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第一部 宰相家の居候

【鷹の眼Side】ファルコの望郷(前)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「アルノシュト伯と距離を置いている工房や職人さんを何人か探しておいて貰えないかな?ギーレンのラハデ公爵領内にある銀細工のお店での研修話が出ているから、留学しませんか…って言う事で」

 そもそもギーレン国へは、出国の足止めをくらっていると言うお館様を帰国させる為に来た筈だった。

 さっと忍び込んで、さっと帰国させるだけかと思いきや、それでは帰国後に揉めると。国の規模が小さいアンジェスが不利になると、そんな事を言い始めて、次から次へとを打ち始めた。

 銀の市場に関しては、むしろお館様の方が、お嬢さんレイナを関わらせまいと、セルヴァンに命じて買い占めたり部分的に売りに出したりと、じわじわと関係する貴族の資産を目減りさせていて、しばらくお嬢さんはこっちの話には手は出せないだろうと、ハルヴァラ家の白磁器が新たに開発されるまでは、その状況が続くのだと、何とはなしにそう思っていた。

 ところが、本来であればイザクだけ潜入させておけば良い筈の王立植物園に自ら入り込んだ挙句、まるで植物の蔓の様にじわじわと各方面に伝手つてを伸ばし、最後には銀細工を生き残らせる為の「留学」の話やら、枯れ果てた土地の調査権までをぎ取ってきた。

 ――それは確実に、俺の為に打たれた一手だ。

 アルノシュト家の衰退や毒に塗れた土地を蘇らせる事は、長い目で見れば、イデオン公爵領にとっても利益となる話には違いない。

「アルノシュト伯を追い落として終わりじゃ、それぞれの土地に永遠に光は射さないからね」


 何よりも、それは全滅した村と亡くなった村人を弔う為の策なのだ。

 お館様は、俺とお嬢さんとの間で黙って「契約」を交わした事を、今でもあまり快く思ってはいない。
 当主として、自分が全て責を負えば良い事だと思っている。

 このお嬢さんも、それを分かっていながら、俺との「契約」を忘れてなどいないと、言葉ではなく結果で示してくるのだ。
 お嬢さんなりに、お館様に必要以上の負担をかけたくないと思っているからこそ。

「……ホント、アンタには敵わねぇよ……」

 全てお館様の為と分かっているからこそ、俺どころかイザク達も、自重を置き忘れてきたお嬢さんの行動に苦言を呈さない。

 出来れば公爵邸でじっとしていて欲しいと言う、お館様の心の内も、分からなくはないだけに、一応のは入れておくのだが。

「ファルコ」

 諜報活動の一環として、特定の噂を集める事もあれば、逆にばら撒く事もある。

 今回は、ギーレン王家がお館様を引き留めておけなくする為に、王家にとって都合の悪い噂をばら撒くとのお嬢さんの指示で、何故か公爵邸の侍女ラウラが、お嬢さんの着想から書き上げた渾身の作、恋愛小説の抜粋版の紙面とやらを、王都郊外の街で配り歩いた。

 ラウラに小説を書かせている事もそうだが、俺たちは俺たちで、紙面製作の為の植字作業とやらを手伝わされたりと、お嬢さんの場合は、本業以外の指示も多い。

 そして、卵白を混ぜさせられるなどと、その最たる被害者かも知れないイザクが、ある時こちらに声をかけてきた。

「ナリスヴァーラ城に、お館様の誘拐目的の賊が入り込んだらしい」
「何?」
「いや、フィトやナシオで事は足りたらしいから、今回は斥候だったんだろうと言う話なんだが」

 念の為目的を吐かせてみたところ、命を狙うと言うよりは、王家の別荘地に放り込んで、国王の愛妾の娘と既成事実を作らせるのが目的と言う事らしい。

「……もう、なりふり構っていられないとでも?」
「……まあ、基本の媚薬が俺の薬で効果を消されている以上は、そうなるのかも知れん」

 お館様の目が、お嬢さん以外に向くなどと有り得ないと分かっている俺やイザクは、無駄な足掻きと溜め息が出てしまうが、ギーレン王家の側は、そう言うワケにもいかないのだろう。

 襲撃人数が増えたら面倒だと、イザクと二人相談して、自分と洗脳が出来るルヴェックでも一時的にお館様の方へ移動しようかと話をまとめたところが、結果として、ハジェスも付いて来る格好になった。

 当初はゲルトナーも俺と移動する側との話だったらしく「流石に動かし過ぎだ。連絡要員が要るだろう」と言葉を挟んだところ、イザクが「俺もそう思ったから、ゲルトナーはこっちだと、お嬢さんに納得させた」と、何とも言えない声色の返事が返ってきた。

 イザクの内心を悟った俺も、思わず「ああ…」と何とも言えない呟きをそこで洩らしていた。

「お嬢さんならあっさりと、サタノフとシーグとお前が残れば良いだろう、くらいは言うか……」

 自分に出来る事と出来ない事の区別が明確であり、出来ない部分での無茶はしない。

 全幅の信頼を寄せられている事を喜ぶべきなのか、では誰も制止が出来ない事を嘆くべきなのかが、未だに微妙だ。

 ギーレンに着いたら姿を消してもおかしくないと思っていたシーグは、どういうつもりか未だにイザクあるいはお嬢さんに付く形で、自分の薬の研究に勤しんでいると聞く。

 もしかしたら、手ぶらでは帰りづらいからこそ、役に立つ薬でも開発したいのかも知れないが、その辺りはいざとなったらイザクが上手くやるだろう。

 俺はとりあえずイザクと離れて、ルヴェック、ハジェスと共にナリスヴァーラ城の方へと入った。

 なぜお嬢さんの傍を離れた、とお館様の目がこちらを睨みつけていたが、そこはもう、後日お嬢さんと二人でをしてくれとしか、俺らも言えなかった。

 ――そしてその日の夜に再びの侵入者が押しかけてきたあたり、相手側の焦りの程が知れた。

 王宮から付けられている護衛騎士にだって矜持があるだろうと、最初の内は手を出さずにいたのだが、その中に一人、相当に腕の立つ奴がいるとナシオからの連絡が飛んで来た為、途中からは俺がその侵入者を引き受ける恰好になっていた。

「つっ……!」

 王宮派遣の騎士達を、俺や相手の間合いから弾き出すにあたって、細身のナイフに似た暗器が頬を掠めたが、その程度は想定の内、その後は繰り出される刃を複数回避け、最後には渾身の一撃で、相手を壁まで蹴り飛ばした。

「いけね……加減忘れた」

 最近、オルヴォと相対する時くらいしか本気の蹴りを入れる事がなかった弊害だ。

 肋骨くらいは折れたかも知れないが、まあ死にはしないだろうと、開き直るより他はない。
 元より、非は侵入者にある。

「あれ?ファルコ、コイツって……」

 まずは気絶した侵入者達を縛り上げなくてはと、ハジェスが縄を片手に近寄ったところで、不思議そうに首を傾げた。

「どうした、ハジェス?」

「シーグ……は、お嬢さんの所に残った筈じゃ……?」

 壁際に崩れ落ちていた侵入者の髪を掴んだハジェスが、多少乱暴な手付きで、こちらに顔を見せるように引き上げている。

「………うん?」

 確かにそこに崩れ落ちていたのは、シーグによく似た顔を持つ、少年だった。
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