聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

239 じゃあね と さよなら

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――舞菜まな紅茶おちゃ入ったわよ。夫人もどうぞこちらへ」

 なるべく平坦な声を心掛けながら、私はサロンにある応接テーブルの上に、紅茶の乗ったトレイを置いて、舞菜とコニー夫人に声をかけた。

「はーい、ありがとレナちゃん!あ、ここにある銀細工ね、このブローチと髪飾りとブレスレットにするね!王妃サマ、イイですかー?」

「あら、もっと買ってくれても構わなくてよ?」

「ええー、それじゃあ王妃サマたちがお買い物出来なくなっちゃうじゃないですかー」

「その時は、また売りに来て貰えば良いのではなくて?」

「あっ、そっか、その方がレナちゃんも儲かるし、今後の生活の助けにもなるよね!じゃあ――」

「とりあえず、今入っている紅茶を飲んでからになさったら?」

「はーい、そうしますー」

 …エヴェリーナ妃、副業は猛獣マナ遣いか何かですか。
 私が全く口を挟む余地がありませんでした、はい。

 まったく、すっかり舞菜いもうとの中では私は「アンジェスで行くあてなく商人に身をやつす」ていなのか。
 商品を買って「施しをしてあげる」優しい聖女サマ。それが自分だと。

「最初の一口目は、そのままお飲みになるとよろしいわよ。その後お好みで、このお砂糖か、わたくしのお勧めはこちらのシロップね。どちらか加えてお飲みになってみて頂戴な」

 机の上に、砂糖とシロップがそれぞれ入った容器を置きながら、エヴェリーナ妃が微笑わらう。

 反論するくらいなら、やる事をさっさとやれと圧力をかけられているようで、私は、そんな三人を見ながら、手元のティーカップを注意深く机の上に並べていった。

 エヴェリーナ妃、コニー夫人――そして、少しだけ位置をずらしてトレイに乗せていた「特別な紅茶」を、舞菜の目の前に。

 そして最後、自分のティーカップを目の前に置くと、侍女の一人がスッと近付いて来てくれたので、私はその女性に逆の手に持っていたトレイを無言のまま預けた。

「いただきま――あれ、これ、イチゴの香り⁉」

 ティーカップを口元まで持ってきたところで、鼻腔をくすぐるイチゴの香りに気が付いたんだろう。
 舞菜の表情が、パッと明るくなった。

「そう、聖女様のいらした所では『イチゴ』と言うのね?こちらでは〝ニーロラ〟が手頃で一般的なんだけれど、わたくしがお出ししているこの茶葉に入っているのは〝イラ〟と呼ばれていて〝ニーロラ〟の中でも希少種なんですのよ」

「あー、ブランドイチゴみたいなものなんですねー」

 聞きなれない単語に、エヴェリーナ妃の表情がちょっと動いていたけれど、さすがそれを本人に直接問い質す事はしない。
 多分、聞いても理解出来る答えが返らないと思ったに違いない。

 チラリとこちらを見てくるので「手間ひまかけて育てられている、原価の高い〝ニーロラ〟とでも」と補足したところ、ようやく納得した様に頷いていた。

「今は〝ニーロラ〟自体、時期じゃないものだから、それまではこうやって、乾燥させた果実を紅茶に混ぜたりして楽しみますのよ?」

 ニッコリと微笑んだエヴェリーナ妃が、舞菜よりも先に紅茶に口をつけた。

 ああ、そんなコトしなくても、舞菜は自分の飲み物に何か混ぜられる可能性なんて、これっぽちも考えませんよー…なんて私が内心で思っている事に、もちろん気など付く筈もなく、舞菜はイチゴの香りに満足したところで、思い切りその紅茶を飲み干した。

「すごーい、美味しいー!普段飲んでる紅茶おちゃより全然美味しいー!」

 …もちろん、私が瞑目する様にゆっくりと目を一度閉じて、自分の紅茶に口をつけた事なんて、視界に入ってもいない。

 一瞬だけこちらに視線を向けてきたのは、エヴェリーナ妃とコニー夫人だけだ。

 この瞬間、私は確かに彼女たちの「共犯者」になった。…なってしまった。

「……気に入って貰えて良かったわ。二杯目いかが?お砂糖かシロップもお入れになる?」

 茶器にまだ少し残っていた分を舞菜のカップに注ぎながら、エヴェリーナ妃が砂糖とシロップの入った瓶をそれぞれ舞菜の前に押し出す。

「あ、じゃあオススメのシロップ入りにしてみますー」

 遅効性だ、とキスト室長が言っていたらしいので、少しの間舞菜が話すのを見ていたところで、やはりすぐに寝てしまう、眠そうと言った症状は表れてはこないようだった。

「うわぁ、このシロップも美味しいー!」

 そんな舞菜の声にハッと我に返った私も、場の空気のぎこちなさを無くそうと、そのシロップ瓶に手を伸ばした。

「……メープルシロップ……」

 二杯目のイチゴ紅茶に混ぜて飲んでみると、まさにそんな味がした。

 聞けば周辺国を含め、今流通しているシロップのおよそ七割が、国内のミエト領で産出されているらしい。
 樹液が砂糖やハチミツ並みに甘いと言う事が当初は知られておらず、初めてそれが認知され始めた頃は、国の内外で一大ブームを巻き起こした時期もあったそうだ。

「ああ…まあ、砂糖やハチミツよりはよほど健康に良いと言うか、肥満防止になりますしね……」

 私が何気なく呟いたそれは、エヴェリーナ妃どころかコニー夫人や周囲の侍女さん達の驚愕をも招いていたらしかった。

「そ、そうなの……?」

「ええ、まあ、こちらのシロップの相場を知りませんので、費用対効果の面でどうなのかは言えませんけど、あまり太りたくないけれど甘いモノが捨てがたいと思っているお歴々には、砂糖やハチミツの代用品として使えるとも聞きますよ」

「その話……この前の〝イラ〟が美容に良いと言っていた話も含めて、詳しく聞きたいわね……」

 あ、この間はラハデ公爵が止めてくれていたけど、また何か、エヴェリーナ妃の美容意欲を煽ってしまったっぽかった。

「えーっとですね、今、王立植物園のキスト室長の協力の下、そう言った食べ物と美容健康の関係性についての研究を進めていますので、近いうち報告書が研究施設の寄贈用書籍となった際にでも、王妃殿下にも進呈いたします。もちろん、料理の手順書付で」

 暗に、紅茶とシロップ以外にも色々とあるんですよとほのめかせてみたところ、エヴェリーナ妃は予想通りにその話に喰いついた。

「……なるべく早く書くのよ」
くだんの後くらいで宜しければ」

 私としては、レシピ優先でも良いですよー?と暗に答えたところは、しっかり見透かされたようだけど。

「そこは仕方ないわね。そのくらいまでなら待つわ」

 ここで流されないのが、エヴェリーナ妃だ。
 コニー夫人も予想出来ていたのか、ちょっと微笑わらっている。

「――あら、いけない」

 そしてさも、今気付きましたとばかりにエヴェリーナ妃が顔を上げて、舞菜に話しかけた。

「そろそろ殿下の公務が終わる時間ね。聖女様、お買い物はもうよろしい?夕食の用意が整い次第迎えをやりますから、夫人と殿下と四人で夕食にしましょう」

「え、四人ですか?レナちゃんは?」

 さすがに舞菜でも「四人」と言われたところは気になったらしい。
 決して寂しいとか、そう言った理由ではないと思うけれど。

「彼女は『商人』としてわたくしが後宮に招いた、わたくしのお客様。そもそもが、宰相様や聖女様と違って、おいそれと一国の王族、それも王子殿下に目通れる身分じゃありませんもの。聖女様がもう少し話をしたいとお思いなら、夕食が済むまでここで待っていて貰っても良いですけれど、どうしましょう?」

 どうやら短い時間の中でも、私と舞菜のいびつな関係性に、エヴェリーナ妃は気が付いたらしい。

 敢えて私の身分を下と強調しつつ、いかにもこの場の主導権が「聖女」にあるかの様に、さりげなく矛先を向けた。

 うん。こう言う言い方をすれば、舞菜の答えなんてもう想像がつく。

「うーん……別にイイかな?レナちゃん、これからお仕事頑張らなきゃなのに、いつまでも引き止めちゃったら悪いしー?」

「………そうね」

 だから私も、舞菜が望み、エヴェリーナ妃が想像している通りの答えを返す。

「王子様との結婚が上手くいきそうなアナタと違って、私はアンジェスで自活していかないといけないからね。もう戻るわ。アナタも夕食があるなら着替えるのでしょう?遠慮しないでくれて良いわ」

 ――多分、部屋に戻って幾許いくばくも無いうちに、くるんだろう。

「えへへー、羨ましい?気が向いたら、結婚式くらいは招待してあげても良いけどねー?あ、いけないそろそろ部屋に戻って着替えなきゃ。じゃあね、レナちゃん!バイバイーお仕事頑張ってー」

 ひらひらと片手を振って、スキップでもしかねない勢いでサロンを出る舞菜の姿は、多分この先もずっと私の脳裏に残るのかも知れない。

「………

 じゃあねとも、またねとも、私には言えなかった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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