聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

201 ラスボス室長⁉

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 夜。
 単に保管庫で待ち伏せすると、相手側を捕まえられないとの話になり、窓のない実験用の暗室で、私とイオタとイザク、リュライネン、サンダール、キスト室長が密かに待機する事になった。

 ここなら、一度帰宅したフリをして戻って来ても、外に灯りが洩れないから分からないだろうとの話になったのだ。

 保管庫近くで待ち伏せして、後をつける役目は、ユングベリ商会の従業員兼護衛にやらせると言う話で、室長達の反対を押し切った。

 万一途中で姿を見られても、清掃なり警備なりに来ている修道院の誰かだと思われるだろうから、ギリギリまで自分たちは出ない方が良いとの話に、室長達も反論が出来なかったのだ。

「しかし何も、ユングベリ嬢やイオタ君までこの場に居ずとも……」

「イザクが罪をなすり付けられそうになったと言う事で、商会の従業員達、皆憤ってますから。私がいないと、彼らも暴走しかねませんので」

「……私は、さすがにお嬢様をお一人で、こんな夜更けに、男性ばかりのこの場には残せませんので」

「……一番暴走しているのってお嬢様でしょうよ。植物園ここに来る時もそうでしたけど、俺が『一人でも行ける』って言う事に全く耳を貸して下さらないんだから」

 え、シーグもイザクも何で私が一番問題みたいな言い方⁉
 室長まで「…確かに」って納得するの止めて貰えません⁉

「まあまあ。ここまできたら、もう今更だろう」

「……そう言うサンダールさんは?」

「うん?ああ、まあ…ロイリーの付き添いだな。コイツ、研究以外の事はかーなーりポンコツだから、証言には向いてないんじゃないかと言う、気遣いだ」

「―――」

 全員の目が、じっとリュライネンの方に向く。

「……やってみなければ分からないだろう、そんなもの」

 ぶっきらぼうに視線を逸らすリュライネンに「あ、この人ダメだ」と思ったのは、多分私だけじゃなかったと思う。何なら本人以外、全員だ。

 な?とでも言いたげにサンダールが肩をすくめているそこに、暗室の扉が軽くノックされた。

 ただし外に光が洩れるので、扉は開かれない。
 あくまで自然な感じを装ったイザクが立ち上がって、扉に耳を近づけた。

 うーん、あんなのでも聞こえ…るんだろうな。イザクだし。

「どうも三人ほどで、保管庫から抱えられるだけ薬草抱えて、表の雑木林の方に歩いて行ってるらしいですが…どうするんです、お嬢様?これだけの人数がいっぺんに歩いたら、枝踏んだり枯草踏んだりする音で、近づいてなくてもバレるかも知れませんけど」

 うわぁ…素人は引っ込んでろオーラがバチバチです、イザクさん。
 一応植物園ココではアナタも素人仲間なのに。

 さすがに分かってるよ?分かってるんだけどね?

 とりあえず私は、サッと扉の方に近づくと、こっそり耳打ちした。

「じゃ、じゃあ…とりあえず、三人も、王宮から来る方も、どっちもその場で縛り上げておいてくれない?話を聞きに行くだけなら、良いでしょ?荒事は手を出さずノータッチで」

「まあ…それなら妥協出来なくはない」

「あとね、王宮から来る方に、情報盗んで何するつもりだったのか、先に聞き出しておいて?ウソの手紙出したのバレたら面倒だから、そっちは気絶させちゃって良いよ。どう考えても今の時期、エドヴァルド様狙いで動いてるとしか思えないから、もう、微に入り細に入り聞いておいて?」

「……あのな」

「ユングベリ嬢?イザク?」

 ファルコじゃないけど、イザクも何でそう思考が物騒な方にすぐ行くのかと問い詰めたかったっぽいところが、流石に不審げになってきたキスト室長の声で、ヒソヒソ話はいったん中断した。

「あー…えー…ユングベリ商会の優秀な護衛に、とりあえず先に行って、現場押さえて、縛っちゃってって言いました。ほら、この部屋、どう見ても腕っぷしダメダメ揃いじゃないですか。その上キスト室長とか、特にお立場的にケガしちゃマズイでしょうし」

「…いや、怪我をしたらまずいのは、私だけじゃないだろう」

 ダメダメ揃いと言われてリュライネンとサンダールはダメージを受けてるみたいだけど、キスト室長は流石に踏みとどまっていた。

「室長、お嬢様はコレが通常運転ですから、慣れて下さい」
「いや…それは慣れない方が…」
「なら諦めて下さい、で」

 エラい言われようだとは思うけど、その間にどうやらファルコ達が雑木林に先行してくれたっぽい(イザクがゼスチャーしてきた)ので、私も文句は言えなかった。

 そうこうしているうちに、さほど間を置かずに、再び扉はノックされた。

「お嬢様。もう一回聞きますけど――行くんですね?」

 もちろん、と私はイザクにニッコリ笑いかけた。

*        *         *

「し…室長……」

 スヴェンソン、ブラウリオ、シーロの三人の研究員は、蔦に似た切れにくそうなロープ状の何かで後ろ手に縛られて、地に座らされていた。

 最初ファルコ達に悪態をついていたっぽかったけど、足元の草をかき分けるようにして現れたキスト室長の姿に、薄暗い月明かりの下でも、顔色は完全に変わっていた。

「ユングベリ嬢から聞いた時には、まさかと思っていたが――残念だな」

「違います!我々はそんなポッと出の商会連中を信用なさるなどと、室長らしくないと、目を醒まして頂こうと、それで――」

「私は、私の信用する人間を一人一人君たちに許可して貰わないとならないのか?いつの間に、私に指示を出せる立場になった?」

「……っ」

 普段、だいぶオタクっ気はあるけれど、割と穏やかな方だと思っていたキスト室長の本気を、この時見た気がした。

 スヴェンソンらを完全に圧倒してしまっている。

 貴方の為にと、一見耳に良さげな事を言ってはいるが、あくまでそれは「感謝して自分たちを取り立てろ」と言う、好意の押し付けだ。

 キスト室長は、彼らのそんな浅ましい内心を、とうに見透かしているようだった。

「ユングベリ嬢。彼らのは任せても?」

 ひいっ、と声が聞こえた気がしたけど、キスト室長は明らかに聞こえないフリをしていた。

「…と言う事は、自警団以外の所にする件、室長公認と言う事で宜しいんですよね?」

「構わない。植物園こちらで新薬の実験台にする事も考えたが、流石に今日までの同僚を、他の研究員も実験台にする事は嫌がるだろうし、そうなった経緯も明かさないといけなくなるからな。単に引き抜かれたとしてユングベリ商会とリュライネン、サンダールに箝口令を敷く方が余程妥協の出来る落としどころだ」

 室長、マッドですか。
 オタクが突き抜けてマッドサイエンティストに片足突っ込んでますか。
 私はよく「懲りる」が行方不明と言われますけど、室長は「倫理」や「尊厳」が行方不明じゃないですか。

 研究員三人の顔色は、すっかり土気色だ。

「えー…では、彼ら三人の取引相手の方も、こちらで預かっていきますね?」

「むしろユングベリ嬢はそちらが主目的だったのでは?まあ、植物園の醜聞をもみ消してくれる事に感謝して、今回だけは目を瞑らせて貰おう」

「―――」

 どうやら内緒話が聞こえなかった割に、察せられるところはあったらしい。

 このヒトは、やっぱり室長になるべくしてなったんだなぁ…と、ちょっと遠い目になってしまった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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