聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

181 シーカサーリ王立植物園(2)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 単位を聞いても敷地面積がよく分からないのが難点だけど、とりあえず現在園内に約15,000種の植物が生育し、およそ100万枚の乾燥標本が収蔵されている…らしい。

 園内は基本的に芝生が敷かれていて、一般開放されている方にも、そうでない方にも、複数のガラス製の温室が建てられていて、季節を問わず見学や研究が出来るように工夫されているそうだ。

 一般開放区画だけでも、平均3時間かかるといわれ、もう、ちょっとしたテーマパークだと思った。

 この日はキスト所長に、研究員用の通用口から一般開放区の方に入場させて貰い、研究施設の見学と研究員への紹介は明日と言う事になった。

「――、口が開いてる」

 イザクが敷地の広さと所有している植物の数に目を丸くしてるのは分かるにしても、イオタもといシーグがポカンと口を開けて周りを見回しているのは、ちょっと意外だった。

「来た事なかったんだ?」

「ない。……あ、なかった、です」

 一応「商会の跡取り娘」と「使用人」設定を思い出したらしい。慌てて敬語に切り替えていた。

「純粋な疑問なんだけど、じゃあ、二人とも独学で薬草の勉強したってこと?」

「まあ…組織に入った時に、おせっかいにも教えてくれたヤツがいましたね。今はもう、年くって田舎に引っ込んだみたいですが」

「私も似たようなものだ。…です」

「へえ……ちゃんと先輩後輩があって、技術指導的なコトはするんだ」

 私が感心しているのがおかしかったのか、イザクが僅かに眉をひそめている。

「相変わらず、感心するところが他人とずれていますね、

 こちらも、ユングベリ商会従業員設定を受けての敬語だ。
 …そこはかとなく、厭味が含まれている気はするけど。

「何それ、失礼ね。知っておいて損になるコトなんてないんだからね。どこで役に立つかなんて、誰にも分からないんだから」

「まあ、それはそうでしょうけど」

「それにしたって、普通は領地から近い野山を駆け回るか、邸宅やしきの庭で自力で育てて学ぶかしか出来ない。公的費用で研究が出来るとか、相当恵まれた環境にいる連中である事は間違いないですよ。今回思いがけず機会を貰った事ですし、お嬢様が二の次になっても研究はしてみたいですね」

 護衛の本分を放り投げた発言を堂々としてのけるイザクに、シーグの方も「……私も」とポツリと呟いていた。

 どうやらここにも薬草オタクたちがいたらしい。

「ちゃんと後で公爵邸なり〝鷹の眼〟なりに還元はしてよね……」

 私が嘆息すると、シーグの方がちょっと驚いたようだった。

「うん?」

「お嬢様……怖くないんですか。もし本当に一人残されたら……」

「どうせ私、腕っぷしゼロだからね。ぎゃぁぎゃぁ言ったってしょうがないのよ。ただ彼らは、お金貰って生業なりわいにしているプロでしょう?だから本当に危なくなったら、最低限の世話はしてくれるだろうと思ってるだけ。それでも裏切られたら、お金なり信用なり、こっちに足りない何かがあったんだろうと思うから、その時は潔く諦めるわ」

「……っ」

「まぁそうやって、良くも悪くも丸投げだから、逆に誰も裏切らない。俺らの仕事を恐れず蔑まず理解してくれる存在がいかに貴重か。おまえも裏の世界に足を突っ込んだ人間なら分かるだろう」

 シーグの動揺にイザクが追い打ちをかけるようで、案外良い先輩?と言うか、目をかけているような気がしないでもない。

「まぁまぁ。悩んで成長する事は若者の特権でしょうよ、イザクさん」

「…お嬢様はおいくつで?」

 ポンポンとイザクの肩を叩いたら、物凄い冷ややかな視線を返されたけど。

*          *          *

「お館様の居場所が分かったぞ」

 優秀な〝鷹の眼〟+トーカレヴァ達は、何とその日の内にエドヴァルドの居場所を突き止めてきた。

「今は王宮みたいだが、明日から王都郊外のナリスヴァーラ城とやらに行くみたいだな」

「ナリスヴァーラ城」

 どんな所かとベクレル伯爵に訪ねてみたところ、以前に断罪されて家ごと取り潰された王族が住んでいたお城だと言われ、そここそが、かつてのオーグレーン家当主の館かと、内心で頷いていた。

「元は戦争が起きた時に王都を守る砦のような意味で作られたようだから、他の王族の城に比べるとそれほど大きくはなく、様式も石造りの重厚な物だ。一国の宰相をお泊めするようなところでもないと思うのだが……」

 エドヴァルドに流れる血の事を知らなければ、どうしてもそうなるだろう。

 ベクレル伯爵は首を傾げていたけれど、恐らくは相続放棄のためにそこへ行くに違いない。

「王都からは馬車で20分とかからないくらいだろうか。すぐに迎えに行くのかい?」

「いえ……昨日も言いましたが、勝手に連れ帰ると国際問題になりますから……。ただ、私たちがギーレンに入国してきていると言うコンタクトだけは、とっておきたいかなと思います。それと……」

「それと?」

 言いかけてから、一瞬、口もとに手をあてて考える仕種を見せた。

 エドベリ王子にしろベルトルド国王にしろ、エドヴァルドをギーレンから出させたくないのなら、果たして素直に相続放棄の手続きをさせるのだろうか?

 これまでだって、本人が現地に来て書類に署名をしないといけないなどと言われて、正式な放棄には至らずにきたと聞いている。

 さすがのエドヴァルドも、己の身に差し迫った案件として降りかかってこない間は、ギーレン国の法律など確かめなかったに違いないからだ。

 法律の専門家を今のうちから探しておくべきだろうか。

 …商会の支部を立ち上げるとでも言えば、事務方の行政処理に長けた弁護士なり専門家なりを紹介して貰えるだろうか。

「ベクレル家には……法律顧問の様な方はいらっしゃるのですか?」

 とりあえず、遠回しなところから確認をしてみる事にした。

「法律顧問?いや…お抱えでそう言った人材を抱えるような事は、ギーレンではしないのだよ。各領主が治める土地に根付いた専門家がそれぞれにいてね。だから、シーカサーリの街の方に事務所があって、そこに所属している職員を用件に応じて派遣して貰う形になっている」

「なるほど……」

「必要なら紹介状は書くよ」

「そうですね。もしかしたらお願いするかも知れません。そのあたりは、宰相閣下との連絡がとれるようになってから、考えたいと思います」

 もしかしたら、王家に楯突く可能性があると分かれば、及び腰になられてしまう可能性もある。

 とりあえず今は、焦って話は持ち込まない方が良い気がした。

「キスト室長の懐に、思ったよりも入り込めそうなので、まずは目の前の事からこなしていきます」

「キスト室長か……」

「お親しいですか?」

「まぁ、今は誰にしろ没交渉の様なものだから何とも言えないが。あの年齢で室長になるからには、ただ清廉潔白なだけでは難しいだろうと思う。見た目に惑わされた人間が何人か失脚した事なら、私でさえ知っているくらいだ」

 ベクレル伯爵は、私がうっかり転ぶのを心配してくれたのかも知れないけれど、それは「杞憂」だと、力いっぱい断言させて貰おうと思う。

「大丈夫です。私もともと、金髪碧眼の美形をこの世で一番信用していませんので」

 ――そんな、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情かおをしないで下さい。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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