聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

210 此処にいる理由

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 正妃がこの方エヴェリーナ妃で、どうして息子がハニトラに引っかかるようになったのか、不思議で仕方がない。

 と言ってもギーレンの王家はなかなかに男性優位の傾向にあるようだから、エヴェリーナ妃と言えどあまり教育に口は出せなかったのかも知れない。

 ラハデ公爵家の伝手つてを未だに利用しているところも、その辺りが関係しているのかも知れなかった。

 私はもう一度、エヴェリーナ妃から言われた事を頭の中で整理する。

 ・彼女の望みは、フリーペーパーで急速に広まりつつある、王家の権威が台無しになりかねない「大衆恋愛小説ハー〇クイン」的噂話の速やかなる終息。ただし王家による娯楽の弾圧と見做されるのもマズい為「聖女と王子の婚姻」と言う、更なる御伽噺ロマンスで不名誉な噂話を打ち消したいと考えている。

 ・ただし現実の聖女には次期国王の正妃としての資質が著しく欠けており、一朝一夕の詰め込み教育でどうにかなるものではない。王子の方でも聖女自身には欠片も興味がないため、このままでは噂話を打ち消すような御伽噺ロマンスが生み出せない。ならば「結婚式」のみを一般市民の目にも目立つ一大イベントとしてプロデュースすれば良いのではないかと考えた。

 ・結婚式さえ済めば「聖女」には、あとは〝転移扉〟だけ維持させておけば良い。一服盛って寝台に縛り付けるも良し、濡れ衣を着せて幽閉しておくも良し。そこはアンジェス側こちらの希望を聞く事もやぶさかではない。

 ・エドベリ王子が結婚式の後にでも、またぞろ「シャルリーヌが欲しい」と言い出さない為に、対外的には第二夫人、実質は王妃としての職務がこなせる令嬢を探しておきたい。ただしエヴェリーナ妃としては、シャルリーヌが戻って来てくれてもいっこうに構わないため、これはむしろアンジェス側の努力義務としての提案である。

 …エドヴァルドが「キスト室長に連絡をとりたい」と言った事や「アロルド・オーグレーンが遺した書物」の取り扱いを私に委ねると言った事は、きっとこの辺りに原因があるのだと、さすがの私も気が付いた。

 聖女が結婚後、ギーレン王家への背信行為を犯したと言う濡れ衣を着せるのに〝転移扉〟の情報が記された書物など、証拠としてはうってつけになる。

 エドヴァルドの中では、多分もう、エヴェリーナ妃の「提案」を受け入れる方向で、気持ちが固まっているのだろう。
 ただそれでも、その上で、私が自分自身で考えて、けじめをつけるだけの余地を残してくれたのだ。

 ――十中八九、舞菜いもうととは二度と会えなくなる。それでもエドヴァルドの手をとって、駆け落ち出来るのか…と。

 ふう…と、思わず息を吐き出していた私に、エヴェリーナ妃が胡乱な視線を向けてきた。

「ああ……いえ、二度とに会えなくなる分にはいっこうに構わないんですけど、そこに至るまでの過程に対しての想像力が足りていなかったと言うか……いえ、何でもないです。忘れて下さい。結局のところ、私には王妃殿下ほどの覚悟がまだ足りていなかったんだと思います」

「ふふ…何もかもを手中に収めて帰ろうと思っていた訳ではないにせよ、優先順位の最上位を死守するために、を犠牲に出来るかどうかまでは、問われた事がなかった――と言ったところかしら」

「………その通りです」

 いくら嫌いでも、さすがに「廃人になっても知った事ではない」とまで考えていた訳ではなかった。
 そのあたり、平和国家日本で育った思考がまだ残っているんだと思う。

 そんな私の様子を見ながら「でもね?」とエヴェリーナ妃が私の顔を覗き込む。

「そもそも『駆け落ち』って、そう言うものではなくて?」

「……っ!」

 あまりにド正論すぎて、私は撃沈してしまった。
 い…言われてみれば、そりゃそうだとしか…っ。

「レ…レイナ嬢?」

 エヴェリーナ妃に視線で許可を取る形で、コニー夫人がおずおずと、私へと話しかけてくる。

「その……貴女の『最上位』を、今ここで教えて貰う事は出来るのかしら……?」

 その瞬間、エヴェリーナ妃の表情も興味深げになった。

「あら、そうね。私は『王家』だと、もう答えたものね。ぜひ貴女の話も聞いてみたいわ」

「…私の……最上位……」

「貴女は何の為に、今、ここにいるの?と聞き直しても良いかしら。ね、コニー様?」

「え、ええ……」

 ――何の為に、今、ここに。

「‼︎」
 
 その瞬間、うっかりエドヴァルドの顔が頭に浮かんだ私は、無言のままワタワタと、目の前の何もない空間を両手で振り払っていた。

 うん、いや、正しい!そのためにギーレンに来たと言えば、そうなんだけど!

 何だろう、認めたら崖っぷちから落ちると言うか…え、あれ、それで良いんだっけ、あれ⁉︎

「…コニー様…これ、明確な答えって必要ですかしら……?」
「その…わたくし、先程二人にして頂いた際に『後押しをして欲しい』と、恐らくは最初で最後になるをされたものですから…もしや無自覚なのかと…それで……」
「随分とささやかな願いだ。天下の宰相閣下が……」

 ひそひそと話すエヴェリーナ妃、コニー夫人、ラハデ公爵の視線が、どれもこれも生温かい。
 なぜ、何⁉︎

 レイナ嬢、と半分パニックの私に再び声をかけてきたのはコニー夫人だった。

「エヴェリーナ様と『落としどころ』がまとまったところで……わたくしが、王宮内の〝転移扉〟まで手引きさせて頂きますわね」

「……え⁉︎」

「あら、そうね。それが一番良いかも知れないわね」

 どういう事かと尋ねる前に、隣でエヴェリーナ妃も軽く両手を合わせている。

「当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟ラガルサ殿は、時々体調を崩されるのは本当なのだけれど、もう〝転移扉〟を起動させるのも難しい…と言うほど酷くてはいらっしゃらない筈なのよ。私が彼を〝転移扉〟のある部屋へこっそりお呼びして、コニー様がレイナ嬢と宰相様をこっそりその部屋にお連れするのが一番無理なくお帰りいただけるかも知れませんわ」

「いえ、それは助かりますが…それだと後々お二人にご迷惑が……」

「逆ですわよ、レイナ嬢。コニー様だからこそ『意に沿わない婚姻を強要される甥に同情をして、二人の駆け落ちに手を貸した』が通用するのですもの。王も殿下も、藪蛇になりますからコニー様を多少叱責は出来ても、公には罰せられない。物語の第一章が、ほぼ完全な形で大団円になりますわ」

 わたくしは、身内を思うコニー様のお心に感動して、手を貸しますの——なんて、しれっと笑うエヴェリーナ妃に、私はとっさに反論が出来ない。

「今更私が…妹の血を引くあの子と、あの子が選んだ貴女に何かしたいだなんて、おこがましいとは思うのよ。だけど…一度で良い。一度だけで構わないから……伯母らしい事を何かさせて貰えないかしら……」

 そして、苦しさを露呈する様な表情のコニー夫人にも、反論の取っ掛かりが見いだせない。

「まあまあ、姉上、コニー殿」

 明らかに困り果てた私に、助け舟を出してくれたのは、意外にもラハデ公爵だった。

「ここでいきなり『では聖女を生贄に』と即答されても不信感を持つだけでは?とりあえずは、ユングベリ商会を通して、銀細工の職人の相互交流と言う名目で、今後の連絡手段が一つ確保出来た。その先の事は、今夜一晩かけてでも、考えて貰う。今日はそれで良いと思いますが」

「……そうね」
「……そうですね、仰る通りです」

 勢いづいて前のめりになっていた貴婦人二人が、軽い咳払いと共に椅子に座りなおしている。

「連絡お待ちしていますわ、レイナ嬢。また、こうやってお茶会を開きましょう」

 拒否権なんて、ある筈ない。

 ――盤上の駒の形勢を、ひっくり返されたのは初めてかも知れなかった。
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