上 下
138 / 818
第一部 宰相家の居候

205 空耳じゃない

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 お茶会の為に着替えに戻って「手紙、ちゃんと出してきましたので」と言うと、ベクレル伯爵夫妻は心底嬉しそうな表情を浮かべていた。

 昨夜遅い時間だったにも関わらず「今からアンジェス国にいる何名かに宛てて手紙を書きます。封蝋と印章を出来ればお借りしたいのですが……せっかくですから、お二人もシャーリーに宛てて何か書かれますか?」と尋ねてみれば、二人は大きく目を見開いた後――明け方までかかって、何やら書き上げたらしく、ギルドに行く前には、しっかりとそれを手渡されていた。

 シャルリーヌには、ご両親からの手紙とは別に、私の方からもセルヴァン経由ならすぐにはバレない筈だから、近況報告だけでも書いてあげたら?と書いておいたので、そう遠くない内に返事はくるだろう。

 ちなみに私の話のメインは、未使用だったドレスを何着か着る事になってゴメンなさいと言う事だ。
 胸囲が合わないとか、その辺りの僻みは心の奥底にしまっておく。

「エヴェリーナ様とお話しになるのでしたら、ラハデ公爵様の時以上に気合を入れなくては!」

 そして、フィロメナ夫人と侍女さんたちの、前回以上の気合の入りようで、またまたシャルリーヌのクローゼットから、あーでもないこーでもないと、ドレスが引っ張り出された。

 最終的に決められたドレスは、淡く薄い水色のビスチェドレスに、二の腕あたりまでをカバーする肩掛けは、花に包まれる丸い襟に、少し透けるレースの様なデザインが施されていた。また、ドレス自身にも腰回りを中心に花が沢山縫られており、華やかさに欠けのない、 自然な可愛さが溢れる仕様になっていた。

 シャルリーヌがギーレンを出国する前から注文されていたものだと言うなら、この若干フローラルな感じも、10代半ばから後半の少女が着用すると言う前提で、致し方ないと言うところだろう。

 フィロメナ夫人曰く、エヴェリーナ妃主催の個人的な茶会と言う事なら、清楚さを全面に出す方が良いとの事だった。

 ドレスが一色であっても、さりげなく〝青の中の青〟がそれをカバーしているから、それで大丈夫と言う事らしい。

 ネックレスの説明は特にしていないのだけれど「外すと言う選択肢の方がない」と私が言った時点で、皆さま何かしら思うところがあったみたいだった。

 見るからに価値がありそうだと、私より余程貴族の持ち物を見慣れた皆さまには、きっと早々にご理解頂けたんだろう。

 それにしても、道理で「ギルドに手紙を出した足で、そのままラハデ公爵邸に行く」と言った時点で一斉に反対された筈だ。

 ドレス姿自体が、馬車から下りた瞬間に、ギルド内で目立ちまくったに違いなかった。

「気を付けて」

 何をもって茶会が「成功」となるのか、相手側の思惑と着地点が未だ読めないため、ベクレル伯爵もそれしか言えなかったんだろう。

 私も軽めの〝カーテシー〟で「行ってきます」とだけ、頭を下げた。

「どうやら植物園の方は、エドベリ殿下とアンジェスの聖女が到着したみたいだ。まあ、今の時間帯なら、途中どこかで出くわすと言う事もないだろう」

 小窓越しの馭者席からそう言ったのはイザクで、馬車の中、私の向かいには、シーグが居心地悪そうに腰かけていた。

 彼女はやっぱり、イザクの薬が完成するまではどうしても見ていたいらしく、当分はエドベリ王子や双子の〝リック〟のところに戻るつもりはないようだった。

 そもそも出発前時点で、アンジェスに送り込まれたギーレンの間者は全て捕縛されているし、何ならシーグは、捕虜の中から一番に見せしめとして殺されたていになっている。

 それもあって、今、シーグの中では、自分の中にある「毒物」取扱に対する知的研究心が、疼いて仕方がないみたいだった。

 ギーレン到着後、すぐにエドベリ王子の所に走られても仕方がないと思っていたところはあったのだけれど、良い方向に予想外な形で、彼女はまだこちら側に残っていた。

 ある意味立派なマッドサイエンティスト予備軍だとも言えるけど。

 今日はゲルトナーが先んじてラハデ公爵邸に向かっているのと、前回と面子を変えない方が良いんじゃないかと言う事で、中に入るのは馬で付いて来ているトーカレヴァと言う事で、役割は分担されていた。

 シーグ自身は、馬車の中に残って貰う事になっている。

 前回とは逆に、エドベリ王子達がシーカサーリを訪れるなら、シーグは念のため離れた所に居させようと言う事になったのだ。

 そしてやはり、シーカサーリから出て行くよりも、やって来る方が王家の護衛達も警戒するのだろう。
 こちらの馬車は特にトラブルもなく、古城ホテル…もとい、ラハデ公爵邸に辿り着いた。

「――ようこそお越し下さいました、ユングベリ様。本日の茶会は、外のガゼボで行わせていただきますが、ユングベリ様のご到着を、別の者がガゼボまで知らせて参りますので、その者が戻りますまでは、いったん『控えの間』でお待ち下さいますでしょうかとの、あるじよりの言付けでございます」

 前回と同じ執事姿の男性が、玄関ホールでそう言って頭を下げた。

 どうやらいきなりガゼボに連れて行かれなかったと言う事は、一応「客」として認められていると言う事らしい。

 いきなりガゼボに案内すると言うのは、基本的には「邸宅やしきの中に招き入れるのに値しない」と言う無言の主張だと、ヨンナが言っていたのをその時私は思い起こしていた。

「分かりました、宜しくお願いしますわ」

 私はそれだけを答えてにこやかに微笑むと、そのまま執事の後に付き従って歩を進めた。

 エヴェリーナ妃とコニー第二夫人が茶会の主催と参加者とは聞いていたけど、よく考えると、ここはラハデ公爵邸なのだから、公爵が彼女たちと一緒に居たって不思議じゃないのかも知れない。

「こちらが『控えの間』でございます。後ほどお飲み物をお持ち致しますので、しばらくお待ち下さいますでしょうか」

 しばらくって何だと思ったけど、そう言えばイデオン公爵邸だって、邸宅やしきからガゼボまでの距離はあった。

 こんな古城ホテル並みの建物と敷地があるなら、ガゼボに人が行って戻って来るまで数分と言うワケには、きっといかないのだろう。

 内開きの『控えの間』の扉の片方が執事によって押され、私は「ありがとう」と鷹揚に頷きながら、中へと足を踏み入れた。

 このあたり、多少はヨンナとセルヴァンによる淑女教育の成果は出て…いると良いんだけど。

(うわぁ……)

 扉が閉まる音を背中に聞きながら、私はちょっと唖然と天井を見上げていた。

 前回は質実剛健を絵に描いたような書斎に居ただけだったので気付かなかったけれど、アーチ状になった天井から壁にかけて、この部屋に描かれているのはまるで宗教画だ。

 これで『控えの間』とは、恐れ入る。
 やっぱり「古城ホテル」で表現としては合っているような気がした。

「―――レイナ」

「⁉」

 …聞こえる筈のない声が、背中越しに聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。