

「‼︎」

 ――貴方は舞菜いもうとじゃなく、私を選んでくれますか?

 いつか、夢とうつつの狭間でぶつけた言葉。

 ――何か起きても、この手を取って、一緒に足掻あがいてくれますか。

 今、しっかり両手は、エドヴァルドの手の中だ。

「あ…えっ……」

 あの時エドヴァルドは言った筈だ。
 答えを聞けば、もう、後戻りは出来ないと。

「ず…るい…です……」
「…うん?」
「それじゃ『私良いんですか』とも聞けない……」
「聞く必要ないだろう。最初から『貴女良い』と言っているのだから」
「……っ」

 い、今すぐ手を離して床をのたうち回りたい――‼︎

「レイナ」
「……はい」
「この『北の館』には、今、誰もいない。貴女と私の二人だけだ」
「……え?」
「貴女はまだ、常に屋敷のどこかに使用人がいる環境に慣れていないだろう。だから一晩くらいは、誰もいない環境があっても良いと思った」

 確かに、壁の花だと思えと言われて「無理!」と思った事は、公爵邸に限らず、一度ならずあったかも知れない。

 だけど今は。

「だから今夜は、ここで過ごしたい」

 再び耳元に寄せられた唇から、意識が吹っ飛びそうな台詞が聞こえる。

 ――朝まで、二人で。

「……っ」

「この先も公爵邸にいると。どこへも行かないと。私に確信させて欲しい」

 エドヴァルドの唇がうなじに下りて、私は思わず「ひゃ…」と、おかしな声をあげかけた。

「あ、あの…行くアテのない人間が、本気で寄りかかったら…結構重いと思うんですけど…」

「…それで?」

 淡々と答えているようで、手は背中を滑っている。

「め、面倒じゃないです…か?」

「今でも充分予測不可能な事をしている貴女が、重いと思うくらいにこちらに寄りかかってくれるのなら、むしろ望むところだが」

「え……」

「と言うか、自分で言うのも何だが『私ではない誰かの隣で笑う事が許容出来ない』と言った時点で、貴女こそ何も思わなかったのか。相当狭量な事を言った気がするが、貴女はそれで良いのか?」

「あ…れ…?」

 そう言えば。

 どこにも行かせたくない。誰にも渡したくない――シチュエーション自体に気を取られて、右から左にすり抜けていたかも知れない。

 よくよく聞けば、めちゃめちゃ重いのはむしろ向こうエドヴァルド

 あれ、ヤンデレ⁉︎
 違う、この人デレた事ない。

 偏愛…とかなんとか、シャルリーヌが言ったかも知れない…?

「ええっ⁉︎」

 気が付けば、私の肩に頭を乗せる様にしながら、エドヴァルドが低く笑っていた。

「気にしていなかったと言う事は、私は嫌われてはいなかったと言う事で良いか?」
「……ああ…ええっと……」

 そこから顔だけをこちらに傾けた表情が、元が良すぎてただの凶器だった。
 顔面偏差値高めの人が色気を漂わせて微笑わらうのって、凶器じゃなくて何なのか。

「私を受け入れてくれるか?――今夜」

 貴女が欲しい。

 エドヴァルドの唇から、微かな声が洩れる。

 言葉に加えて、視線で問いかけられているみたいだった。
 
「ああっ、あのっ――」

 内心で嵐が吹き荒れたままの私に、エドヴァルドも随分根気よく付き合ってくれていると思う。

 だけどもう一つ、自信を持ちたい事があった。
 ある意味、私の背中を押すための一言。

「某子爵令嬢を手酷くはねつけられた理由は……その、自惚れても……良いですか?」

「――レイナ」

「ごめんなさい、バカなことを聞きました!忘れて下さいっ、ただちょっと、自信を持ちたかったと言うか…そうしたら、受け入れられるかな…とか?ああっ、やっぱりイイです!忘れて――んっ」

 私が話を引っ込めるよりも先に、唇で言葉を塞がれてしまった。

「ん…っ…」

 その上、どんどんと深くなって――力が抜けて崩れ落ちそうになるまで、離して貰えなかった。

「それならば、いくらでも自惚れろ。貴女の全てを私で埋めさせてくれる――ならば私の全ても、貴女のものだ」

 レイナ、と支えられた身体の上に、エドヴァルドの声が降ってくる。

「――良いか?」

 この期に及んで「何が」とも聞けず……と言うか、さすがにそれはないと、自分でも思った。

 首を縦に振るか、横に振るかしかないのなら。
 いずれ誰かと、そう言う事になるのなら。

 目の前の、この人――違う。この人、良いと思った。

 私は小さく…本当に小さく、首を縦に振った。
しおりを挟む
感想 1,453

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。