上 下
124 / 818
第一部 宰相家の居候

193 早退します

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 本日の王立植物園食堂ランチ。

・クリーミーロールキャベツ(何肉のミンチかは怖くて聞けず…)
・具だくさんアヒージョ(トウモロコシ、そら豆、ブロッコリー、マッシュルーム)
・バゲットパン+ほうれん草ペースト

 ※ほうれん草ペーストは大量作成の上、明日はナンと合わせてスパイスカレーになる予定。

 研究をしているのか、給食担当の管理栄養士をしているのか……以下略。

 献立だけを食堂で相談した後、私はキスト室長に連れられて一般開放区、つまりは植物園側のデルリオ・ソルディーニ園長の所を、訪れていた。

 植物園サイドの園長は、代々、園内の植物の手入れに携わってきた職員の中から選出される、所謂「叩き上げ」だそうだ。

 だから高度教育を受けて研究に没頭する環境から室長となる、研究施設サイドの方が、公的な地位が上となる事が多いのだろう。

 実際ソルディーニ園長は平民上がり、園長としての〝名誉貴族〟だが、キスト室長は実家が辺境伯家と言う生粋の貴族階級者だし、ソルディーニ園長自身は既に老年期に差しかかった、好々爺の印象が色濃い男性だった。

 ただ、とりたてて仲が悪そうにも、ソルディーニ園長がキスト室長に媚びへつらっている様にも見えない。
 それぞれが、それぞれの仕事に理解があると言った感じに見えた。

「園内地図や見ごろを迎えた植物を、訪れる人達に事前に配って把握して貰うと言うのは、確かに良い試みですな。植物の世話をしている最中の従業員を捕まえて『今、何が見ごろですか?園内のどこに行けば見られますか?』なんて質問が昔からしょっちゅうありましたし、声をかけられたのがたまたま修道院からの派遣者だったりすると、騒動になる事もありましたからなぁ……」

「そうなのか」

「まぁ、園の外から自警団を呼ぶような騒ぎにならない限りは、園内、それもその場限りで収まりますから。室長がご存知ないのも無理からぬ事と思いますよ」

 逆に、キスト室長が持つ貴族としての肩書を必要としない内に、騒動を収めてしまっているソルディーニ園長の手腕は、褒められてしかるべきじゃないだろうか。

 分かっているのかキスト室長も、二、三度頷いただけだったけれど。

「あの、園内でも研究施設側でも修道院でも構いませんので、そう言った記事や、植物のイラストを書ける人を何人か選んで下さいませんか。一人だと日常業務にしわ寄せがいくかも知れませんし、何人かで交代か、共同か、そう言った形で定期的に発行出来ればと考えているんですけど」

 私がそう口を開くと、園長と室長は、一瞬だけ視線を交錯させた。

「それは……多分、研究施設側からは選ばない方が良いだろうな。いや、やりたくないとかそう言う事ではなく、まず間違いなく記事が論文調、専門用語過多になって、一般客が読める代物じゃなくなるのが目に見えている」

「確かに……申し訳ないが、否定出来ませんな」

 キスト室長の言葉に内容の想像が出来たのか、ソルディーニ園長も薄く笑っている。

「とりあえずチェルハ出版のヒディンクさんが、記事さえあればいつでも試作すると仰って下さっているので、一度、配布を見越した仮記事とイラストを、どなたかにお願いして頂けないでしょうか?」

 今日、園に来ていない従業員もいるから、ここ何日かの内に、何人かに声をかけて見るとの、事実上の承諾を園長から貰って、私はキスト室長と研究施設の方に戻った。

「お嬢様。ちょうど良かった。実はベクレル伯爵邸から、急ぎの知らせと言う事で、これが今……」

 戻って来るのを待ちかねたかの様に、イザクが研究室の扉を叩いて、中に入って来た。

「ベクレルの小父おじ様から?」

 キスト室長がいるので、イザクは「お嬢様」呼びだし、私はベクレル伯爵を「小父様」と呼ぶ。

 とりあえず、室長に断りを入れつつも、その場で手紙の封を開いた。

「……キスト室長」
「どうかしたか?」

「すみません、ベクレルの小母おば様が体調を崩されたらしくて……熱を下げる様な薬草があれば、少し分けて欲しいそうなのですが……そちらを頂いて、今日は看病に帰らせて頂いても構いませんか?」

 キスト室長は軽く目を見開いた後「もちろんだ」と、快諾をしてくれた。

「薬草だけで良いのか?医師とかは……」

「出来ればイザクとイオタも一緒で良いですか?多分二人がいるから、薬草さえあれば調合可能で、医師を呼ばずとも――と小父様は思っておいでなのかも知れません」

「ああ、それはあり得るな。分かった。サンダールに言って、そのまま薬草も用意させよう。今夜一晩それで様子を見て、症状が改善しないようなら、改めて医師を呼ぶと良い。必要なら私の名前も使って構わないから」

「有難うございます。そうさせて頂きます」

 室長に一礼した私は、イザクとシーグを連れて、慌ただしく馬車へと乗り込んだ。

「あの……?」

 馭者席に、侍女を兼ねている筈のシーグがいては不自然なので、彼女は馬車の中、私の向かいに腰を下ろしていた。

 事情を知らされず、いきなり「ベクレル伯爵邸」に戻ると聞かされた彼女は、乗り込んでからも目を白黒させている。

「えーっと……ベクレル伯爵夫人が体調を崩したと言うで、今から邸宅おやしきに戻るところ。今日は研究施設には戻りません。室長の許可も貰ったわ」

「えっ⁉」

「やっぱりか」

 背中の小窓を開けてあるので、それはイザクにもしっかり聞こえていた。

「手紙の文章量からすれば、話がちょっと不自然だったからな。それで実際は、伯爵は何て?」

「ああ、うん。ラハデ公爵との連絡がついたらしいんだけど、公爵がどうしても直近では今日しか都合がつかないらしくて。それで自分か夫人をから、戻って来るように――って」

「……エライ言い様だな」

「でも、職場早退するならそれが自然でしょ」

「まあ、そりゃそうだが……」

「門前払いの可能性だってあったんだから、機会は逃すべきじゃないしね。だから戻って着替えたら、ラハデ公爵邸に行くわ。シーグは留守番してて貰うつもりだけど、あの場合、一緒に植物園を出ないと不自然だしね」

 私の言葉に、目の前のシーグは息を呑んでいた。

「な…んで……」

「えっ、だってラハデ公爵邸って、端の方とは言え王都にあるのよ?どこで〝リック〟に会うか分からないんだから、アナタはシーカサーリから出ちゃダメでしょ」

 シーグは絶句しているけど、当たり前だと思う。
 どう変装しようと、少なくとも双子の片割れが分からない程〝リック〟は無能ではない筈だ。

「リックと言うのは、ソイツの片割れか」

「うん。シーグは毒物劇物の取扱者だけど、リックは暗殺襲撃を担う側だから、なるべく遭遇の危険は回避させておきたい」

 少なくとも、噂話の仕込みもしていない内から遭遇して、引っかき回されたくはない。

 なるほどな、と小窓の向こうのイザクが答えた。

「なら俺は残って、ソイツを見ておこう。早退理由から言っても、俺も出かけるのはおかしい訳だからな」

「ああ…まあ、そうだね」

「とりあえず、お嬢さんはベクレル伯爵とラハデ公爵邸に行く話を詰めてくれ。その間に俺がファルコと同行者を決めておく」

「オッケー、分かった」

 絶句したままのシーグはそのままに、馬車は植物園から離れて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。