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第一部 宰相家の居候

156 王都の中心でヒロインは叫ぶ

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 レイフ殿下派閥と聞いていた所為せいで、当初は随分と警戒をしていたボードリエ伯爵夫妻は、実際に邸宅おやしきを訪れてみれば、何と言うか、大人しそうな壮年男性と、その奥様に見えた。

 よくよく聞けば、父親がかなり剛腕な人物で、その時点でレイフ殿下派閥の中心にいたために、そのまま派閥の一員と思われているだけで、フィルバートが王位を継いだ政変に絡んで爵位を継ぐ事になった今の伯爵は、まるで父親の反動の如く大人しいと言われているそうだ。

 王都に邸宅を持つのは、基本的には五公爵のみである筈なのに、ボードリエ伯爵が王都に邸宅を持っているのには、特殊な事情がそこには存在した。

 何代か前のボードリエ伯爵が非常に教育熱心な人物で、元はボードリエ伯爵領は、学問研究に特化した領として知られていたところが、当時の王にわれて、王都でも同等の教育機関を創設したそうなのだ。

 それが、エドヴァルドも通った学園であり、当代ボードリエ伯爵は代々学園の理事長も兼ねると言う約定の為に、王都住まいを認められたと言う事らしい。

 ボードリエ伯爵領は、他の高位貴族領主とは逆に、代々次男あるいは三男が領をまとめているのだそうだ。

 それを聞いた時には、教育者が王家の権力に擦り寄っていてはダメだろうと思ったけれど、どうやら大きなをやらかす前に、政変が起きて領主が交代せざるを得なかったとの事だった。

 タイミング的に、その領主交代にはの作為をヒシヒシと感じるけれど、今更私がそれを知ったところでどうしようもないので、そこはもう聞き流すだけだ。

 あらかじめそう聞いて、ボードリエ伯爵と対面すれば、確かに教育者としての側面は見え隠れする。

 どこかの学校にいそうな校長先生、と言う感じだ。

「シャルリーヌから、親しい令嬢の話を聞く事自体が初めてなのだ。どうかこれからも仲良くしてやって欲しい」

 そう言って、たかが〝聖女の姉〟の肩書しか持たない小娘に頭を下げられるのは、なかなか出来る事じゃないと思う。

 そして隣国の事情とは言え、婚約破棄にあったような令嬢を受け入れられたのは、縁戚関係があったにしろ、この夫妻だからこそとも言えた。

 私も素直に〝カーテシー〟でそれに応える。

「勿体ないお言葉を有難うございます。私こそ、イデオン公爵様の下で庇護を受けるだけの身でありながら、ご令嬢との交流をお許しいただける事、感謝の念に堪えません。これからもこちらを訪ねさせて頂ける事をお許し下されば有難く存じます」

「お義父とう様、お義母かあ様。彼女こんな事を言ってますけれど、で最高峰の教育機関に在籍していたそうですし、公爵様も庇護どころか、為の教育をしていらっしゃるくらいですの。今から相応の対応を邸宅やしきの皆にも周知いただきたいです」

「ちょっ……」

 本人よりドヤ顔で宣言するとか、どういう事だと私は思わずシャルリーヌを睨んでいたけど、当人はニヤニヤと面白そうに笑うだけだった。

 恐る恐る伯爵夫妻の反応を窺えば、傍目にも気安いと分かるやりとりが嬉しかったのか、そうかそうかと、微笑わらっただけだった。

「いや本当に、シャルリーヌに良い友人が出来た事が喜ばしいよ」
「ええ、私もそう思いますわ、あなた」

「行きましょう、レイナ。よね?内容も内容だから、お茶もお菓子も私の部屋に用意をさせたのよ。そこでゆっくりしましょう?」

 言われた私は、確かに内容も内容なので、シャルリーヌの後に付いて、二階の奥の部屋へと向かう事にした。

「キヴェカス家のカフェのケーキには負けるけれど、ここにあるお菓子も紅茶も、味は保証するわ。遠慮なく食べてね」

 聞けば、ヘルマンさんのように、学園出身者であり、次期領主とはならない子爵家の出身でもある青年が、身を立てるべく修行を積んで開業した菓子店のケーキと言う事らしい。

 卒業生を応援する意味もあって、伯爵夫妻が時々購入をしているんだそうだ。

「へえ…今度じゃあ、私も買ってみようかしら」
「よかったら、そうしてあげて。この世界、クチコミって大事でしょう?」

 そんな事を言いながら紅茶とケーキを味わう私とシャルリーヌを、侍女さんたちも好意的な表情で見守ってくれていたけれど、やがてシャルリーヌの合図を受けて、皆が部屋から退がっていった。

『……一応、日本語にしておくわ』

 シャルリーヌの方が、そう口火を切ってくれたので、私は紅茶で少し口を濡らすと『…〝賭け〟の話よね』と、内容なかみ彼女にも伝える事にした。

 もう、話は解禁で良い筈だ。

 そうして順を追って話を伝えていくと、案の定、シャルリーヌの表情かおが、ご令嬢らしからぬ憤怒に歪んだ。

『勝手に人を〝賭け〟の商品ネタにするんじゃないわよっ!聖女だの侍女だのと言う以前に、私の意思はどこにあるのよ――っ‼』
『どうどう、シャーリー、ちょっと押さえて』
『どうどうって、何!人を馬扱いしないでくれる⁉』

 いや、その興奮ぶりじゃ「どうどう」としか言いようがないって。
 そんな風に宥める私に、シャルリーヌの怒りはまだ収まらない。

『レイナこそ、どうするのよ⁉宰相閣下と妹さんをはかりにかけろって言われてるも同然じゃないの、それ⁉』

『まぁ、そうなんだけどね……』

 そこで困った様に微笑わらった私に、怒りの矛先を逸らされたのか、シャルリーヌの口調も少しトーンダウンした。

『……レイナ、もしかして』
『今更、妹をかけがえのない家族だとは思えない…って言ったら、シャーリーは軽蔑する?』

 婚約破棄をされたり、生まれ育った国を出たりと、環境としては波瀾万丈だが、家族環境は恵まれているのが、シャルリーヌだ。

 それとは逆に、衣食住には困らなかったけれど、家族が家族ではなかったのが、私だ。

 お互いに表情を消して顔を見合わせていたけれど、折れたように肩をすくめたのは、シャルリーヌの方だった。

『まぁ、家族だから愛があって、優先して当然…なんて言えるのは、愛情のある家族に囲まれて育った人間だけよね。他人が口を挟める事でもなかったわ。今のは私の言い方が悪かった。ごめんなさい』

 素直に頭を下げてくるシャルリーヌに、私はゆるゆると首を振った。

『気にしないで。それだけ、シャーリーも動揺したんだろうし』

『待って待って、軽蔑なんてしていないからね?そこは誤解しないでね?ただちょーっと「遂に宰相閣下に堕ちるのか!」って思っただけだからね?』

『なっ⁉︎』

 そしてシャルリーヌの爆弾発言に、今度は私が動揺した。

『ちょっと、何言ってるのシャーリー⁉︎』

『えっ?だってほら、宰相閣下には、王女やら聖女やらの縁談ハニトラに負けずに帰って来て貰わないと、私は人生かかってるから切実に困るんだけど、レイナの場合、本来、そこまで不都合はない筈よ?陛下の下で働くだけなら、実害って貴女の胃の中がせいぜいよ?』

『いや、胃に穴あいたら立派な実害でしょ』

『ツッコむところは、そこじゃないわよっ!要は宰相閣下が、妹さんやらどこぞのポッと出の王女サマに盗られたりするのは不愉快なんでしょ?ってハナシでしょ!』

 噛み付かんばかりのシャルリーヌに、私は取り繕う事を忘れた。
 うっかり、言葉に詰まってしまった。

『……不愉快……』

『だってこの前、公爵邸で私聞いたじゃない「聖女の姉って言う立場から一歩引いてはいるけど、本当は宰相閣下の事、好きでしょ。独占したいって思われてても、不愉快だとかは思わないでしょ」?って。その通りなら、閣下の目が他の女に向く事が、逆に不愉快になるのが普通だと思うけど』

『……っ』

『やだ、自覚なかった?あ、違う。あの時点でも宰相閣下、既に独占欲全開で本気で堕としにかかってたから、キャパ越えオーバーでそんな事考えられてなかったんだ』

 ――その上更に、物凄いクリティカルヒットを喰らった気がした。

 ぐうの音も出ません……。
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