聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

223 逆手に取らせて貰います

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 本日の王立植物園食堂ランチ。

 ・大根ステーキ  (ネギ)
 ・かぼちゃシチュー(鶏肉、ブロッコリー、しめじ、玉ねぎ)
 ・レーズンスコーン

 研究をしているのか、給食担当の管理栄養士をしているのか……以下略。

 どうやら私が出した手紙と、ラハデ公爵がキスト室長に宛てた植物園訪問の先触れに関しては、タイムラグがあるようだったので、室長から公爵訪問の話を聞いてすぐに、私は植物園集荷の郵便に乗せて、公爵にナリスヴァーラ城への侵入者の件を伝えておいた。

 宛先が近かったり帰り道だったりした場合、集荷してそのまま配達する事もままあると室長から聞いたからだ。

 多分、翌朝もう植物園に来るのだからと返事が来る事はなかったけれど、先触れの通りに翌朝やって来たラハデ公爵は、心なしか疲労困憊と言った顔つきだった。

 キスト室長が研究員の一人に声をかけて、厨房に薬草茶を淹れて貰ってくるよう命じたくらいである。

「まったく……ユングベリ嬢、昨夜は特大の火矢を撃ち込んでくれたものだな。姉上も知らされていなかったみたいで、それはもう宥めるのが大変だったぞ」

「………あ」

 首を傾げたキスト室長の隣で、私は表情かお痙攣ひきつらせた。

 どうやらやっぱり、ナリスヴァーラ城への侵入と拉致計画は、エヴェリーナ妃の逆鱗に触れたらしい。

 とっぷり日も暮れてから、どうやって連絡したのかと思ったら、各公爵家にある、王家とのみ繋がる〝転移扉〟を、最小限の魔力を残したまま、手紙だけはすぐに届くように調整されているらしかった。

 それもエヴェリーナ妃とラハデ公爵と魔力を合わせる形で、国王達には内緒で空間を繋ぎっぱなしにしているとの事だった。

「手紙程度なら〝扉の守護者ゲートキーパー〟を頼らずとも何とかなったからな」

 明らかな「他言無用」の圧を受け、キスト室長が言いかけた言葉を呑み込んでいた。

 私と違ってキスト室長はギーレン在住なワケだから、ラハデ公爵としても念押しは必要と思ったんだろう。

 気圧された室長が、逃避するように私を見るので、私は苦笑しつつも、エドヴァルドが狙われたらしい事を室長にも告げた。

「そ…れは……」

「ね、下手をしなくても国際問題ですよね?にこれ以上愚行を冒させない為にも、こちらの計画も前倒しが必要だろうと、ご相談申し上げたんです。公爵様の植物園ご訪問は、本当に良いタイミングでした」

「そもそもは、其方そなたが姉上からのを受け入れると知らせてきたから、あまりこちらに呼びつけてばかりだと不審を買うやも知れんと、情報紙の話にかこつけて、植物園に来るつもりだったのだがな。追加で送られてきた手紙の内容が内容で、知らせた姉上も『可及的速やかにユングベリ嬢と連絡を取れ』と、筆跡が怒りで乱れていたからな。結果的に今日会う事にしておいて良かったと、骨身に染みたわ」

「あ…はは……」

 エヴェリーナ妃は聡い。

 ギーレンよりも小国でありながら、一度も攻め込ませていないアンジェス国の――人としての倫理観を母親のお腹に置き忘れてきたみたいな――国王陛下フィルバートの、何が本当に恐ろしいのかを、全てではないにしろ、自国の国王よりも遥かに察している。

 命じた側は恐らく一晩の事なら、命令系統に行き違いがあって「ご招待」が手荒になっただけとでも言えば、アンジェス王宮に対して言い訳はたつとでも思っているのだろう。

 だけどそれをやったら絶対にフィルバートが「世の中なんぞいくらでもあるだろう」などと言いながら、王宮派遣の護衛騎士経由で〝鷹の眼〟に、子爵令嬢とその母親の暗殺をしれっと指示するに決まっている。

 私やエドヴァルドなら「案の一つとして考えた」止まりなところ、躊躇なくってしまうのがフィルバートだ。

 私やシャルリーヌは〝蘇芳戦記〟あってこそ、フィルバートの人格破綻っぷりを理解しているものの、恐らく外交上数度しか会った事がない筈の、それも隣国の王妃がっすらとにせよ理解しているのだから、もはや彼女が女王になったらどうかと思うくらいだ。

「多分実行されたら、次の日にでも某子爵令嬢とその母親は湖に浮かぶでしょうからね……さすがに今の時期にそれはマズいと、エヴェリーナ妃もご判断されたんだと思いますよ」

「え……」

 私の乾いた笑いに、ラハデ公爵もキスト室長も揃って顔を痙攣ひきつらせていた。

「そんな事をすればベルトルド陛下は確実に激怒なさって戦争になる……」

「フィルバート陛下はギーレンと正面から事を構えるつもりはないですよ。ないですけど、それって軍事力を楯に頭を押さえつけられて言う事を聞くのとはまた違いますからね。兵力が揃う前に王宮に色仕掛け担当の刺客とか、平然と送り込んでくると思いますよ。大事おおごとになる前に上層部うえだけをしまえ――とね」

 全体戦力で劣っても、レイフ殿下の「特殊部隊」やイデオン公爵家の〝鷹の眼〟を始め、戦力を考えたなら、実は互角以上と言っても良いからだ。

「さすがにギーレン王宮が血塗られた城になるのは、エヴェリーナ妃としても避けたいのではないかと……」

 個人的好き嫌いは別にして、現国王陛下あってこそのエヴェリーナ妃の今の地位であり、事実上の筆頭公爵家となっているラハデ公爵家の今がある筈だ。

 国王本人や子爵令嬢たちは自業自得で済んでも、周りはそうはいかない事をエヴェリーナ妃は分かっているのだ。
 決して「大軍で攻めれば良い」では済まない事も。

「それで、どうするつもりなんだ。姉上はとにかく『まず何を置いても其方そなたに連絡をとれ』としか仰っていない。万一の事を考えて、それ以上を書き記せなかったと言うのもあるだろうがな」

「そもそもエヴェリーナ妃仰ってましたよね。国王陛下が子爵令嬢とその母親の下へ通う日を狙って、殿下には、私と宰相閣下をお招き下さると。この雑過ぎる計画を逆手にとれって事なんだと思いますよ」

 淡々と答える私に、眉をひそめたのはキスト室長だ。

「雑って、ユングベリ嬢……」

「この上なく雑でしょう、キスト室長。大体、どうして大人しく宰相閣下が攫われると思うんです?現時点でさえ、既成事実狙って近付く事すら出来ていないのに」

「……確かに」

「あと、一晩くらいなら誤魔化せると思っているあたりもですけど。普段から大国の数の論理で物事を推し進めている弊害ですよ。一度その論理、木っ端微塵になっておいた方が良いです。どうやらエヴェリーナ妃も後押しして下さるみたいですし」

 具体的な案があるのか?と問うラハデ公爵に、私は軽く頷いた。

「エヴェリーナ妃の案と、この『雑な計画』をすり合わせます。エヴェリーナ妃に、宰相閣下の下さる『替え玉』を用意して貰って下さい。某子爵令嬢は当然その湖のある街と言うか城に行くんでしょうけど、何か理由を付けて母親と陛下もそこに付き添うよう誘導して貰って下さい。行ってさえしまえば、王都から二時間かかるワケですし、気付いて引き返して来たところで〝転移扉〟ののには間に合わないでしょうから」

 受け身の態勢で「国王陛下が子爵令嬢とその母親の下へ通う日を狙う」つもりだったなら、この際強制的にこちらからその日を作り出せば良いのだ。

 ニセの宰相閣下に「攫われて貰う」事によって。

「ただそうなると、室長に新薬の材料を揃えて頂くのは間に合わないと思うので、今回は殿下と聖女、二人とも睡眠薬で眠らせて貰う形でお願いして貰って下さい。新薬に関しては、エヴェリーナ妃も『結婚式までなら聖女に夢を見させてあげても良い』と仰って下さっていたので、それまでにさらに洗練された薬を作り上げて貰うと言う形でどうでしょうか」

「そ…れは……」

 新薬の実験はしたいが、若干の時間的猶予が出来る事にも魅力を感じたキスト室長が、口ごもる。

 ――これは決して、私が自分の中にある罪悪感を薄めさせるための「引き延ばし」策じゃない。

 先に杜撰な動きを見せて、そうせざるを得ないように仕向けたのは、王宮側むこうなのだから。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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