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第一部 宰相家の居候

190 商売繁盛?経営順調?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「開花情報……」

 キスト室長の表情は、思わぬ事を聞いたと言う感じだった。

「あ、別に『今、この花が見ごろです。ぜひ見に来て下さい!』レベルの話で良いと思うんですよ。まぁ王立なんで、あまり採算とかお考えじゃないのかも知れないですけど、それで結果的に来園客が増えて、入場料収入が増えるのって、少なくとも王宮派遣じゃなくて、植物園から直接雇用されている側の人たちにとっては、悪い話じゃないと思うんです」

 王立のため、入場料も街中のカフェで飲み物を頼めるコイン1枚程度のものだが、それでも。

「確かに……」

「あと、それを見て来た人たちが、行き帰りに街のレストランや土産物店なんか立ち寄ってくれたら、相乗効果が生まれる訳ですし。チェルハ出版だって、花の見ごろに合わせての定期的な印刷の仕事が見込める訳ですし、上手くいけば街の中でお金の流れが循環しますよ」

「それはそうだが、それでユングベリ商会のメリットはどこに?」

「直接は見えないかも知れませんけど、この件で名前を覚えてさえ貰えたら、例えば街中にない食材が欲しいとか生地が欲しいとか、商品が欲しいとかってなった時に『ユングベリ商会ならもしかして…』ってなるかも知れないじゃないですか。投資です、投資。目先の利益だけでは、自分の代で商会潰しかねませんからね」

 まだ立ち上げてもいない商会が、潰れる心配とかっておかしな話だけれど、少なくともこの目の前の美貌の室長は、納得をしているようだった。

「一回目だったら、園内配置図と、園内にどんな植物が生えているのか…くらいから始めても良いんじゃないですか?好評なら、ゆくゆくは家庭での栽培方法とか書いても良いかもしれませんし。だからそう言った記事を書くのが得意な方を、まずは探さないといけないのかも知れないですね。あとは、植物のスケッチが上手な方とか」

「ふむ……では明日の朝、植物園サイドの園長と話をしてみるか。私としては悪い試みではないと思うしな」

「もし難色を示されたら、修道院の教官に聞いてみるのもアリなんじゃないですか?記事とか絵を描いたりするだけなら、中に適任者っていそうな気もしますし」

「確かにな」

 キスト室長から好感触を得たついでに、今日の内に商業ギルドに話を仄めかす許可も貰ったので、とりあえず、食事に来た目的は達せられたと言って良かった。

 ちょうど用意も整ったと言われたので、ダイニングへと移動して、有難く食事をいただく事にした。

 ちゃんとした礼儀作法がとれるトーカレヴァを残して、あとは別室で来客の従者なんかのための食事場所でいただくと言う話になった。

 …うん、まあ、この邸宅おやしきを見れば腰が引けても仕方がないのかも知れない。

 トーカレヴァに関しては「父が仰いだ旗が政争に敗れた為に没落した子爵家」の三男で、自活の為に実家を出たのだと言うと、キスト室長も、ない話ではないと思ったのか、黙って頷いた。

 言い方は悪いけど、そう珍しい話じゃないんだろう。

「……と言う事は、ユングベリ嬢のお相手は伯爵家以上の貴族の出と言う事か」

 世間話にしては思いがけない事を言われて、私はふと、出された料理から顔を上げた。

「室長?」

「ああ、いや。私は食堂での貴女しか知らなかったが、今見ていると、ただの商会の跡取りにしては、食事の礼儀作法マナーが貴族にまるで引けを取らない。しっかり学んだと言っているようなものだ。そしてそこの彼が子爵家の出であるなら、普通なら婚約者候補筆頭だ。だがそうじゃない。と言う事は、それよりも上の身分を持つ者が相手であり、必要にかられて学んだのだと――そう言う事なのかと。そもそも、ベクレル伯爵夫人のご実家に伝手つてがあってこその『留学』でもある訳だからな」

 どこぞの刑事か探偵か、と言うような事をキスト室長は言っている。

「……お遊びや冷やかしのつもりでやっている訳じゃないですよ?」

 敢えてどうとでもとれる言い方で、念のため答えておく。

 それは確かに、とキスト室長も頷いている。

「貴女はずっと『商会を継ぐ』とハッキリ言っているからな。かなり理解がある相手のようで、少し驚いただけだ」

 いや、諦めたのか?って小さく呟いているのは聞こえてますからね、室長。

「室長からご覧になられても、私の食事礼儀作法マナーにおかしなところはないですか?」

 植物園附属研究施設の室長が侯爵相当と言っても、平民がなる場合もあるそうだが、キスト室長に関しては、実家が辺境伯家であり、そもそもが侯爵相当の地位を持っているのだ。

 アンジェス国での話とは言え、公爵邸で教育を受けている私の礼儀作法マナーが、一般市民のそれとは異なっている事に、すぐに気が付いたのだろう。

 植物園の食堂で食べているのとは、状況が違っているのだから、尚更。

「そうだな。私も長く実家には戻っていないし、王宮にも滅多に顔を出さないから、他人の礼儀作法マナーをどうこう言えた義理ではないのだが、それでも、それなら充分に急遽王宮に呼ばれても大丈夫じゃないかと思うぞ」

「有難うございます。家庭教師の皆さんが聞いたら、泣いて喜んでくれそうです。当初は本当に何も知りませんでしたから」

 こればかりは「設定」じゃなく、本当に根っからのド庶民なのだから、掛け値なしの本音だ。

 それもあってか、キスト室長は一度も「ユングベリ商会」とその「跡取り娘」を疑うような素振りを見せなかった。

「相当に努力家なのだな。貴女が後を継ぐ頃も、まだ室長でいられるかどうかは分からないが、もし交代をする事になっても、ユングベリ商会の事は引継ぎ事項の中にいれておこう。せいぜい結婚後も、先頭に立って商会を維持してくれ」

「……室長の任期って、期限があるんですか?」

「王家が認めている限り、と言うのは微妙なところだろう?嫌われれば、ある日いきなり下ろされるかも知れんし、逆に目に見える形での功績があれば、何年でも室長の地位にはいられる」

 敢えて「結婚」のところは無視スルーして話を進める私に気付いているのかいないのか。

 キスト室長はグラスに注がれていたワインを、クイと飲み干した。

「その紙面の話が上手くいけば、植物園サイドの園長ともどもが可能になるやも知れんな」

「じゃあ、今回の紙面の話は室長にもちゃんと利点メリットはある訳ですね」

「…反対する理由はない、と言ったあたりで留めておこうか。チェルハ出版から提案された記事についてならともかく、今回の紙面に関しては植物園は無関係な訳だからな」

 チラリと団欒の間で見せていただけのところが、意外にしっかりとキスト室長は中身を把握していたらしい。…速読派なんだろうか。

「室長は、ああ言った大衆向けの恋愛小説は、下品だと思われますか?」

 私の問いかけに、室長は「どうだろうな」と少し考える仕種を見せた。

「今はまだ、平民向けの娯楽と呼べるような書籍はそれほど多くない。費用の面から二の足を踏む事も多いだろうからな。書店もどうしても専門書の取り扱いに偏ってしまう。そこに風穴を開けたいと言うのであれば、目の付け所としては悪くないと思うしな」

 さすが、日常的に本を手にとっているらしい、キスト室長ならではの答え方だった。

「その編集版で興味を持って貰って、満を持しての書籍化と言う事なら、それまでに小遣いをためようとする人間だって出て来るだろうし、クチコミに頼っている専門書に比べると、前評判と言う点では優位にさえ立てる」

 ただなぁ…と、紙面の内容を思い返したのか、やや苦笑気味にはなっていたけど。

「あれ、名前を一文字変えているだけで、誰がどう見たって今の王家にまつわる話だろう。過去に起きた醜聞を考えれば、いっそ実話じゃないのかと思わせるくらいの信憑性があるぞ。一般市民にしろ貴族にしろ、ああ言った噂話は話題として好まれやすい。あっと言う間に広まる可能性があるが……大丈夫なのか、ユングベリ商会として」

「そこは大丈夫です。一文字でも変えてしまえば、こちらが屈しさえしなければ良いんですよ。それ以外にも、自衛手段は講じるつもりですし。ただあの文才、女性だからって言う理由だけで、埋もれさせるのって惜しいと思いませんか?ぜひ日の目を見させてあげたいんですよね……」

「…なるほどな。書籍部門の話は後付けで、要はその女性を作家として後押ししたいが故の行動と言う訳か。そこにチェルハ出版が乗ってきて、話が大きくなってきているんだな」

「そんなところです。植物園の記事に関しては、ヒディンクさんにお会いするまでは考えてもいませんでしたから。まぁでも、商人ならそう言った機を逃す訳にもいきませんしね」

 ――誰が商人だと、トーカレヴァが内心で思ったとか、思わなかったとか。

「植物と料理と病気についての関連をまとめる件も放置しないでくれよ?元はそのために留学してきたんだと言う事を忘れられては困る」

「え、ええ、もちろんです。帰ったら明日の食堂の献立も、ちゃんと考えますので」

 ――もしかすると現時点では、料理ネタが尽きる心配をする方が先になるかも知れない。
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