聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

【ギーレン王宮Side】コニーの幕引(前)

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 子爵家に過ぎない筈のクリストフェル家が、隣国ギーレンの、それも国王陛下に娘が見初められたなどと、申し入れのあった当初は、家族以下、周囲が上を下への大騒ぎだった。

 そもそもは、バリエンダール国の珍しい香辛料とその使用手順書を、クリストフェル家を通して仕入れたギーレン王家の厨房が作った料理を「国王陛下がいたくお気に召された」とかで、隣国での大きな式典があった際に、褒賞を兼ねて招かれたと言うのがきっかけだった。

 既に国内の公爵家から正妃を迎え入れていたとは言え、子爵家からすれば側室、それも第二夫人となれるだけでも僥倖だと周囲は見做していたし、当時の私も、思い人もおらず、国王自身、頭髪が寂しい訳でも腹囲が目立つ訳でもなかったので、家の為になるならば…と、受け身ながらも申し入れを受けたのだ。

 ――まさかその事が、妹の身に悲劇をもたらすなどとは思いもせずに。

 正妃であるエヴェリーナ様は、貴婦人の鑑の様な女性だった。

 側室となった私を疎んじてもおかしくはないところ、私を気遣い、妹を気遣い、夫である国王陛下と共に、妹ベアトリスの嫁ぎ先まで必死になって探して下さった。

 例え王家の醜聞をこれ以上広めたくないと言うのが本音だったとしても、彼女が私達姉妹に寄り添って下さった事は紛れもない事実であり、間違いなくあの頃の「光」だった。

 妹が嫁ぎ先で心を壊して儚くなってしまった事も、男の子が一人遺された事も、包み隠さずエヴェリーナ様は教えて下さった。

 死ぬまで会う事がないかも知れなくても、いつかその子が困窮して訪ねて来るような事があれば、手を貸してあげられるだけの力をつけておくべきだと。

 殺しても殺し足りない程の男の息子であると同時に、たった一人の妹の息子である事もまた確かなのだからと。

 今思えばエヴェリーナ様は、私まで心を壊してしまう事を危惧されていたのだろう。既にパトリック様と言う、後継者となる王子の母となっていらっしゃったとは言え、直系の血がただ一人と言うところには危機感をお持ちだったのだと思う。

 何度もお茶会に誘っていただき、色々なお話しをさせていただき、少しずつ妹を失った痛手から立ち直っていく過程で、私自身も息子・エドベリを授かる事が出来た。

 王宮内部は魑魅魍魎の巣窟、とエヴェリーナ様はよく口になさる。

 クリストフェル家と言う狭い世界しか知らなかった私は、当初その意味を全く理解出来ていなかった。

 それでも月日が経ち、エヴェリーナ様の手の届かないところでパトリック様が事実上失脚されて、エドベリが私の言葉に段々と耳を貸さなくなってくると、考え方や言動が甘かった私でさえ、その意味が理解出来るようになってしまった。

 国内の当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟の力が弱ってきていると言うのは、確かに国にとっては最大の懸案事項ではある。
 だからと言って、シャルリーヌ嬢と〝扉の守護者ゲートキーパー〟の一挙両得を狙ってアンジェス国に向かうのは、どう考えても身の丈に合っていない。

「くッ……王族の地位を用意して、庶子とは言え当代国王の娘まで付けてやると言うのに、何が不満だ⁉その上継承権放棄だなどと、馬鹿げている…っ」

 アンジェス国から〝扉の守護者ゲートキーパー〟とお目付け役としての宰相を招いて戻って来たエドベリが、そう言って執務室の机を蹴飛ばしていたらしいとお付きの侍女から聞いた時には、私は驚くと言うよりは、むしろ嬉しくなってしまったのだ。

 エドベリは分かっていない。

 家庭教師なりベルトルド陛下なりから、オーグレーン家とクリストフェル家にまつわる現王家最大の醜聞については聞いている筈だが、心の底からは理解出来ていなかったのだろう。

 既に断絶したからと言って、クリストフェル家の者がアロルド・オーグレーンを許す日は来ない。
 そんな家を再興するなどと、そもそも受け入れられる筈がないのだと言う事を。

 エドヴァルドと言う名のベアトリスの息子は、オーグレーンの血を否定した。
 私はその事がとにかく嬉しかった。

 そしてアンジェス国の〝扉の守護者ゲートキーパー〟と宰相の歓迎を兼ねた内輪の晩餐会で、私は初めてベアトリスが遺した子、今やアンジェス国の宰相だと言うエドヴァルド・イデオン公爵と顔を合わせた。

 聞けばベアトリスを受け入れてくれた先代イデオン公爵も、エドヴァルドが10歳になるかならないかの頃に、既に他界しており、エドヴァルドがイデオン公爵家を継いでから、もう20年近くにもなるらしい。

 ――紺青色の髪と瞳。

 私と同じ。
 クリストフェル家の特徴のみを受け継いだその容姿に、私は涙が出そうになった。

 妹は、心までは汚されなかったのだと、そう信じたかった。

 そしてその数日後、私はエヴェリーナ様からお茶会の招待状を手渡された。
 王宮内ではなく、ご実家のラハデ公爵家の王都邸宅で開くのだと言う。

「ここ数日、面白い噂が流れているのをご存知?それもあって、王宮じゃない方が良いと判断しましたのよ」
 
 そう言って嫣然うっそり微笑わらうエヴェリーナ様が、後宮の一室で見せて下さった印刷紙面は、間違いなく私の顔色を青くさせた。

「これ……不敬罪では……?」

「それがね、残念ながら微妙に名前が違っているでしょう?読む方は今の王家の話と受け取ってしまいがち――と言うか、そう言う風に誘導がなされているのだけれど、書いた方は『自意識過剰』『心当たりでも?』なんて突っぱねる事が出来るのよね。その上これ、無料配布だそうよ?お金が目的でばら撒いた訳じゃないと言う主張まで出来てしまう優れモノ」

「な……」

 絶句する私とは裏腹に、エヴェリーナ様は本気で感心しているようだった。

「しかもこれは、あくまでその次に発行する、シーカサーリの街と、王立植物園の支援紙面のための見本で、そちらが完成した暁には後ろ楯になって欲しい――なんて、サイアスにねじ込んだお嬢さんがいてね?そのお嬢さん、シャルリーヌのお友達で、イデオン宰相ともそうなの。あまりに興味深いからわたくし、イデオン宰相とは別に、お茶会にお招きしましたのよ。コニー様も、ぜひそちらもご一緒下さいますかしら?」

「え…ええ、もちろんですわ」

 シャルリーヌ・ベクレル伯爵令嬢も、エヴェリーナ様が「頼りないパトリックを裏から掌で転がせる逸材」と称賛を受けるだけの素地があるご令嬢だった。

 エドベリが彼女を欲して裏工作にいそしんだと聞いた時にはエヴェリーナ様への申し訳なさでいっぱいになったのだが「息子がそこまでの器だったと言う事よ。古参の大臣達を出し抜いただけ大したものだわ」と、あっさりエドベリの支持に回って国の二分化に先手を打たれたあたり、優先すべきは「王」でも「王子」でもなく「王家」――との姿勢にブレがない。
 私にはとても出来ない事だ。

 そんなエヴェリーナ様が認めていたシャルリーヌ嬢の友人。
 更にどうやら晩餐の席でエドヴァルドが口にした「公爵邸に咲き誇る花」なのではと、エヴェリーナ様が仄めかすご令嬢。

 同じ日に招くのに、わざわざ時間をずらす理由が私には分からなかったが、そこはエヴェリーナ様にお任せするしかないと、私はそのまま当日を迎える事になった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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