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第一部 宰相家の居候

203 シーカサーリの長い夜(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 アロルド・オーグレーンの評判は、一般的には最底辺にあるけれど、もしかしたら心酔していた使用人だっているかも知れない。

 本人やカリタ妃ではなく、その周囲で、遺品として預かった誰かがいたかも知れない。

 そんな使用人あるいは一族の生き残りなんかが、エドヴァルドに「けじめ」をつけさせようと、持ち出して来たのかも知れないし、オーグレーン家の行く末を心底憂いているのかも知れない。

 エドヴァルドとオーグレーン家の繋がりを、少なくとも私から明かす訳にはいかないのだから、その辺りの「もしかしたら」は、口には出せない。
 出せないけど「悪意と自覚のない内通者」と言えば、多分エドヴァルドなら、察せられる。 

「ま…まあ私が今言った『内通者』の話って、その書物が本物だったらって言う前提だけどね?でも偽物だったら、エドヴァルド様も速攻暖炉で燃やしてそうだしね……」

 言いながら私が首を傾げていると、またあらぬ方向を見ながら、謎の「霊媒師風」やり取りをしているゲルトナーが口を開いた。

 だから怖いってば!夜遅いし余計に‼

「…お館様は、その原本をお嬢さんにも見て欲しいと。ただ普通に持ち出すと、城の外で張ってる王宮の〝影〟連中に見つかる可能性が高いから、次の外出に合わせて持ち出すつもりらしい」

「次の外出」

「…エヴェリーナ正妃から招待されている日があるらしい。場所は、ラハデ公爵邸。明日の午前中。誰かそこまで取りに行けるか?と」

「…っ、ラハデ公爵邸に明日エドヴァルド様が⁉」

 ゲルトナーの言葉に驚いたのは、もちろん私だけではない。その場にいた、全員がそれぞれの性格に応じて目を瞠っている。

「…エドベリ殿下と聖女マナとがシーカサーリ王立植物園の視察に行くのに被せてきたんだろうとの事だ。その方が会っていた事が分かりにくくなるし、分かったとしても、もう会ってしまった後になるだろうから、と。なかなか一筋縄ではいかなそうな妃だと」

「確かにね……。ゲルトナー、私も午後からそこに行くって伝えられる?私に見せたいって言う事は書物は王家が仕込んだ偽物じゃないって事なのよね?誰か一人先に行かせ――ファルコ?え、違う?ゲルトナーを行かせるって言う動作ゼスチャーなのそれ?そ、そう……じゃあゲルトナー、自分でそれ伝えて?」

「…ナシオが『内通者』の件も含めて、承知したと。お館様にも伝えると」

 そこで話の区切りかと思いきや、急にゲルトナーの顔色が悪くなった。

「?」

 皆が不思議そうに見守る中、彼の口から衝撃的な言葉が発せられる。

「…お館様が、お嬢さんの中の『懲りる』と言う単語が地の果てまで旅に出ているようだから、全員アンジェスに戻ったら覚悟しておけと。暴走を止めなかった時点で、全員同罪だ、と」

「―――」

 まだエドヴァルドとの関わりがほとんどない、トーカレヴァとシーグを除く全員の顔色が、ゲルトナー並みに青くなった。

「暴走ってヒドイ……」
「阿呆。ツッコむところ、そこじゃねぇだろ。何でベクレル伯爵邸でじっとしていないんだって話だろ」
「まあ、勝手に架空の商会立ち上げて、街中に書面配って、植物園の研究施設にまで入りこんでるんじゃな……」

 え、結局ファルコもイザクも「暴走」は訂正してくれないんだ⁉

「そ、そりゃ、全部エドヴァルド様がギーレンに出発してからやってるから、事前の説明が足りなかったかも知れないけど……」

「「「ちょっと」」」

 待って、今、何人が声を揃えたの⁉

「お館様、その書物に書かれていた事でかなり思うところがあったみたいで、今、怒りでだいぶ荒れておいでらしい。だから、冗談抜きで覚悟した方が良いと――ナシオが」

「いやぁっ、そんな死刑宣告要らない――‼」

 頭を抱えて思わず叫ぶ私を、フォロー出来る余裕のある人間は誰もいなかった。

「ちょ…ちょっと、ラハデ公爵邸で出くわさなくて…午前と午後で良かったかも……?」

「いやいや、お館様連れて帰るんだろ?それが流石に明日じゃないにしても、そりゃ単に何日か寿命が延びただけだろ?現実見ろ?」

「寿命とか言わないで、ファルコ⁉って言うか全員同罪だって、エドヴァルド様言ってたし!」

「誰の所為せいだよ、俺ら確実にとばっちりだろ!キヴェカス山脈の奥地の氷窟に置き去りにされたみたいな猛吹雪にさらされてみろ?下手な拷問より始末に負えねぇんだぞ⁉」

 どうも誇張ではないようで〝鷹の眼〟の皆は激しくファルコに同意している。
 …エドヴァルドの魔力って、一体。

 と言うか、そこまでいっても〝転移扉〟の維持にはまだ足りないと言うのだから、それは〝扉の守護者ゲートキーパー〟はどこでも争奪戦になる筈だ。

 閑話休題それはさておき

「大丈夫!皆で一緒に仲良く氷漬けになる覚悟は出来た!」

ちげぇだろ!アンタは無茶のしすぎを反省しろ、反省!懲りるの次は反省まで行方不明か⁉︎」
「一緒に氷漬けはやめてくれ。そんな状況になった日には、俺らだけ粉々にされて終わりだ」

 いちいち一言多いです、そこの〝鷹の眼〟ツートップ。

「あ…あの…組合からの馬車が来たと、今、警備員が……」

 恐る恐る会話に入って来たシーグ、ナイスタイミング。

「じゃあ帰りましょう!イザクも、今日は居残り却下って室長言ってたし」

 まだ言い足りない風のファルコと、視線が冷たいイザクにサッと背を向けて、私は食堂を出た。

 この期に及んで、帰ってから手紙を書くとか言ったら、更に怒られそうな気がしたからだ。

(私は…ギーレンサイドでの転移扉の情報流出疑惑とか事件とかはプレイした記憶がないけど、私よりギーレンサイドをやりこんでたって言うシャーリーは、もしかしたら違うかも知れないし……念のため、確認しておこう)

 お茶会の前にシーカサーリ商業ギルドに寄って、状況報告方々セルヴァンに手紙を出して、ボードリエ家にも届けて貰えば良いだろうし。

 直接ボードリエ伯爵邸宛に出してしまっては、表向きレイフ殿下派閥のままの伯爵に、いらぬ好奇の目が向く事にもなりかねない。

 せっかくだから、ベクレル伯爵夫妻にも、娘宛に何か書いて貰っても良いかもしれないと思いながら、私は帰途に着いた。

 ――きっとあの心優しい夫婦は、何だかんだと寝ずに待ってくれている様な気がしたから。
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