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第一部 宰相家の居候
174 出発前日(前)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
管理部術者の長は、私に使い方を教えながらも、時折チラチラとこちらを見て何かを言いたそうだったけれど、私も、今更謝られても…と言うところはあるし、彼らは知らなくても、エドヴァルドを引っぱたいた事で、一度ケリはついていると思っているので、それ以上話を広げる事はしなかった。
とりあえず、国王陛下に行先登録をして貰うのは謹んでご辞退申し上げた上で、私はいったん公爵邸へと引き返した。
ダイニングで昼食をとりながら、私は「明日出発する」と、セルヴァン、ヨンナ、ファルコに告げた。
「夕方、ミカ君の送迎と紹介がてら、ボードリエ伯爵令嬢と〝イクスゴード〟洋菓子店の前で待ち合わせをして、彼女に陛下から預かった『簡易型転移装置』に行先登録をして貰うんだけど、さすがに夜にギーレンのベクレル伯爵邸を訪れるのは非常識だし、行く前に、王都商業ギルドから紹介状付の先触れの手紙も出しておきたいから、出発は明日の午前にしようと思うの」
いよいよ――と言った話に、三人の表情も少しだけ引き締まったみたいだった。
「それで『簡易型転移装置』なんだけど、一度に何人って言う決まりはなくて、起動させてから30秒ほどの間だけ、扉越しに空間が繋がるらしいの。その間に通れる人数だったら、特に制限はないらしいのね?だから――」
「10人が限界ってところか」
腕組みをするファルコに「待って待って!」とストップをかける。
「ギーレンから、エドヴァルド様と王宮護衛騎士を連れて戻る事も考えて?実はそうしたら、一人も連れて行けないのよ。私とシーグで終わっちゃう」
「はぁ?何言ってんだ。それこそ死にに行くつもりかって話になるだろう!」
「ああ、うん、だからね?行くのは良いんだけど、帰りが第二陣になる可能性があるって事を念頭に置いて人選して欲しいの。エドヴァルド様さえ戻って来られたら、もう一回『簡易型転移装置』を借りるくらいの事はやってくれると思うから……それまでの間の居残りって言う形になるんだけど」
もしくは王宮の護衛騎士を全員残してくれば、フィルバートとしても、もう一式装置を出さざるを得なくなる――かも知れない。ちょっと確約は出来ないけど。
「ああ…最悪、帰りは馬車旅で1ヶ月以上かかる事を覚悟して行けってコトだな?そう言う話なら、理解した。地方との行き来に慣れた連中の中から何人か選ぶようにするわ」
「それでも10人は選びすぎだからね」
「分かった分かった」
そう言うと、ファルコは軽く片手を上げてダイニングを後にした。
「レイナ様……」
後には不安そうな、セルヴァンとヨンナが残される。
「ごめんね?ちょっと、まとまったお金を持ち出す事になるけど……」
「それは宜しいのです。国王陛下からの内々の話でもありますから、後で旦那様がいかようにもなさるでしょうし、そもそもこの程度では公爵家の身代はビクともしません」
うわぁ心強い…と、喜ぶべきところなんだろうか、ここ。
根が庶民の私には、何とも理解が及ばないところだ。
「それより本当に隣国に行かれるのですね……」
「えっ、そんな悲痛な表情を浮かべないで⁉ヨンナも泣きそうになるの止めて⁉まるで今から死地に赴くみたいで縁起が悪いから‼」
「ですが……」
「もしも入れ違いでエドヴァルド様が帰って来るような事があれば、王都商業ギルドの手紙配送システムを使って、向こうのベクレル伯爵家宛に手紙を出して?ボードリエ伯爵令嬢に言えば、そのシステムを使えるように手を打ってくれると思うから。逆にこちらから力を貸して欲しい事が出来れば、そのシステムを使って連絡を取るから」
「王都に限らず、商業ギルド同士がそのようなシステムを持っているなどとは、寡聞にして存じませんでした……」
「これならきっと、黙って身分証作っちゃった事も、不可抗力とエドヴァルド様も認めてくれるでしょう?」
敢えて明るく二人に言ってみたけど、セルヴァンにはあっさりと「それは保証しかねます」と言われてしまった――なんで。
「ま、まあとりあえず、何も考えずに行こうとしている訳じゃないのよ!ちゃんとエドヴァルド様と帰って来るから。ね?」
「レイナ様……何かあってもなくても、途中経過もご連絡下さる事をお約束下さいませんか。公爵邸に残る者、皆が御心配申し上げているのだと、どうかご理解を頂きたく」
「ヨンナ……」
実両親以上に心配をしてくれる、アンジェス国の父と母の言葉は、きっと本心だろう。
「分かった、そこはじゃあ、そうするね」
一度手紙を出せば、それを持って商業ギルドの手紙配達システムは利用出来るとの事だったから、それはそれで、一度は向こうから出しておくのも良いのかも知れないと、私も思い直した。
「夕方までは、持って行く荷物の確認をするわね」
そう言って微笑った私に、二人もそれ以上はもう何も言えなかったみたいだった。
* * *
夕方。
王都中心街にある、噴水広場(正式名称もあるらしいが、近隣に住む一般市民たちの間では『噴水広場』で定着しているらしい)の前でシャルリーヌと待ち合わせをした。
洋菓子店〝イクスゴード〟からも近いので、ミカ君にはお店が終わったらこっちに来るようにと、伝言してある。
煉瓦積みの円形噴水の外枠部分に腰かけて、表札サイズの『簡易型転移装置』を手渡すとか、周囲を歩く人達は誰もそんな風には見ないだろう。
あくまで富裕層市民が、友人同士での買い物途中にちょっと休憩していると言った風を装ってある。
「…私は魔力がないから分からないんだけど、この彫り模様の所に触れて、空間を繋げたい行先をイメージしながら、魔力を流し込むんだって。だからこの場合、シャーリーの実家になるのかな?」
「オッケー、任せて!」
この辺りは「転生者」と「召喚者」の違いだろう。
生まれついてのこの世界の住人であるシャルリーヌには、ちゃんと魔力が備わっているのだ。
魔力を流し込めと、管理部術者の長は言っていたけど、私にしてみれば、イメージさえ湧かない。
「はい、これで大丈夫だと思うわ」
ややあって、シャルリーヌが装置をこちらへと戻して来た。
「ありがとう。ごめんね、伯爵令嬢サマをこんなところに呼び出して」
貴族社会の常識から言えば、叱責どころか交流断絶を言われてもおかしくない事態だ。
けれどシャルリーヌは、笑ってヒラヒラと片手を振った。
「大丈夫、大丈夫!邸宅の皆も最近、レイナと待ち合わせて出かける事には〝カフェ・キヴェカス〟で耐性ついたみたいだから。それに〝イクスゴード〟に用があるって言っておいたから、余計に大丈夫だと思うわよ?」
「やぁね、それ、何か私がシャーリーを悪の道に引きずり込んでるみたい。公爵邸も最近、相手がシャーリーなら、一般的な礼儀作法よりも会う日時が急であっても仕方がないと思われているのよ?」
「だって日本じゃ『電話して今すぐ会う!』とか『サプライズな訪問』とかが成り立つ世界だったんだから、二人だとどうしたってそうなるじゃないよねぇ?」
「まあね……」
何せ、ご自宅訪問してお茶会するのにさえ1ヶ月はかかるのが普通なのだ。
準備と心構えが既に謝恩会や卒業パーティーの域に近い。
「ああそれと、この後ギルドに寄って、書いて貰った紹介状、ギルドの郵便システムでベクレル伯爵家宛投函させて貰うわね?一応、明日伺いますって言う私からの手紙も付けて」
「明日⁉ああ、でもこっちからじゃ宰相閣下の状況なんて正確に掴めないものねぇ……仕方がないのか」
「そう言う事。何かあれば、ギルド経由で連絡させて貰うわ。それと、全部終わったら、ご両親からの手紙でも預かって来るわ。それくらいしか出来ないから」
「レイナ……」
「あ、もう一つあったわ」
私はわざとおどけるようにして、手にしていた袋をそのままシャルリーヌに手渡した。
「ポテチ⁉」
「今朝ちょっと特急で作って貰ったの。この間、少ししか渡せなかったしね。あ、でもこれ特許取る予定だから、出来ればこっそり食べてね。何ならここで今、ミカ君待ちながら食べる?庶民に見えて、良いカムフラージュかもね」
「あ、ならここでちょっと一緒に食べよう?だけどそっか…異世界でポテチは特許案件なのか……」
綴じていた袋の紐を解きながら、シャルリーヌが複雑そうな声をあげる。
「そもそも、ジャガイモじゃなくて〝スヴァレーフ〟だしね。登録名称がポテチになるとは限らない…と言うか、多分ならない」
「異世界グルメ…奥深い……」
そんな事を言い合いながら、二人してパリパリとポテチをかじっていると、やがて通りの向こうから「レイナ様ーっ!」と手を振る人影が見えた。
管理部術者の長は、私に使い方を教えながらも、時折チラチラとこちらを見て何かを言いたそうだったけれど、私も、今更謝られても…と言うところはあるし、彼らは知らなくても、エドヴァルドを引っぱたいた事で、一度ケリはついていると思っているので、それ以上話を広げる事はしなかった。
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ダイニングで昼食をとりながら、私は「明日出発する」と、セルヴァン、ヨンナ、ファルコに告げた。
「夕方、ミカ君の送迎と紹介がてら、ボードリエ伯爵令嬢と〝イクスゴード〟洋菓子店の前で待ち合わせをして、彼女に陛下から預かった『簡易型転移装置』に行先登録をして貰うんだけど、さすがに夜にギーレンのベクレル伯爵邸を訪れるのは非常識だし、行く前に、王都商業ギルドから紹介状付の先触れの手紙も出しておきたいから、出発は明日の午前にしようと思うの」
いよいよ――と言った話に、三人の表情も少しだけ引き締まったみたいだった。
「それで『簡易型転移装置』なんだけど、一度に何人って言う決まりはなくて、起動させてから30秒ほどの間だけ、扉越しに空間が繋がるらしいの。その間に通れる人数だったら、特に制限はないらしいのね?だから――」
「10人が限界ってところか」
腕組みをするファルコに「待って待って!」とストップをかける。
「ギーレンから、エドヴァルド様と王宮護衛騎士を連れて戻る事も考えて?実はそうしたら、一人も連れて行けないのよ。私とシーグで終わっちゃう」
「はぁ?何言ってんだ。それこそ死にに行くつもりかって話になるだろう!」
「ああ、うん、だからね?行くのは良いんだけど、帰りが第二陣になる可能性があるって事を念頭に置いて人選して欲しいの。エドヴァルド様さえ戻って来られたら、もう一回『簡易型転移装置』を借りるくらいの事はやってくれると思うから……それまでの間の居残りって言う形になるんだけど」
もしくは王宮の護衛騎士を全員残してくれば、フィルバートとしても、もう一式装置を出さざるを得なくなる――かも知れない。ちょっと確約は出来ないけど。
「ああ…最悪、帰りは馬車旅で1ヶ月以上かかる事を覚悟して行けってコトだな?そう言う話なら、理解した。地方との行き来に慣れた連中の中から何人か選ぶようにするわ」
「それでも10人は選びすぎだからね」
「分かった分かった」
そう言うと、ファルコは軽く片手を上げてダイニングを後にした。
「レイナ様……」
後には不安そうな、セルヴァンとヨンナが残される。
「ごめんね?ちょっと、まとまったお金を持ち出す事になるけど……」
「それは宜しいのです。国王陛下からの内々の話でもありますから、後で旦那様がいかようにもなさるでしょうし、そもそもこの程度では公爵家の身代はビクともしません」
うわぁ心強い…と、喜ぶべきところなんだろうか、ここ。
根が庶民の私には、何とも理解が及ばないところだ。
「それより本当に隣国に行かれるのですね……」
「えっ、そんな悲痛な表情を浮かべないで⁉ヨンナも泣きそうになるの止めて⁉まるで今から死地に赴くみたいで縁起が悪いから‼」
「ですが……」
「もしも入れ違いでエドヴァルド様が帰って来るような事があれば、王都商業ギルドの手紙配送システムを使って、向こうのベクレル伯爵家宛に手紙を出して?ボードリエ伯爵令嬢に言えば、そのシステムを使えるように手を打ってくれると思うから。逆にこちらから力を貸して欲しい事が出来れば、そのシステムを使って連絡を取るから」
「王都に限らず、商業ギルド同士がそのようなシステムを持っているなどとは、寡聞にして存じませんでした……」
「これならきっと、黙って身分証作っちゃった事も、不可抗力とエドヴァルド様も認めてくれるでしょう?」
敢えて明るく二人に言ってみたけど、セルヴァンにはあっさりと「それは保証しかねます」と言われてしまった――なんで。
「ま、まあとりあえず、何も考えずに行こうとしている訳じゃないのよ!ちゃんとエドヴァルド様と帰って来るから。ね?」
「レイナ様……何かあってもなくても、途中経過もご連絡下さる事をお約束下さいませんか。公爵邸に残る者、皆が御心配申し上げているのだと、どうかご理解を頂きたく」
「ヨンナ……」
実両親以上に心配をしてくれる、アンジェス国の父と母の言葉は、きっと本心だろう。
「分かった、そこはじゃあ、そうするね」
一度手紙を出せば、それを持って商業ギルドの手紙配達システムは利用出来るとの事だったから、それはそれで、一度は向こうから出しておくのも良いのかも知れないと、私も思い直した。
「夕方までは、持って行く荷物の確認をするわね」
そう言って微笑った私に、二人もそれ以上はもう何も言えなかったみたいだった。
* * *
夕方。
王都中心街にある、噴水広場(正式名称もあるらしいが、近隣に住む一般市民たちの間では『噴水広場』で定着しているらしい)の前でシャルリーヌと待ち合わせをした。
洋菓子店〝イクスゴード〟からも近いので、ミカ君にはお店が終わったらこっちに来るようにと、伝言してある。
煉瓦積みの円形噴水の外枠部分に腰かけて、表札サイズの『簡易型転移装置』を手渡すとか、周囲を歩く人達は誰もそんな風には見ないだろう。
あくまで富裕層市民が、友人同士での買い物途中にちょっと休憩していると言った風を装ってある。
「…私は魔力がないから分からないんだけど、この彫り模様の所に触れて、空間を繋げたい行先をイメージしながら、魔力を流し込むんだって。だからこの場合、シャーリーの実家になるのかな?」
「オッケー、任せて!」
この辺りは「転生者」と「召喚者」の違いだろう。
生まれついてのこの世界の住人であるシャルリーヌには、ちゃんと魔力が備わっているのだ。
魔力を流し込めと、管理部術者の長は言っていたけど、私にしてみれば、イメージさえ湧かない。
「はい、これで大丈夫だと思うわ」
ややあって、シャルリーヌが装置をこちらへと戻して来た。
「ありがとう。ごめんね、伯爵令嬢サマをこんなところに呼び出して」
貴族社会の常識から言えば、叱責どころか交流断絶を言われてもおかしくない事態だ。
けれどシャルリーヌは、笑ってヒラヒラと片手を振った。
「大丈夫、大丈夫!邸宅の皆も最近、レイナと待ち合わせて出かける事には〝カフェ・キヴェカス〟で耐性ついたみたいだから。それに〝イクスゴード〟に用があるって言っておいたから、余計に大丈夫だと思うわよ?」
「やぁね、それ、何か私がシャーリーを悪の道に引きずり込んでるみたい。公爵邸も最近、相手がシャーリーなら、一般的な礼儀作法よりも会う日時が急であっても仕方がないと思われているのよ?」
「だって日本じゃ『電話して今すぐ会う!』とか『サプライズな訪問』とかが成り立つ世界だったんだから、二人だとどうしたってそうなるじゃないよねぇ?」
「まあね……」
何せ、ご自宅訪問してお茶会するのにさえ1ヶ月はかかるのが普通なのだ。
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「ああそれと、この後ギルドに寄って、書いて貰った紹介状、ギルドの郵便システムでベクレル伯爵家宛投函させて貰うわね?一応、明日伺いますって言う私からの手紙も付けて」
「明日⁉ああ、でもこっちからじゃ宰相閣下の状況なんて正確に掴めないものねぇ……仕方がないのか」
「そう言う事。何かあれば、ギルド経由で連絡させて貰うわ。それと、全部終わったら、ご両親からの手紙でも預かって来るわ。それくらいしか出来ないから」
「レイナ……」
「あ、もう一つあったわ」
私はわざとおどけるようにして、手にしていた袋をそのままシャルリーヌに手渡した。
「ポテチ⁉」
「今朝ちょっと特急で作って貰ったの。この間、少ししか渡せなかったしね。あ、でもこれ特許取る予定だから、出来ればこっそり食べてね。何ならここで今、ミカ君待ちながら食べる?庶民に見えて、良いカムフラージュかもね」
「あ、ならここでちょっと一緒に食べよう?だけどそっか…異世界でポテチは特許案件なのか……」
綴じていた袋の紐を解きながら、シャルリーヌが複雑そうな声をあげる。
「そもそも、ジャガイモじゃなくて〝スヴァレーフ〟だしね。登録名称がポテチになるとは限らない…と言うか、多分ならない」
「異世界グルメ…奥深い……」
そんな事を言い合いながら、二人してパリパリとポテチをかじっていると、やがて通りの向こうから「レイナ様ーっ!」と手を振る人影が見えた。
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