聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
151 / 803
第一部 宰相家の居候

【鷹の眼Side】ファルコの望郷(前)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「アルノシュト伯と距離を置いている工房や職人さんを何人か探しておいて貰えないかな?ギーレンのラハデ公爵領内にある銀細工のお店での研修話が出ているから、留学しませんか…って言う事で」

 そもそもギーレン国へは、出国の足止めをくらっていると言うお館様を帰国させる為に来た筈だった。

 さっと忍び込んで、さっと帰国させるだけかと思いきや、それでは帰国後に揉めると。国の規模が小さいアンジェスが不利になると、そんな事を言い始めて、次から次へとを打ち始めた。

 銀の市場に関しては、むしろお館様の方が、お嬢さんレイナを関わらせまいと、セルヴァンに命じて買い占めたり部分的に売りに出したりと、じわじわと関係する貴族の資産を目減りさせていて、しばらくお嬢さんはこっちの話には手は出せないだろうと、ハルヴァラ家の白磁器が新たに開発されるまでは、その状況が続くのだと、何とはなしにそう思っていた。

 ところが、本来であればイザクだけ潜入させておけば良い筈の王立植物園に自ら入り込んだ挙句、まるで植物の蔓の様にじわじわと各方面に伝手つてを伸ばし、最後には銀細工を生き残らせる為の「留学」の話やら、枯れ果てた土地の調査権までをぎ取ってきた。

 ――それは確実に、俺の為に打たれた一手だ。

 アルノシュト家の衰退や毒に塗れた土地を蘇らせる事は、長い目で見れば、イデオン公爵領にとっても利益となる話には違いない。

「アルノシュト伯を追い落として終わりじゃ、それぞれの土地に永遠に光は射さないからね」


 何よりも、それは全滅した村と亡くなった村人を弔う為の策なのだ。

 お館様は、俺とお嬢さんとの間で黙って「契約」を交わした事を、今でもあまり快く思ってはいない。
 当主として、自分が全て責を負えば良い事だと思っている。

 このお嬢さんも、それを分かっていながら、俺との「契約」を忘れてなどいないと、言葉ではなく結果で示してくるのだ。
 お嬢さんなりに、お館様に必要以上の負担をかけたくないと思っているからこそ。

「……ホント、アンタには敵わねぇよ……」

 全てお館様の為と分かっているからこそ、俺どころかイザク達も、自重を置き忘れてきたお嬢さんの行動に苦言を呈さない。

 出来れば公爵邸でじっとしていて欲しいと言う、お館様の心の内も、分からなくはないだけに、一応のは入れておくのだが。

「ファルコ」

 諜報活動の一環として、特定の噂を集める事もあれば、逆にばら撒く事もある。

 今回は、ギーレン王家がお館様を引き留めておけなくする為に、王家にとって都合の悪い噂をばら撒くとのお嬢さんの指示で、何故か公爵邸の侍女ラウラが、お嬢さんの着想から書き上げた渾身の作、恋愛小説の抜粋版の紙面とやらを、王都郊外の街で配り歩いた。

 ラウラに小説を書かせている事もそうだが、俺たちは俺たちで、紙面製作の為の植字作業とやらを手伝わされたりと、お嬢さんの場合は、本業以外の指示も多い。

 そして、卵白を混ぜさせられるなどと、その最たる被害者かも知れないイザクが、ある時こちらに声をかけてきた。

「ナリスヴァーラ城に、お館様の誘拐目的の賊が入り込んだらしい」
「何?」
「いや、フィトやナシオで事は足りたらしいから、今回は斥候だったんだろうと言う話なんだが」

 念の為目的を吐かせてみたところ、命を狙うと言うよりは、王家の別荘地に放り込んで、国王の愛妾の娘と既成事実を作らせるのが目的と言う事らしい。

「……もう、なりふり構っていられないとでも?」
「……まあ、基本の媚薬が俺の薬で効果を消されている以上は、そうなるのかも知れん」

 お館様の目が、お嬢さん以外に向くなどと有り得ないと分かっている俺やイザクは、無駄な足掻きと溜め息が出てしまうが、ギーレン王家の側は、そう言うワケにもいかないのだろう。

 襲撃人数が増えたら面倒だと、イザクと二人相談して、自分と洗脳が出来るルヴェックでも一時的にお館様の方へ移動しようかと話をまとめたところが、結果として、ハジェスも付いて来る格好になった。

 当初はゲルトナーも俺と移動する側との話だったらしく「流石に動かし過ぎだ。連絡要員が要るだろう」と言葉を挟んだところ、イザクが「俺もそう思ったから、ゲルトナーはこっちだと、お嬢さんに納得させた」と、何とも言えない声色の返事が返ってきた。

 イザクの内心を悟った俺も、思わず「ああ…」と何とも言えない呟きをそこで洩らしていた。

「お嬢さんならあっさりと、サタノフとシーグとお前が残れば良いだろう、くらいは言うか……」

 自分に出来る事と出来ない事の区別が明確であり、出来ない部分での無茶はしない。

 全幅の信頼を寄せられている事を喜ぶべきなのか、では誰も制止が出来ない事を嘆くべきなのかが、未だに微妙だ。

 ギーレンに着いたら姿を消してもおかしくないと思っていたシーグは、どういうつもりか未だにイザクあるいはお嬢さんに付く形で、自分の薬の研究に勤しんでいると聞く。

 もしかしたら、手ぶらでは帰りづらいからこそ、役に立つ薬でも開発したいのかも知れないが、その辺りはいざとなったらイザクが上手くやるだろう。

 俺はとりあえずイザクと離れて、ルヴェック、ハジェスと共にナリスヴァーラ城の方へと入った。

 なぜお嬢さんの傍を離れた、とお館様の目がこちらを睨みつけていたが、そこはもう、後日お嬢さんと二人でをしてくれとしか、俺らも言えなかった。

 ――そしてその日の夜に再びの侵入者が押しかけてきたあたり、相手側の焦りの程が知れた。

 王宮から付けられている護衛騎士にだって矜持があるだろうと、最初の内は手を出さずにいたのだが、その中に一人、相当に腕の立つ奴がいるとナシオからの連絡が飛んで来た為、途中からは俺がその侵入者を引き受ける恰好になっていた。

「つっ……!」

 王宮派遣の騎士達を、俺や相手の間合いから弾き出すにあたって、細身のナイフに似た暗器が頬を掠めたが、その程度は想定の内、その後は繰り出される刃を複数回避け、最後には渾身の一撃で、相手を壁まで蹴り飛ばした。

「いけね……加減忘れた」

 最近、オルヴォと相対する時くらいしか本気の蹴りを入れる事がなかった弊害だ。

 肋骨くらいは折れたかも知れないが、まあ死にはしないだろうと、開き直るより他はない。
 元より、非は侵入者にある。

「あれ?ファルコ、コイツって……」

 まずは気絶した侵入者達を縛り上げなくてはと、ハジェスが縄を片手に近寄ったところで、不思議そうに首を傾げた。

「どうした、ハジェス?」

「シーグ……は、お嬢さんの所に残った筈じゃ……?」

 壁際に崩れ落ちていた侵入者の髪を掴んだハジェスが、多少乱暴な手付きで、こちらに顔を見せるように引き上げている。

「………うん?」

 確かにそこに崩れ落ちていたのは、シーグによく似た顔を持つ、少年だった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。