聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

205 空耳じゃない

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 お茶会の為に着替えに戻って「手紙、ちゃんと出してきましたので」と言うと、ベクレル伯爵夫妻は心底嬉しそうな表情を浮かべていた。

 昨夜遅い時間だったにも関わらず「今からアンジェス国にいる何名かに宛てて手紙を書きます。封蝋と印章を出来ればお借りしたいのですが……せっかくですから、お二人もシャーリーに宛てて何か書かれますか?」と尋ねてみれば、二人は大きく目を見開いた後――明け方までかかって、何やら書き上げたらしく、ギルドに行く前には、しっかりとそれを手渡されていた。

 シャルリーヌには、ご両親からの手紙とは別に、私の方からもセルヴァン経由ならすぐにはバレない筈だから、近況報告だけでも書いてあげたら?と書いておいたので、そう遠くない内に返事はくるだろう。

 ちなみに私の話のメインは、未使用だったドレスを何着か着る事になってゴメンなさいと言う事だ。
 胸囲が合わないとか、その辺りの僻みは心の奥底にしまっておく。

「エヴェリーナ様とお話しになるのでしたら、ラハデ公爵様の時以上に気合を入れなくては!」

 そして、フィロメナ夫人と侍女さんたちの、前回以上の気合の入りようで、またまたシャルリーヌのクローゼットから、あーでもないこーでもないと、ドレスが引っ張り出された。

 最終的に決められたドレスは、淡く薄い水色のビスチェドレスに、二の腕あたりまでをカバーする肩掛けは、花に包まれる丸い襟に、少し透けるレースの様なデザインが施されていた。また、ドレス自身にも腰回りを中心に花が沢山縫られており、華やかさに欠けのない、 自然な可愛さが溢れる仕様になっていた。

 シャルリーヌがギーレンを出国する前から注文されていたものだと言うなら、この若干フローラルな感じも、10代半ばから後半の少女が着用すると言う前提で、致し方ないと言うところだろう。

 フィロメナ夫人曰く、エヴェリーナ妃主催の個人的な茶会と言う事なら、清楚さを全面に出す方が良いとの事だった。

 ドレスが一色であっても、さりげなく〝青の中の青〟がそれをカバーしているから、それで大丈夫と言う事らしい。

 ネックレスの説明は特にしていないのだけれど「外すと言う選択肢の方がない」と私が言った時点で、皆さま何かしら思うところがあったみたいだった。

 見るからに価値がありそうだと、私より余程貴族の持ち物を見慣れた皆さまには、きっと早々にご理解頂けたんだろう。

 それにしても、道理で「ギルドに手紙を出した足で、そのままラハデ公爵邸に行く」と言った時点で一斉に反対された筈だ。

 ドレス姿自体が、馬車から下りた瞬間に、ギルド内で目立ちまくったに違いなかった。

「気を付けて」

 何をもって茶会が「成功」となるのか、相手側の思惑と着地点が未だ読めないため、ベクレル伯爵もそれしか言えなかったんだろう。

 私も軽めの〝カーテシー〟で「行ってきます」とだけ、頭を下げた。

「どうやら植物園の方は、エドベリ殿下とアンジェスの聖女が到着したみたいだ。まあ、今の時間帯なら、途中どこかで出くわすと言う事もないだろう」

 小窓越しの馭者席からそう言ったのはイザクで、馬車の中、私の向かいには、シーグが居心地悪そうに腰かけていた。

 彼女はやっぱり、イザクの薬が完成するまではどうしても見ていたいらしく、当分はエドベリ王子や双子の〝リック〟のところに戻るつもりはないようだった。

 そもそも出発前時点で、アンジェスに送り込まれたギーレンの間者は全て捕縛されているし、何ならシーグは、捕虜の中から一番に見せしめとして殺されたていになっている。

 それもあって、今、シーグの中では、自分の中にある「毒物」取扱に対する知的研究心が、疼いて仕方がないみたいだった。

 ギーレン到着後、すぐにエドベリ王子の所に走られても仕方がないと思っていたところはあったのだけれど、良い方向に予想外な形で、彼女はまだこちら側に残っていた。

 ある意味立派なマッドサイエンティスト予備軍だとも言えるけど。

 今日はゲルトナーが先んじてラハデ公爵邸に向かっているのと、前回と面子を変えない方が良いんじゃないかと言う事で、中に入るのは馬で付いて来ているトーカレヴァと言う事で、役割は分担されていた。

 シーグ自身は、馬車の中に残って貰う事になっている。

 前回とは逆に、エドベリ王子達がシーカサーリを訪れるなら、シーグは念のため離れた所に居させようと言う事になったのだ。

 そしてやはり、シーカサーリから出て行くよりも、やって来る方が王家の護衛達も警戒するのだろう。
 こちらの馬車は特にトラブルもなく、古城ホテル…もとい、ラハデ公爵邸に辿り着いた。

「――ようこそお越し下さいました、ユングベリ様。本日の茶会は、外のガゼボで行わせていただきますが、ユングベリ様のご到着を、別の者がガゼボまで知らせて参りますので、その者が戻りますまでは、いったん『控えの間』でお待ち下さいますでしょうかとの、あるじよりの言付けでございます」

 前回と同じ執事姿の男性が、玄関ホールでそう言って頭を下げた。

 どうやらいきなりガゼボに連れて行かれなかったと言う事は、一応「客」として認められていると言う事らしい。

 いきなりガゼボに案内すると言うのは、基本的には「邸宅やしきの中に招き入れるのに値しない」と言う無言の主張だと、ヨンナが言っていたのをその時私は思い起こしていた。

「分かりました、宜しくお願いしますわ」

 私はそれだけを答えてにこやかに微笑むと、そのまま執事の後に付き従って歩を進めた。

 エヴェリーナ妃とコニー第二夫人が茶会の主催と参加者とは聞いていたけど、よく考えると、ここはラハデ公爵邸なのだから、公爵が彼女たちと一緒に居たって不思議じゃないのかも知れない。

「こちらが『控えの間』でございます。後ほどお飲み物をお持ち致しますので、しばらくお待ち下さいますでしょうか」

 しばらくって何だと思ったけど、そう言えばイデオン公爵邸だって、邸宅やしきからガゼボまでの距離はあった。

 こんな古城ホテル並みの建物と敷地があるなら、ガゼボに人が行って戻って来るまで数分と言うワケには、きっといかないのだろう。

 内開きの『控えの間』の扉の片方が執事によって押され、私は「ありがとう」と鷹揚に頷きながら、中へと足を踏み入れた。

 このあたり、多少はヨンナとセルヴァンによる淑女教育の成果は出て…いると良いんだけど。

(うわぁ……)

 扉が閉まる音を背中に聞きながら、私はちょっと唖然と天井を見上げていた。

 前回は質実剛健を絵に描いたような書斎に居ただけだったので気付かなかったけれど、アーチ状になった天井から壁にかけて、この部屋に描かれているのはまるで宗教画だ。

 これで『控えの間』とは、恐れ入る。
 やっぱり「古城ホテル」で表現としては合っているような気がした。

「―――レイナ」

「⁉」

 …聞こえる筈のない声が、背中越しに聞こえた。
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