聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

191 運も実力のうち?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 夕食が終わった頃には、当たり前だけれど日はとっぷり暮れていた。

 ファルコやイザクの視線が「行くのか?」と語っているのは明らかだったけど、私は敢えて気が付かないフリで「じゃあ、ギルドまでお願い」と押し切って、馬車に乗った。

 シーカサーリの商業ギルドは、アンジェス国の王都商業ギルドよりはもちろん小さく、何なら二階建ての、ドラマで見るような地方警察署の規模で、キスト室長の邸宅やしきよりもトータル面積が狭いんじゃないかとさえ思えた。

 王都を出ると、どこもこんなものなのかも知れない。

「今晩は。シーカサーリ商業ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 シーカサーリの場合は、見ていると、入ってすぐのところに受付があり、そこで用件を伝えた後、それに応じた窓口の前へと案内されていると言った形をとっているらしかった。

 なので、口調の割には強面の男性が、こちらに向かって声をかけてきたと言う訳なのだろう。

「ええっと…そうですね、新規事業の相談…と言う事になるでしょうか……」

「なるほど。失礼ですが、身分証を拝見させていただいても?」

 パッと見、強面なのはともかく、公正な手続きを行っているような雰囲気は感じるので、私はそこでアンジェス国の王都商業ギルド発行の身分証と、リーリャ・イッターシュギルド長からの紹介状とを、男性に差し出した。

「こ…れは……少々、あちらにおかけいただいてお待ち下さいますか?」

 いったん、身分証も紹介状もこちらへと戻してから奥へと消えるあたり、さすがギルドと言ったところか。

 盗んだとか、すり替えたとか言われない為の自衛手段だろう。

「――失礼。今『新規事業の相談』と言う事で来られたのは、貴女ですか?」

 そうして、さほど時間のたたない内に、さっきの受付の男性の後ろから現れた別の男性が、こちらに声をかけてくる。

 飄々とした雰囲気を持ちつつ、何を考えているのかを分かりづらくさせる…軍のウルリック副長があと十数年、年をとったらこうなるのだろうかと言った感じだ。

「え…ええ、そうですが」
「どうぞ、二階で話を伺います。護衛の方でしたら、どうか二階の扉の外でお待ちいただきたく」

 どうにも周りから視線を集めているのは、きっとここでも二階はギルド長にしろ副が付くにしろ、責任者の部屋がそこにあると言う事なんだろうな…と思った。

 ――案の定、案内されたのは「ギルド長室」の前だ。

 紹介状効果デスネ、間違いなく。他に考えようもないし。

「ギルド長、お連れしました」
「どーぞ?入ってー?」

(……うん?)

 扉が開く寸前、私は思わずそこで首を傾げていた。

「ああ…まあ、今貴女が心の中で思い浮かべた疑問は正しいと思いますよ」

 扉が完全に開くまでに、私の表情を見た訳でもないのに、案内をしてくれた男性が素早くそんな事を言って寄越した。

「へぇー?アナタが、がイチオシだって言うお嬢さんなの?へぇー……」

 応接ソファで来客の応対をしていたらしいが、すっくと立ちあがると、おもむろにこちらへと歩いて来て、私を上から下まで無遠慮にジロジロと眺め始めた。

 もう一度、自分に言い聞かせる。
 目の前にいるのは――男性だ。

 中性的な容姿と優雅な物腰で、自他ともに「王子」キャラだった、どこかの芸能人を彷彿とさせるような――でも、だ。

「リーフェフット。毎回毎回、そうやって来客を固まらせるのは悪趣味だぞ」

「あーら、シルデルこそ、そうやって仏頂面で威嚇するの、いい加減にしたら?」

 応接ソファの対面に座っていた男性が軽く窘めているのにも、動じていない。

 こっちはこっちで、どうにも「インテリヤクザ」な空気が漂っている気がして仕方がないけど、私の目の前に立っている「オネエ言葉」な男性に比べれば、最初のインパクトは格段に落ちる。

「お嬢さん、ラッキーだったわね?普段なら、この時間だと当直担当者くらいしか残っていないのよ?今日はたまたま、定例の情報交換会があって、王都商業ギルドのギルド長までここにいるってワケ。それがこの悪人ヅラのオトコ、シルデル・ファンバステンね。それでアタシが、ここシーカサーリの商業ギルド長、レノーイ・リーフェフット。お嬢さんを案内してきたのが、副ギルド長のロナート・ヤークルね。早速だけど、身分証と紹介状、アタシにも見せて貰えるかしら?」

「あっ、えっと……どうぞ」

 挨拶もそこそこに手を差し出された私は、言われた通りに、身分証と紹介状を「彼」に手渡した。

 確かに、とっくに日も暮れたこの時間に、商業ギルドの幹部が顔を突き合わせていると言うのは、あまりある事じゃない。

「あら。なるほど『家名は秘密で』ってそう言うコトなのね」

 何が書いてあるのか、面白そうな笑みを閃かせている。

「あの、その…シーカサーリでは〝ユングベリ〟で通ってます、一応」

「……一応だと?」

 片眉を上げたのは、インテリヤクザ様…もとい、王都商業ギルド長と紹介された方の男性だ。

 その彼に、オネエと断言してしまって良いのかどうか、シーカサーリ商業ギルド長が、紹介状をポイっと放り投げている。

「アナタがここにいる事が、王宮にバレたら困るって解釈で良いのかしらー?」

 言葉はオネエでも、目は誤魔化しを許さないような、肉食獣にも似たソレなのだ。
 こちらとしても対応に困ってしまう。

「そう…ですね。相談の内容からすると、そうなると思います」

「ふーん……?ねえ、オハナシの前に、アタシのこの見た目と態度に、思うところはないの?どうしてそう、なのか聞いてもイイ?」

「普通……」

 普通って何。
 と言うか、どう言う対応が、ギルド長のお好みなんだろう。

 とは言え、無言が許される空気でもないので、私は口元に手をあてて考える仕種を見せた。

「私の住んでいた国でも、はいらっしゃいましたし……ただ、現実リアルでお目にかかった事はなかったので、最初は流石に驚きましたけど」

「え、何、珍しくもなんともないってコト?」

「あ、いえ、そこまでは言ってません。もちろん珍しいかなとは思うんですけど、何より調の人って『身体は男性だけれど心は女性』『恋愛対象が男性なだけの男性』『女性の口調と服装を強調する事で、女性除けをしているだけの男性』と言った感じに色々と区分が出来ちゃうので、どう対応するのが失礼じゃないのかと考えた結果が――敢えて配慮しないと、そう言う結論に落ち着いたまでの話で」

 性的マイノリティLGBTの話は、日本でだって結構センシティブだった。

 多数派の論理が少数派を追い詰めて良い訳じゃない。

 みんなちがって、みんないい。
 私は、とっさに脳裏に浮かんだその詩を支持するだけだ。

「………」

 私以外の三人は、しばらく呆気に取られた表情を見せていたけれど、一番立ち直りが早かったのは、私の後ろに立つ副ギルド長さんだった。

「一本取られてますよ、レノーイ、シルデル。そろそろ諦めて話を進めたらどうです?」

「何よ、ロナート。こんな時だけ学園の先輩ぶらないで欲しいわ」

「昼間なら好きなだけお揶揄からかいになれば良かったでしょうけど、時間帯を考えて下さい?あと、先輩ぶるも何も、事実先輩だったんですから、仕方がないでしょう」

 いや、揶揄われても困ります。

「一歳や二歳、変わらないでしょうに!」
「――リーフェフット」

 そして今度は、インテリヤクザ…もとい、王都商業ギルド長の彼も、咳払いをしてたしなめた。

「もう、いいわっ!そもそもリーリャからの紹介状まで付いているんだもの。話くらい聞くわよっ」

 フイッと顔を背けて応接ソファへと戻るあたり、仕種は確かにその辺りの女子よりも女子らしいかも知れない。

「有難うございます。その……この紙面を街中の、出来るだけ多くの店舗に無料配布する為に、話を通しに来ただけなんです。手応え次第で二回目からは有料化する事も考えているんですけど、とりあえず初回は無料で。まだ商売にもなっていないので、もしかしたらギルド案件にならないのかも知れないですけど…話の筋と言うのもありますし。何かあった時に、聞いているのといないのとでは対応の差も出るでしょう?」

 そう言った私は、王都とシーカサーリの両ギルド長が対面で腰を下ろしている、その間の机の上に、今日刷り上がったばかりの例の紙面を置いた。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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