上 下
110 / 801
第一部 宰相家の居候

【宰相Side】エドヴァルドの秘鍵(前)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ナリスヴァーラ城(旧オーグレーン城)に関しては、最後の当主アロルド・オーグレーンが没してよりこちら、誰も住んでいなかったとの話ではあったが、予め申請を出せば滞在の許可が下りることもあって、時折貴族が別荘代わりに短期滞在をしたり、周辺住民に不定期に一般開放をして、庭などで「市」の様な行事を執り行ったりする事もあったらしい。

 なので、思っていたより寂れてはおらず、適度に手入れもなされていた。

 この城に着いてよりこちら、ひっきりなしに周辺領主や貴族たちからの招待状が届けられはするものの、私は城の執事であるベレンセに、王族関係者あるいはラハデ公爵、キスト植物園研究施設室長、ベクレル伯爵を除いては、受け取る必要もないと言い聞かせておいた。

 ついさっきまでは、ベレンセ曰く「イルヴァスティ子爵家の家紋を馬車に付けた」馬車と使者が来ていたらしかったのだが、私は「使者が持つ手紙だけ預かったら、馬車ごと速やかに帰らせろ。もてなしの必要もない」と、それ以上はベレンセに対応を任せて、自分は書庫から一歩も出なかった。

 お付きの者か誰かが「馬車の中にはがいらっしゃいます。お会いになられないなどと、世に名だたる宰相閣下のなさりようとは思えません」などと玄関ホールで喚いていたようで、最初ベレンセも困惑していたらしいのだが、私が「首と胴が離れたいのか?」と、先日念押しした事をさりげなく仄めかせれば、あっさりと、使者と馬車を追い返す方を選んだ。

 極端な話、この城から締め出されたイルヴァスティ子爵令嬢が、帰路に就いた途中に何かがあったとしても、私の良心は欠片も刺激されない。

 例え戻る途中で日が暮れるとか、夜の寒空の中令嬢を放り出すのかとか喚かれても、だ。

 そもそも、言うに事欠いて誰が「やんごとなき方」なのだと言う話だ。

 とりあえず渋々手紙だけは受け取らせて中を開ければ、それはエドベリ王子から伝言として託されたものだったらしく、要約すると聖女マナを連れて、シーカサーリと言う街にある王立植物園に見学に行くが、ついて来るか――と言った内容だった。

 さすがにこれは、無視出来そうにない。
 それに、あの植物園のキストと言う室長は、ギーレン国の当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟である男性ラガルサの正確な病状を恐らくは把握している様に見えた。

 本当に〝転移扉〟を動かせない程魔力が消耗しているのか、本人とほとんど話せなかった以上は、キストに確かめてみるのも一案かも知れないと思っていたところに、ベレンセが今度は、エヴェリーナ正妃からだと言って、更なる手紙を持ち運んで来た。

「……っ」

 ――それは、ラハデ公爵邸で開かれる、妃とコニー第二夫人とを招いての「茶会」への招待状だった。

 この招待状が書かれたと言う事は、間違いなくレイナが彼女の懐に飛び込んだと言う事だ。

 二国間の戦争を引き起こす事なく、大手を振って帰国するには、この正妃の協力が不可欠だと、やはり察して、行動を起こしたのだ。

「……くくっ」

 口元に、我知らず笑みが浮かんだ。

「これは……植物園は、却下だな」

 エヴェリーナ正妃、コニー第二夫人と繋ぎをとる方が、現時点では優先順位は上だ。

 私はそれぞれに返信をしたためた後、しばらく書庫にこもるから、くれぐれも邪魔をしないようにと言い置いて、主だった使用人たちの足音が遠ざかったところで、フィトから、レイナ側にいるファルコたちからの情報を聞いて、話のすり合わせをする事にした。

「えー…ファルコからは『一言で言うと、お嬢さんの辞書の中の「懲りる」と言う単語は、地の果てまで旅に出ているようだ』と、まず、お館様に伝えるように言われました」

「………何?」

 ただ、予想だにしなかったフィトの第一声に、私はすぐには言葉を続けられなかった。

 その後、ベクレル伯爵領がシーカサーリ王立植物園を抱えているため、伯爵の口利きで研究施設に入り込み、例の「全ての毒を無効化する薬」を更に完全なものにしようとしている事や、広告宣伝費で印刷費用を賄うと言う、恐らくまだ誰も取り掛かった事のないやり口で、無料の紙面配布を行って、王家を追い込む「噂」を広めようとしている事などを聞かされるに至っては、気のせいか頭痛を覚えた程である。

「……レイナ……」

 研究施設に入り込んだところで、レイナ自身は薬の開発は出来ないだろうと思いきや、そちらはイザクに任せて、本人はイザクの助言で、公爵邸にいた時から確かに言っていた「植物と食事と健康維持」の関係性を研究課題に挙げて施設に入り込み、更にあの室長キストから、街の出版社への口利きをもぎ取ったらしい。

 その上商業ギルドにも紙面に関する話を通したらしく、植物園に入り込むためだけに立ち上げた筈の、架空の「ユングベリ商会」とやらが、今や、本当に立ち上げなくてはならないのではと思える程、街に定着をしてきているらしかった。

 と言うか、商業ギルドで身分証を作らせる事は、懐中時計を渡す事で有耶無耶にした筈だったのに、どこをどうして、今「ユングベリ商会」なるものが立ち上がっていて、あの、どう見ても只者とは思えないキスト室長と、日々研究施設で顔を会わせるような事態になっているのか。

「……なるほど確かに『懲りる』と言う単語は、地の果てまで旅に出ているな……」

 低い声で呟いた私に、フィトは「寒っ」と身体を振るわせていた。
 ちょっと、うっかり、部屋の室温を下げてしまったかも知れない。

「そ、それでですね、どうやらお館様が今お持ちの薬の情報、王宮サイドから狙われているようで、その対応でファルコ達、ちょっとバタバタしているようです。カタが付いたところで、また連絡は入れるとの事でしたが」

「状況は理解した。全員、帰ったら覚悟しろと伝えておけ。レイナのを止めていない時点で、全員同罪だとな」

「は…はは。了解しました、お館様」

「こちらからは、エヴェリーナ正妃主催の茶会に出席する予定があると言付けておけ。その日、聖女マナとエドベリ王子が植物園の視察に行く予定だと言うのは、もしかしたらキスト室長経由で聞いているのかも知れないが、念のためこちらからも伝えておけ。レイナならば、何とか彼らと遭遇しないよう、自力で対策は講じると思うがな」

「――お館様、失礼いたします」

 フィトが了承の意をこめて頭を下げるのと前後するように、不意に物陰から、ナシオが姿を現した。

「どうした、ナシオ」

「この城内、隠し部屋の他にも隠し金庫まであったようで……手分けして城内をくまなく確認している途中に、こちらを見つけまして」

 古びてくすんではいるが、貝殻を彫り込んだ見事な細工の箱を、ナシオが差し出してくる。

 受け取って蓋を開ければ、中には、重要性の高い文書にのみ使用されると言っても良い、羊皮紙の写本が1冊収められていた。

 箱は近くの机の上に置き、私はそっとその本を手に取ると、冒頭の数ページにざっと目を通した。

「なっ……⁉」

「御心配なく。我々、誰も中に目を通してはいません。表紙には何も書かれていませんし、この書籍自体のを考えて、迂闊に手にとって良いとも思えませんでしたので」

 私の顔色が変わったのを見て、ナシオがすぐにフォローを入れてきた。

 それで良い、と私は頷かざるを得なかった。

「何故こんな物がこの城に……いや、そもそも本物なのか……?」

 ――それは本来、こんなところにある筈のない、ギーレン国内の転移扉の設置に関する機密情報が記された1冊だった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,401

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。