聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
134 / 803
第一部 宰相家の居候

218 植物園の食堂会議

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「閣下の家格を考えれば、まさか商会の入婿は不可能でしょうし。かと言って、彼女を貴族社会に押し込めてしまうのは、あまりにも惜しい。私如きが口を挟める事ではないのかも知れませんが、是非ご一考頂ければと」

 キスト室長の言葉に、何の話だと目をいたのは、多分私だけ。

 半径1mのの向こう側は頷く人多数。

「まぁ、植物園ここに来た経緯とか、だいぶ薄まったにしろそのとか見たら、商会の跡取り娘には大貴族の婚約者がいて、結婚を機に仕事を辞めさせられるのでは――と、室長以下大多数の目には映ってる」

 私にしか聞こえないような小声で教えてくれたのはイザクで、シーグはその隣で黙って頷いていた。

「痕?」

 トントンと、自分の首筋を叩いて教えてくれるイザクは、親切と言うよりは――多分皮肉や厭味。

 この前、天然仕様の首席研究員リュライネンに盛大に暴露された事を思い出して、私は思わずあらぬ方向に視線を逸らした。

「……随分と、植物園ここに馴染んだらしい」

 あれ?何だかすぐ傍の宰相閣下エドヴァルドの周囲の空気が冷たいです。

「予防医学の話もそうですが、植物園を一般市民にもっと親しんで貰うためと考えられた無料配布の紙面も、シーカサーリの街ごとを巻き込みましたからね。特に研究施設などは、日頃から変人の巣窟のように遠巻きに眺められていましたから、それが今や、街を歩けば普通に挨拶をされると、中には休日明け、感激して食堂で語る研究員もいるようですし」

 逆に今までどんな様子だったんだと、思わず内心でつっこんでしまったけど、さすがに今、口には出せない。

「何でも正妃エヴェリーナ様のご生家に近い領地にしかない果物を使った、貴重な茶葉の取り扱いに関しても、競争入札にまでこぎつけているとか。これが取り扱えるようになれば、商会の立場はベクレル伯爵夫人の実家領地周辺どころか、ギーレン国全土にわたって顔が利くようになる。もちろん、この植物園との定期的な取引に関しても、商会の規模が変われば当然可能になる。全てユングベリ嬢の手腕だ。ここで手を引いてしまうのは、とても見ていられないのですよ」

「………」

 そして空気が更に冷えました。
 最終目的かけおちの為とは言え、そこまでする必要はあったか?――と、心の声が聞こえます。

 なりゆきです!
 結果的にそうなっただけです!

 ……目で訴えてみたけど、何だか逆効果だったかも知れない。

「……彼女の才能は否定しない。だが、何度言っても、何を言っても、結局無茶をする。首根っこを掴んで連れて帰りたくなってしまうのは、間違っていると?」

 冷やかすぎる声に思わず視線を逸らしたのは私だけで、どこからか「あー…」と言う声も聞こえた気がした。

「何だかんだと言って、イザク達もレイナには甘い。ほぼ抑止になっていないからな」

 イザクもバツが悪そうに明後日の方向を向いている。

「貴族社会がどうのと言う話ではないと仰るか」

「かつて近しい身内で、望まぬ事を強要されて、心を壊した者がいた。私はレイナを二の舞いにするつもりはない。つもりはないのだが――」

「あまりに危なっかしすぎる、と」

「私や室長ほどに、貴族社会の闇を知らぬが故に、尚更に」

 エドヴァルドの言葉に、辺境伯家次男のキスト室長は、何かしら思うところがあったようだった。

「ふむ……閣下の言いたい事は、何となくですが理解出来ました。商会を潰すつもりがないと仰るのであれば、彼女が植物園ここにいる間、あるいは後々もここを訪れる限りは、なるべくフォローをするようにはします。であれば、今しばらくは商会の仕事を手掛けさせて貰えますか?」

「………同時にも厳重に行って貰えるのであれば、検討しよう」

「………なるほど。意外に閣下は狭量だと言う事を周知させれば宜しいのでしょうね」

「何とでも」

 冷やかな空気の中で含みのある会話が交わされ、その後「さて」と、空になった食事のトレイを持ったキスト室長が立ち上がった。

「植物園の見学と、研究施設の見学。一通り見て頂いて、最後に私個人の研究室兼応接室にご案内しよう。の手順書の件、ご一緒に薬草の在庫確認をされては如何か。収穫あるいは取り寄せる材料がなければ、即日一式手渡す事も可能になりますから」

「!」

 セルフ返却の概念が全くないエドヴァルドが面食らっているので、私が慌てて二人分を持とうと手を伸ばすと、察したイザクが素早く自分の分とエドヴァルドの分をすくい上げた。

「ありがと、イザク」
「お嬢様はご自分で」
「分かっておりマス」

 そんな軽口を交わしながらトレイを戻しに行くと、キスト室長が興味深そうに私とイザクを振り返った。

「時折、口調が気安いと思っていたら…あれか、イザクはもしかして商会の従業員じゃなく、閣下が貴女を心配して付けた部下なのか?」

「本来は……まあ、そう言う事ですね。調合担当なのは間違ってないんですけどね?」

「イザクの腕が確かなのは、見ていれば分かる。しかしまあ、閣下が心配性なのか、貴女にそれだけ心配をかけている前科があるのか――」

 苦笑交じりのキスト室長に、イザクが「敢えて両方、と」大真面目に答えているのは、ちょっと心外だ。

「……イザク、やっぱ一緒に氷漬けみたいだよ」

 そして私が否定をするより先に、背中が寒い。

「……俺とした事が。日頃の愚痴で余計な事を」

 シーグはずっと無言だけれど、俯いた肩がちょっと揺れていた。

 キスト室長はそれを見て「なるほど両方か」と、一人納得している。

「確かに、薬草の横流しの件なんかは特に、本来なら自警団案件だしな。ああ言った時に大人しくしているよう説得する事が必要と言うなら、分かりやすい例えではあるな。あれは確かに、イザクがいれば良かった。最後押し負けたと言う点でも、閣下の指摘は正しいしな」

 ノーと言えない〇〇人ならぬ〝鷹の眼〟。
 口にしたら怒られそうなので、不本意そうなイザクを横目に、私はだんまり。

「しかしユングベリ嬢だけでなくイザクも、ウチの首席研究員リュライネンとの共同研究をどうするか、考えなくてはならないだろうな。本来であれば、閣下あるいはユングベリ嬢と行動を共にするのだろうが、研究の進捗状況を考えると、恐らくはリュライネンも君にいて欲しいんじゃないかとは思うんだが……」

「室長……」

 歩きながら、イザクが何とも言えない表情を見せる。

「ああ、完成したら王家に手順書レシピを献上するかしないか含めて、相談しないといけなかったですよね」

 今ちょうどエドヴァルドもいて、後でキスト室長の研究室で一緒に相談するのも良いかも知れない。

「あ、そう言えばイザク、イザクの元のレシピで予備作ったんだっけ?一応あとで馬車留めにいるナシオにでも預けられる?」

 恐らくは、そう遠くないうちに帰れる手筈は整ってきているものの、念の為に用意しておくのはきっと大事。

 イザクもそれはそうだと思ったのか「大丈夫だ、後で預ける」と頷きながら答えた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。