聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

231 お届けもの(前)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 思いがけず重度のシスコンが判明したリック少年が、シーグと一緒にベクレル伯爵家へ来たがり、さすがにファルコが青筋立てていたところに、外を警戒していたゲルトナーが、ノックと共に食堂の厨房の方へと入って来た。

「お嬢さん、お館様から伝言。一言だけ『ユングベリ商会からのは確かに受け取った』だけだけどな。それで分かるってコトらしいけど、大丈夫か?」

「!」

 エヴェリーナ妃、仕事早っ!
 
「…ありがと、大丈夫。あ、じゃあ私からも伝言頼んで良い?えーっと…『こちらもの説得は済みました。そちらに戻します』ってところかな」

 天井を見上げながら私がそう呟くと、ファルコが「ゲルトナー、待てっ!」と何故か鋭い制止の声を放った。

、お嬢さんはベクレル邸で寝てるていだ!今のは俺からって事で修正して伝言しとけ!言わずもがなだが『お兄ちゃん』は直せ!」

「ええっ⁉」

 目を見開いた私に「わざわざ寿命縮めるヤツがあるか!だけでも、アンタは今はベクレル邸で寝てんだよ、いいな⁉」と、お小言にも似た怒鳴り声が返ってきた。

 イザクがボソッと「多分、無駄な足掻き」と隣で呟いてはいるけど、ファルコを止める程の大声でもない。

 ゲルトナーも「了解ー」と軽い調子で答えているところから言っても、きっと私じゃなく、ファルコに従ったんだろうと思う。

「ありがとう。みんな一緒にになってくれるんだ。嬉しくて泣ける」

 敢えて軽い調子で御礼を返してみた。
 多分彼らはそっちの方が良いんだろうと、そう思って。

 何の事か分からないリックは目を剥いていて、ここのところ私と居る事で何となく想像が出来る様になってきたっぽいシーグは、ちょっとだけ顔を痙攣ひきつらせていた。

「んな感動はいらねぇよ。だったら「懲りる」でも「反省」でも「自重」でも、どれでも良いから一個くらいは呼び戻して来い」

 グリグリと、リックを踏みつける足に力を入れながら、ファルコが間髪入れずに返してくる。

「ガキンチョも聞こえたな?おまえはとりあえず、ナリスヴァーラ城に戻るんだよ。妹とべったり暮らす前に仕事しやがれ」

「なっ⁉」

「まあ…それはそうよね。ちょうど今、ナリスヴァーラ城に『お届け物』があったって話だし、早速、をバシュラールまで届けて貰わないとね」

「ぐっ……」

 私の言葉以上に、イザクがシーグの肩に手を置いて、無言の恫喝を入れているのを視界の端に認めたリックは、唇を嚙みしめている。

「リック……」

 だけど多分、トドメは不安げなシーグの視線だったと思う。

「分かった、分かったよ!ナリスヴァーラ城に今届いたバシュラールに届ければ良いんだろう⁉」

「そうそう。さすがリック、察しが良くて何より」

 パチパチと手を叩く私を恨めし気に睨みながら、リックはファルコに半ば引きずられるように連れて行かれてしまい、シーグはこちら側に残る恰好となっていた。

「……今更だけど良かったの、シーグ?」

 それを温い目で見送った後、シーグを振り返ると「確かに今更ですね、」と、シーグは微笑わらった。

「もう少し――植物園ここで研究とかしてみたくて」

 うわぁ…。
 これ、絶対妹の方が独り立ちするの早そうだと、私は思った。

「そっか。やりたい事があるなら、それに越した事はないか。あぁ、さっき言いかけた『手伝って欲しい事』って、そんなに大した話じゃないから。用意が整って、アンジェスに帰る!ってなった時に、王宮内の〝転移扉〟のある部屋まで案内して欲しいだけだから」

 ちょうど良いから、エドヴァルドはリックに案内して貰おう。
 内心でそう思っていると、シーグは驚いたように目を瞠っていた。

「うん?どうかした?」
「それ…だけ……?」

 いやいや。それだけって言うけど、多分後々相当苦労すると思うよ?

「そう、それだけ。って言うか、逆に後の事に私責任持てないから、イザクとリュライネンさんの研究が完成するまで、どこに住むのかとかは自分で考えてね?裏稼業から抜けて、ベクレル伯爵家でお世話になるとかなら別だけど、今のままだと流石に私と一緒にあの邸宅おやしきは出て貰わないと困るし……イザクは室長に頼んで植物園の従業員寮にでも入れて貰えば良いだろうけど、それって絶対、許可しないよ?」

 そこまで説明したところで、ピシリとシーグが固まった。

 兄妹一緒に暮らすとなったら、植物園の従業員寮は無理だ。
 事実上の独身寮だとも聞いているのだから、余計に。

 かと言って、王都のツァルダとやらの集合住宅アパートか何処かの部屋から毎日植物園に通うのは、馬車を毎日借りるなどと、あまり現実的じゃない筈。

「まあせいぜい、室長に保証人になって貰って、シーカサーリで部屋を借りられないかどうか聞いてみるのが妥協点じゃない?リックが王宮に出仕しづらくなるのは、リックの自業自得。アナタが一人で植物園の従業員寮に住む事を認めるかの二択で迫ってみても良いかも知れないし」

「……そっか」

「うん、頑張れ。そんなワケだから、私達はベクレル伯爵邸に帰ろっか。イザクは今のリュライネンさんの事もあるから、この後は別行動になるし」

 そこは驚きも反論もなかったようで、シーグも無言で頷いた。

 口に出された言葉をそのまま受け取るものじゃないと――私といる間で、シーグが学習したとかしなかったとか。

 まだ勉強が足りないと呟いていたと、私は後からイザクに聞いた。
 そんなこじれた方向を目指さなくても良いんだけどな。

*        *         *

 翌日。王立植物園食堂ランチ。

 ・ボルシチ(ソイミート、レッドビート、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、キャベツ、トマト、ローリエ)
 ・コーンブレッド(トウモロコシのパン)
 ・ヨーグルト(ブルーベリーソースがけ)

 研究をしているのか、給食担当の管理栄養士をしているのか……以下略。

 きっかりお昼時に帰ってきたキスト室長。
 
 邸宅おやしきで食べてから来ると言う選択肢もあった筈なのに、植物園こっちのランチメニューが気になって、一食見送るのが耐えられなかったらしい。

 こちらもエドヴァルド同様、貴族ではあるけれど、作法マナーがどうとか、フルコース形式でないとダメとか、そう言うのは公の場以外では、あまり気にしていないみたいだった。

 興味津々と言った表情で、今日のランチを眺めている。

「へぇ……この真っ赤な野菜がね……」

「その人の国では〝食べる輸血〟なんて言われていたらしいですよ。ただ、食べ過ぎるとお腹が緩くなるらしいので、その辺りは調整なり研究なりが必要かも知れません」

 高血圧とか動脈硬化とかが説明出来ない私は、とりあえず曖昧に微笑わらっておいた。

「そうだ、室長。今日は王宮に行かれたんですよね?薬草の納品で」
「……ああ」

 さりげなく、午前中のを聞こうと水を向ければ、一瞬だけキスト室長の眉根が寄った。

「やっぱりお城って豪華ですか?私、まだ王都自体に行った事ないんですよね。近々乾燥〝イラ〟入りの茶葉の件で行かないといけないかも知れなくて」

「確かエヴェリーナ妃のお膝元地域の限定茶葉で、取り扱える業者も量も厳しく制限されるらしいな」

「そうなんです。この権利が獲れれば、いずれ王都でも商売が出来るかも知れませんし、どんな感じかなー、と」

 「そこは、目指せ王都進出!くらい言い切ってしまわないとー」なんて声をかけてくれる他の研究員達には「そうでした!」と笑顔を返しつつ、意図を紛らせる。

「確かに馬車で30分程とは言っても、そもそも王都自体が人の流れも街の造りも桁違いだからな。フィロメナ夫人の実家がある街や、シーカサーリでさえ比較にならないだろう。行った際には口を開けて建物を見上げいる間にスリに遭わないよう気を付ける事だ」

「あはは。田舎者とバレてたかられないようにしなきゃってコトですね」

「そもそも植物園全体から見ても、王都に行った事のある人間は一握りかも知れんな。何なら後で、王都の雰囲気や王宮マナーの話も説明しようか?エヴェリーナ妃が舵を取ると言う話なら、ユングベリ嬢も行くのだろう、王宮?」

 そしてキスト室長は、ちゃんとこちらの質問意図を汲んでくれた。

「はい!後でお時間頂けたら嬉しいです‼」
「良いだろう」

 私はそこでようやく、昨夜から今にかけての、事態コトの時系列を把握する形になった。
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