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第一部 宰相家の居候
【植物園Side】キストの深闇(前)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
地域一帯の領主であり、シーカサーリ王立植物園の所有主でもあるロドルフォ・ベクレル伯爵から、フィロメナ夫人の実家の領地にある商会の跡取りを研修させて欲しいと言う話を聞いた時、私は少なからず驚いた。
王妃になる筈だった娘の破談よりこちら、公の場に姿を現す事がほぼなかったからだ。
「あの娘の結婚がなくなって、この領地を出た後でも友人となってくれている、とても素敵なお嬢さんなの。ああ、実家の商会の後を継ぐために懸命に努力をしているお嬢さんだから、室長様が懸念される様な事にはなりませんわ。それは私が断言致します」
研究のために女性が来ると聞いて、やや懐疑的な表情を浮かべた私に、いつも穏やかで伯爵の後ろにいる事が多いフィロメナ夫人は、珍しくそんな風に断言してきた。
いずれにしても、所有主の意向には基本的に逆らえない。
ベクレル伯爵は、貴族にありがちな特権意識が薄く、基本的には「聞く耳」のある当主なので、もしその女性が風紀を乱すようなら、改めて奏上しようと内心で考えながら、いったんはその女性を受け入れた。
わざわざ医師や薬師もいるのに、何故商会でそれを取り扱おうとするのか。やはり研究とは建前ではないのか。
そう思っていたところが、話を聞いてみたところで、如何に自分の頭が固定観念に囚われていたのかを突き付けられる結果になった。
薬食同源。
体によい食材を日常的に食べて健康を保てば、特に薬など必要としない――遠い異国とやらで、そんな研究が為されていたとは、全くの初耳だった。
確かにそれならば、即効性のある薬を調合、処方している医師や薬師の分野を脅かす事はないし、身体に良い食材と言う括りであるなら、商会が手掛けたとしても不自然ではない。
植物が持つ可能性の限界を見極めたい――この王立植物園ほど相応しい土地は他にないだろう。
私は、その商会の次期後継者としての実績を積みたいと言う女性、いや少女と共に、その研究を手掛けてみたいと思うようになった。
室長となって以降、書類仕事も激増し、なかなか研究の第一線に立つ機会も少なくなってきていた。
全く自分に媚びようとしないこの少女となら、純粋に研究に没頭出来るような気もしたのだ。
研究成果は商会のもので構わない。私が奪う事はない――言葉を尽くしてようやく納得して貰った。
その後、研究員たちとの顔合わせをしたところで、まさかのヴェサール語での悪口雑言と反論の応酬。
どうせ理解出来ないだろうと思って「私目当てだろう」と吐き捨てたスヴェンソンは論外だが「自分の容姿が人並み以下な八つ当たりをこちらに向けるな」と、言い返した方も大概だ。
こんなに優秀な次期後継者を抱えるユングベリ商会、むしろ今まで何故、フィロメナ夫人の実家領地近辺でしか商売をしてこなかったのか。
自分の半分の年齢の少女におかしな感情を持つ事は流石にないが、彼女がどうして、私にしろ他の研究員にしろ、一切の興味を示さないのかに関しては、施設の説明をしているうちに、何となく察せられるようになった。
もちろん、商会の後を継ぐための勉強が第一と言うのもあるだろうが、恐らくは胸元を飾るネックレスが、その最大の要因だろう。
あれはチェーンにしろ、中央の青い石にしろ、それを取り囲んでいる石にしろ、決して安いものではない。
それほど造詣が深くない私でも、シーカサーリでは絶対にお目にかからない品質である事くらいは分かる。
あんな品物を贈れる程の人物が、商会の後を継ごうとする彼女の為に、果たして婿入りを是としているのだろうか。
もしそうでないなら、少し実家の権力を使って、彼女の才能を潰す事がないように、何かしらの手を回してみても良いのかも知れない。
一言目には「貴族としての義務が」と声高に叫ぶ実家には、出来ればあまり近寄りたくはないのだが、肝心の研究に支障をきたすようになれば、そうも言っていられなくなる。
研究と並行して、少し様子を見てみようと内心では考えていた。
「普通に美味いぞ⁉とても雑草とは思えない……!」
――そして彼女が、食材としての薬草の可能性を、翌日の昼食で披露してくれた訳なのだが。
私を含め、食堂どころか料理人たちまでが、混乱の渦の中に叩き込まれていた。
彼女曰く、焼いたり温めたりする事で、身体に良い要素を壊してしまう場合もあるらしいので、そのあたりはおいおい実験が必要と言う事だった。
もともと即効性がないと言う話なので、人間では短期に効果を確認出来ないのではと思い、とりあえず実験動物を使う事を提案しておいた。
若干顔を痙攣らせていたのは、やはり根が商会の出であり、研究者ではないからなのだろう。
むしろ彼女に付いて来ている従業員二人の方が、そこは納得の表情を見せていた程だ。
その二人も、次席研究員に様子を聞けば、明日からこの植物園で正式に働いても大丈夫じゃないかと言う程の呑み込みの早さらしい。
ユングベリ商会が持つ潜在能力には驚かされるばかりだ。
そして、どうも商会の別の仕事として、出版社を教えて欲しいようだったので、とりあえず植物園と提携しているチェルハ出版を紹介しておいた。
今回の「身体に良い食材」としての薬草の情報を取りまとめて、研究員たちに配布する資料はいずれ必要になるだろうから、それを名目としておけば、後は彼女自身が何とでもするだろう。
午後から王宮に至急の呼び出しをくらってしまったので、研究の手助けが出来ない分、むしろ出版社に行ってくれるなら、それはそれで良いのかも知れない。
そう遠くないとは言え、王宮まで片道30分はかかるのだ。
ただの社交であれば行く義理はない。
私が王宮に向かうのは、医師あるいは薬師から「仕事」として呼ばれる時だけだ。
そして今回はその、無視出来ない呼び出しの方に当たっていた。
当代〝扉の守護者〟が、その任についてから、もう長い。
ギーレンの場合、仕組みは私もよくは分かっていないが、国土の広さも関係しているのか、他国の〝扉の守護者〟に比べると、扉を維持するための魔力が多く必要になるらしい。
年を重ねるごとに、魔力と本人の生命力とのバランスが崩れ、起き上がれなくなる者も過去には多くいて、概ねその症状が見えた頃が、交代の時期とも言われている。
恐らくは「その時期」に差しかってきたのだろうと、関係者の多くが思い始めており、何とか新しい〝扉の守護者〟が見つかるまで、今の守護者を保たせようと、医師や薬師が日々慌ただしく動いていた。
私もそれに伴って、以前よりも王宮に呼ばれる回数が少し増えている実感はあった。
ユングベリ商会の、彼女の研究は、恐らくは当代の〝扉の守護者〟にはもう間に合わないだろう。
だがもしかすると、次代の役に立てる可能性は無視出来ない為、私はそれを見越して、彼女の研究に手を貸すべきなのかも知れない。
今は――園内の薬草園から、また新たな薬草を持ち込むしかないだろう。
まだどよめきの残る食堂を後にして、私は王宮へと向かう事にした。
地域一帯の領主であり、シーカサーリ王立植物園の所有主でもあるロドルフォ・ベクレル伯爵から、フィロメナ夫人の実家の領地にある商会の跡取りを研修させて欲しいと言う話を聞いた時、私は少なからず驚いた。
王妃になる筈だった娘の破談よりこちら、公の場に姿を現す事がほぼなかったからだ。
「あの娘の結婚がなくなって、この領地を出た後でも友人となってくれている、とても素敵なお嬢さんなの。ああ、実家の商会の後を継ぐために懸命に努力をしているお嬢さんだから、室長様が懸念される様な事にはなりませんわ。それは私が断言致します」
研究のために女性が来ると聞いて、やや懐疑的な表情を浮かべた私に、いつも穏やかで伯爵の後ろにいる事が多いフィロメナ夫人は、珍しくそんな風に断言してきた。
いずれにしても、所有主の意向には基本的に逆らえない。
ベクレル伯爵は、貴族にありがちな特権意識が薄く、基本的には「聞く耳」のある当主なので、もしその女性が風紀を乱すようなら、改めて奏上しようと内心で考えながら、いったんはその女性を受け入れた。
わざわざ医師や薬師もいるのに、何故商会でそれを取り扱おうとするのか。やはり研究とは建前ではないのか。
そう思っていたところが、話を聞いてみたところで、如何に自分の頭が固定観念に囚われていたのかを突き付けられる結果になった。
薬食同源。
体によい食材を日常的に食べて健康を保てば、特に薬など必要としない――遠い異国とやらで、そんな研究が為されていたとは、全くの初耳だった。
確かにそれならば、即効性のある薬を調合、処方している医師や薬師の分野を脅かす事はないし、身体に良い食材と言う括りであるなら、商会が手掛けたとしても不自然ではない。
植物が持つ可能性の限界を見極めたい――この王立植物園ほど相応しい土地は他にないだろう。
私は、その商会の次期後継者としての実績を積みたいと言う女性、いや少女と共に、その研究を手掛けてみたいと思うようになった。
室長となって以降、書類仕事も激増し、なかなか研究の第一線に立つ機会も少なくなってきていた。
全く自分に媚びようとしないこの少女となら、純粋に研究に没頭出来るような気もしたのだ。
研究成果は商会のもので構わない。私が奪う事はない――言葉を尽くしてようやく納得して貰った。
その後、研究員たちとの顔合わせをしたところで、まさかのヴェサール語での悪口雑言と反論の応酬。
どうせ理解出来ないだろうと思って「私目当てだろう」と吐き捨てたスヴェンソンは論外だが「自分の容姿が人並み以下な八つ当たりをこちらに向けるな」と、言い返した方も大概だ。
こんなに優秀な次期後継者を抱えるユングベリ商会、むしろ今まで何故、フィロメナ夫人の実家領地近辺でしか商売をしてこなかったのか。
自分の半分の年齢の少女におかしな感情を持つ事は流石にないが、彼女がどうして、私にしろ他の研究員にしろ、一切の興味を示さないのかに関しては、施設の説明をしているうちに、何となく察せられるようになった。
もちろん、商会の後を継ぐための勉強が第一と言うのもあるだろうが、恐らくは胸元を飾るネックレスが、その最大の要因だろう。
あれはチェーンにしろ、中央の青い石にしろ、それを取り囲んでいる石にしろ、決して安いものではない。
それほど造詣が深くない私でも、シーカサーリでは絶対にお目にかからない品質である事くらいは分かる。
あんな品物を贈れる程の人物が、商会の後を継ごうとする彼女の為に、果たして婿入りを是としているのだろうか。
もしそうでないなら、少し実家の権力を使って、彼女の才能を潰す事がないように、何かしらの手を回してみても良いのかも知れない。
一言目には「貴族としての義務が」と声高に叫ぶ実家には、出来ればあまり近寄りたくはないのだが、肝心の研究に支障をきたすようになれば、そうも言っていられなくなる。
研究と並行して、少し様子を見てみようと内心では考えていた。
「普通に美味いぞ⁉とても雑草とは思えない……!」
――そして彼女が、食材としての薬草の可能性を、翌日の昼食で披露してくれた訳なのだが。
私を含め、食堂どころか料理人たちまでが、混乱の渦の中に叩き込まれていた。
彼女曰く、焼いたり温めたりする事で、身体に良い要素を壊してしまう場合もあるらしいので、そのあたりはおいおい実験が必要と言う事だった。
もともと即効性がないと言う話なので、人間では短期に効果を確認出来ないのではと思い、とりあえず実験動物を使う事を提案しておいた。
若干顔を痙攣らせていたのは、やはり根が商会の出であり、研究者ではないからなのだろう。
むしろ彼女に付いて来ている従業員二人の方が、そこは納得の表情を見せていた程だ。
その二人も、次席研究員に様子を聞けば、明日からこの植物園で正式に働いても大丈夫じゃないかと言う程の呑み込みの早さらしい。
ユングベリ商会が持つ潜在能力には驚かされるばかりだ。
そして、どうも商会の別の仕事として、出版社を教えて欲しいようだったので、とりあえず植物園と提携しているチェルハ出版を紹介しておいた。
今回の「身体に良い食材」としての薬草の情報を取りまとめて、研究員たちに配布する資料はいずれ必要になるだろうから、それを名目としておけば、後は彼女自身が何とでもするだろう。
午後から王宮に至急の呼び出しをくらってしまったので、研究の手助けが出来ない分、むしろ出版社に行ってくれるなら、それはそれで良いのかも知れない。
そう遠くないとは言え、王宮まで片道30分はかかるのだ。
ただの社交であれば行く義理はない。
私が王宮に向かうのは、医師あるいは薬師から「仕事」として呼ばれる時だけだ。
そして今回はその、無視出来ない呼び出しの方に当たっていた。
当代〝扉の守護者〟が、その任についてから、もう長い。
ギーレンの場合、仕組みは私もよくは分かっていないが、国土の広さも関係しているのか、他国の〝扉の守護者〟に比べると、扉を維持するための魔力が多く必要になるらしい。
年を重ねるごとに、魔力と本人の生命力とのバランスが崩れ、起き上がれなくなる者も過去には多くいて、概ねその症状が見えた頃が、交代の時期とも言われている。
恐らくは「その時期」に差しかってきたのだろうと、関係者の多くが思い始めており、何とか新しい〝扉の守護者〟が見つかるまで、今の守護者を保たせようと、医師や薬師が日々慌ただしく動いていた。
私もそれに伴って、以前よりも王宮に呼ばれる回数が少し増えている実感はあった。
ユングベリ商会の、彼女の研究は、恐らくは当代の〝扉の守護者〟にはもう間に合わないだろう。
だがもしかすると、次代の役に立てる可能性は無視出来ない為、私はそれを見越して、彼女の研究に手を貸すべきなのかも知れない。
今は――園内の薬草園から、また新たな薬草を持ち込むしかないだろう。
まだどよめきの残る食堂を後にして、私は王宮へと向かう事にした。
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