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第一部 宰相家の居候

224 替え玉のススメ

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「本来なら、手を付けていた話全部に目処メドを立ててからギーレンを出るべきなんでしょうけれど、拉致とか物騒な話も出た以上は、私もいったんギーレン出国を優先します。ただ物理的な距離の問題もあるので、まずは商業ギルド経由になるとは思いますが、ゆくゆくはラハデ公爵邸の〝転移扉〟とアンジェス側でどこか、同じ様に手紙のやり取りだけでも出来ないか、戻ったら確認してみます」

 私の言葉に、ラハデ公爵とキスト室長が顔を見合わせた。

「そ…うか、ユングベリ商会の看板があれば、商業ギルドにある手紙転送制度を利用出来るのか……」

「とは言っても、イザクとイオタの二人は当面残るのだろう?リュライネンとの共同研究が完成するまでは、あの二人を通す形でも構わないのでは?」

「そうですね。あくまで『研究が完成するまで』の間でしたら、そうして貰っても大丈夫かと」

 そう答えると、先にキスト室長が納得したように頷いた。

「承知した、ユングベリ嬢。であれば、新薬は後日と言う事で私も妥協しよう。ラハデ公爵様、後ほど睡眠薬の原材料となる薬草をお渡ししますので、そちらに捕らえられていると聞いている連中に調合させて下さい。牢に余裕があるようでしたら、新薬の材料が揃って調合をさせるまでは、そのまま彼らを留め置いて頂きたいのですが」

「……事が露見した場合には、全てあの連中に被せて処分する事になるが、それで構わなければ」

 ラハデ公爵としても、綺麗事で政治が回らない事を良く知る立場にあるだけに、明らかに捕らえられた連中が生贄あるいは実験台と化している事を察しつつも、表立ってはそうとしか言わなかった。

「ラハデ公爵、エヴェリーナ妃にこちらお渡し願えますか」

 話題がひと段落した頃を見計らって、私は手書きの紙を手元に持っていた鞄の中から出して、机に置いた。

 ベクレル伯爵邸にあった物だけど、ギーレンではどうやらこの麻の繊維を加工して出来た紙が、公式文書以外では主流らしいのだ。

「ユングベリ嬢、これは……?」

「エヴェリーナ妃ご所望の『純愛小説第二弾』のあらすじ原稿です。この話の流れで了承いただけそうなら、アンジェスにいる第一弾の作者に、第二弾として依頼をかけますので、講評あるいは追加修正希望があればお聞かせ下さい――と」

 書類に視線を落としたラハデ公爵が、軽く目を瞠っている。

「本当なら、こんな姉思いの妹なんて存在しませんから、下地作っているだけでも鳥肌モノだったんですけどね。あくまで、第一弾の書籍版発行後、好評につき第二弾!の名目で出しますよ、と併せてお伝え頂けますか?」

 うっかり自分の腕をさすって顔をしかめている私に、ラハデ公爵はちょっと気圧されながらも「承知した」とだけ、大人の回答を返してきた。

 キスト室長は、記事の話そのものよりも「相変わらず、いつ休んでいるんだ…」と、ネタ原稿の出来上がったタイミングに眉をひそめているみたいだった。

「…まあ、私の個人的な嫌悪の情はさて置いて、第一弾である「駆け落ちの物語」を成就させた後、ベルトルド陛下とエドベリ殿下に無理矢理にでも納得をさせる為にはどうしたら良いかとなったら、やっぱりエヴェリーナ妃提案の、第二弾による印象の上書きでしょうから。この馬鹿げた拉致計画を知った後で慌てて夜中に下書きしましたよ。もう、書かざるを得なくなったと言うか」

「雑の次は馬鹿げた……か」

 私の話を聞いているうちに、キスト室長は最後笑いしか出てこなくなったみたいだった。
 キスト室長も根が研究者な為、夜更かしに関してはまったく違和感を持っていないみたいで、そこはちょっとホッと胸をなで下ろす。

「キスト室長、一応今日の本題になってる植物園の情報記事に関しては、下書きって出来たんですか?」

「一応……ああ、いや、下書きと言うか、記事を書く人間と絵を描く人間それぞれが候補をまとめて持って来た段階だ。何ならこれを取捨選択して、チェルハ出版に見本を依頼してくれればと思ったんだが」

 キスト室長はそう呟くと、背後の棚から袋に入った書類の束を机の上に置いたので、私はそれを手にとって、ざっと斜め読みをした。

「まあ、文才の有る無しは如実に出ますから……せめて初回は、文も絵も、よく書けている人を選びましょうか。それ以外の人は、取り上げてある内容は悪くないと思うので、手直しして第二弾第三弾に採用すると言えば、角も立たないでしょうし」

 言いながら、書類を左右に山分けしていく様を、ラハデ公爵が興味深そうに横から覗き込んでいる。

「ああ……確かにこれなら、今出回っている見本がでも、充分に意義と有用性を示せるな。ここに街の商業施設の案内も入るのだろう?掲載を希望する店に印刷費用の一部を負担させると言う発想も良い。出版社を含め、街の中での良い金の流れが出来上がる」
 
「広告を載せても良いって言うお店が決まって、見本紙面が出来上がったら、公爵のところにも届けさせますよ。時期的に、私がお持ち出来るかまではお約束出来ませんので、今は『誰かが』とだけになりますが」

「それで構わんよ。計略上の事かと思いきや、存外本気の企画制作なんで、かえって驚いたくらいだ」

「私がパッとアンジェスから来て、宰相閣下をいきなり連れて帰っちゃったら、各方面に禍根を残しますからね。それはもう『駆け落ちってそう言うものだ』では済まないくらいに。戻ってから結局国王権限でどこぞのご令嬢を押し付けられていたら意味ありませんから、元から計画を頓挫させる為にも、あちこち根回しはしますよ、それは」

 フィルバートが〝賭け〟扱いにしたのだって、負ければ今後しばらくは、その話を持ち出すワケにはいかなくなるからだ。

 その前提をすぐさま覆すようでは、次期為政者としての鼎の軽重すら問われかねない。

 同じ話に何度も煩わされるのはご免被りたいのが本音のフィルバートの、それは巧妙な誘導だ。
 …惜しむらくは、早々にきかけていると言う事だけで。

「そうか。ならば姉上には、この植物園の紙面の件も含めて、報告をしておこう。これならラハデ家が後見になっても問題はない、その場限りにする必要はないと言う事で。ベクレル伯爵家だけでは及ばない部分があれば、いつでも頼ると良い」

「有難うございます。宜しくお願いします」

 私と一緒に、キスト室長もその言葉に反応して頭を下げた。

「ところで『替え玉』の件、宰相殿への連絡はどうするつもりだ?」

 話は戻るが――と先んじて言っている時点で、ラハデ公爵自身も植物園の話題が「表向き」だと認めているようなものかも知れない。

 私は苦笑いしそうになる口元を慌てて引き締めた。

「企業秘密の連絡方法がありますので、そこはお任せいただけますか?その『替え玉』のかたは、直接ナリスヴァーラ城に行っていただいて大丈夫です。そうですね……合言葉として『ユングベリ商会からの届け物』と言って貰ったら、城の中に招き入れられるようにしておきましょうか」

 替え玉=届け物。
 ちょっと単純かも知れないが、こう言う時は変に凝らない方がいい。

 ラハデ公爵も納得したように頷いた。

「一口に『替え玉』と言っても、誰でも良い訳ではない。万一、後々責任が取れる家の子息である方が望ましい。あまり時間がない事は承知しているが、人選に関しては、ここでは保留とさせて貰う」

 ――それは、場合によっては意図的に「既成事実をこちらから起こす」可能性があると言う事だ。

 替え玉を悟らせず、意図的に既成事実を作り上げた上で、子爵令嬢を強制的にその相手に嫁がせる事も考えている、と。

 それはアレですか、こんな馬鹿げた事態を(まだ計画段階にしろ)引き起こした元凶に、多少はお灸を据えたいとか、内心ではそんな事をお考えですか?

「そ…そうですか。そこはお任せします……」

 ラハデ公爵の表情から内心を想像した私は、それしか言えなかった。

 ええ一応、空気は読めるつもりなので。
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