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第一部 宰相家の居候

152 現実はチョコほど甘くない

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

(い…居心地悪い…っ)

 チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟へと向かう筈が、ドナドナのBGMが脳裡に響く。

 とりあえずエドヴァルドの帰宅前、ファルコ経由でイザクからは、錠剤液薬粉薬、アレコレ一週間分くらいは詰め込めそうだと聞いた。

 料理とか飲み物に入れたら無効化出来るような薬はあるかと聞いたら、明日の朝までに試作してみるとの事だった。

 え、皆さん私のせいで徹夜上等体質になったとか?
 ごめんなさい。
 明日キヴェカスの乳製品、何かお土産に買って帰るので。

 この世界、専門の術師以外に魔術は使えないものの、各個人が生まれつき持つと言う魔力を自動的に感知して使用する魔道具と言うのが、全ての基盤になっているらしい。

 灯りをつけるにしろ、火をつけるにしろ…だ。

 魔力ゼロの私は、当然何も動かせないので、夜は侍女の誰かに灯りをつけて貰って、そのまま朝までつけっぱなしコースが定着している。

 仮に独り立ちするにしても、人を雇うかレストランの上や宿屋の一室を賃貸させて貰って、日々お願いするか…くらいは考えないといけないのかも知れない。

 機会があったらギルド長さんに相談してみようかな。

 閑話休題それはさておき

 魔道具と言うからには、簡易式結界装置の様なモノはないのかと聞いたところ、最初は邸宅やしき中の皆に怪訝な顔をされた。

 確かに〝蘇芳戦記〟では出て来なかったけれど、剣と魔法の世界なら、存在したって良いじゃないかと思ったのは、夢を見過ぎたんだろうか。

 身を守ると言う定義で『結界』の何たるかを説明してみたところ、どうやら農作物を荒らす害獣退治の罠として、踏み抜いたら強風が発生して、畑から吹き飛ばすと言う装置があるらしく、それが原理としては近いんじゃないかと言う事になった。

 まるで地雷だと思ったけど、とりあえず、無いよりは良いかと、それも複数用意をして貰った。

 に使って貰うと言ったら、皆そろって口をあんぐりと開けてたけど、その後すぐに「害獣扱いですか⁉︎」と、爆笑の渦へと変わった。

 いや、そんなつもりじゃ…って言っても笑顔のまま誰も聞いてくれず、結局その罠も、嬉々として用意がなされた。
 皆が楽しいなら、まあ良いか。

 …なんてことをしているうちにエドヴァルドが戻って来たんだけれども、実際に馬車に乗り込んでみたところ、の不機嫌は、いっこうに解消されていなかったと言う訳だった。

「……私、出しゃばり過ぎましたか?」

 沈黙に耐えきれなくて恐る恐る問いかけてみたら、窓の外をずっと見ていたエドヴァルドが、何を言っていると言わんばかりに、顔をこちらへと向けた。

「私が最初にエドヴァルド様に言われたのって『ご令嬢除け』だった筈なのに、領内部の事情にあれこれ首を突っ込んでしまって……」

「……それは」

「ブレンダ夫人も仰ってましたけど、なかなか女性がそう言った事に意見を言うのって、あまり好意的には捉えて貰えないみたいですし――」

「待て、夫人が領へ来いと言っていたのを受けるつもりか⁉」

「⁉」

 私は、エドヴァルドの不機嫌の理由を尋ねたかったのに、何か違う解釈をされたらしく、エドヴァルドの手が、私の手首を強く掴んでいた。

「え…いきなりそんな事はさすがに言いません……と言うか、社交辞令の意味も多分にあるでしょうし……ただ……」

「ただ?」

「夫人と話をしていると、とても勉強になるので……お戻りになられても、時々手紙のやりとりはしたいと言うか……お帰りになるまでに、それはお願いしようかと――痛っ」

 話をしている途中から、エドヴァルドの手にかなりの力がこめられたのが分かった。

「――もし」
「エドヴァルド様?」

「もし聖女いもうとがギーレンに留まると分かれば、オルセン領行きもバリエンダール行きも諦めてくれるな?」

 少なくとも、オルセン領でお世話になるとは、まだ言っていない――と言いかけたけれど、エドヴァルドの視線が鋭すぎて、言葉を呑み込んでしまった。

「妹と関わらない生活と言う、貴女の条件はそれで満たされるな?」
「満た…されます…ね……多分……」

 ギーレンの〝聖女〟になろうと、ギーレン王族の誰かがヨメにしようと、進んで外交をやるとも思えないので、行ってしまえば、まず間違いなく風の噂で何か評判を聞く程度になるだろう。

 私がアンジェス国に留まるなら、それで対価は得たと、確かに言える。

「――分かった」

 エドヴァルドの目が、妖しく光ったのは気のせいだろうか。
 そして、取り巻く空気が黒い。とても黒い。

なら、オーグレーン家の事も含めて、ギーレンに行って全てケリをつけてくる。面倒な公務とばかり思っていたが、僥倖と思う事にしておく」

「エ…エドヴァルド様…?」

「レイナ。私は貴女が『出しゃばっている』などとは全く思わないから、チョコレートの共同開発についても、気にせず意見を上げてくれれば良い。私もそうだが、夫人やフォルシアン公も、聞く耳はある人物だ」

 手を離さないまま、エドヴァルドがそう言ったところで、馬車がチョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟の前に着いた。

 あっと言う間にエスコートを受けてお店の中に入ると、そこには既にフォルシアン公爵、ブレンダ夫人、ユルハ伯爵らが勢揃いをしていた。

「やあ、レイナ嬢。イデオン公も、いらっしゃい。とりあえず先に職人たちに、オルセン領とユルハ領との、共同での商品開発を模索している事だけは周知しておいた。夫人と伯爵も今来たところだ。早速話の続きを始めようか」

 セルヴァンの話を聞いてしまえば、フォルシアン公爵のエドヴァルドに対する態度は、確かに気安いとも言える。

 本当にこの人は、チャラさの仮面の下に色々な感情を隠している人だ。

 さすがにいきなり厨房には招き入れられないと、最初の話は店舗部分でする事になった。

「さて、私が聞いているのは『固形のチョコレートの中に、ワインやジャムをとじ込める事は技術的に可能か』と言うところなんだが、どうかな」

 口火を切ってくれたのはフォルシアン公爵で、職人たちもその方が答えやすいと思ったのだろう。
 三人がその場にいたのだが、彼らは揃って顔を見合わせていた。

 そして一番年配の男性が、代表する形で口を開いた。

「溶かして練り込んだり、上からかけたりするのではなく、とじ込める…と仰いますか?」

 奇しくもフォルシアン公爵と同じ事を聞くのは、職人と経営者とは言え、日々実務に携わる者同士だからと言う事だろう。

 フォルシアン公爵も、当然とばかりに頷いている。

「ああ。可能なのであれば、共同での商品開発に相応しい物となるだろうからな。どうだ?」

「ええ、確かに……。そうですね、出来る出来ないの話だけで言えば、多分出来るだろうとは思います」

「そうか!」

「ですが、あくまで理論上の話です。たくさんの試作を重ねて、相当な試行錯誤が必要になるとは思いますが、それは宜しいのでしょうか」

 職人さんたちも、必要以上にフォルシアン公爵に媚びへつらう事をしない。
 
 予約制を取らず、持ち帰りも認めていないところからも察せられるように、このカフェもキヴェカス家のカフェと同様に、かなり風通しの良い職場なんだろう。

 フォルシアン公爵も、職人さんたちの物言いにいちいち腹を立てる事もなく、話の続きを促す。

「ふむ。例えば?」

「そうですね。今の店舗で取り扱っているチョコレートだけでも、甘さごとに複数の種類を置いていますし、アムレアン領から取り寄せても良いと言う話なら、数は更に多くなります。ワインにしろジャムにしろ、それぞれの特徴を殺さない甘さ加減と言うものがあるでしょうから、そうなると試作の数もなかなかの物になるのではないかと」

 職人目線での、思いもよらなかった話に、この場の誰もが目を丸くした。

「なるほど。どこまで突き詰めたいのか、と言う話にもなるのか……」

「そうですわね。オルセンのワインも1種類じゃございませんわ…その年毎に出来も違いますし……」

 ユルハ伯爵やブレンダ夫人が、考える仕種を見せる中、フォルシアン公爵が「とりあえずは、手持ちの材料と、ウチにあるチョコレートとを掛け合わせさせよう。それ以上の話は、試作品が完成してから考えても遅くはない」と話をまとめる形で、ワインとジャムを職人に渡すよう指示を出した。

「レイナ嬢が国で見たのは、どんな形かな?チョコレート自体の味は?」

「形は…丸かったり四角かったり、お店によって色々あった気がします。チョコレートも甘めだったり苦めだったり……」

「そうか。かなり多様性があると言う事か。確かにこれは、色々と詰めるところも多そうだな」

 私の答えを聞いたフォルシアン公爵は、悩ましげな、それでいてやり甲斐があると言った、そんな表情を見せると、パンと両手を合わせた。

「分かった!とりあえず今日はここまでだ。ダン、まずは手持ち分だけで試作をしてみるなら、明後日には彼らに何か出せるか?」

 後ろの職人二人はギョッとしているけど、名指しされた男性は、ため息をついただけだった。

「その無茶ぶりも久しぶりですね」

「最近は緩いペースで開発していたんだ。久しぶりに腕が鳴るだろう」

「殿方に片目を閉じられましても、むしろマイナスです」

 軽口を交わし合っているくらいで「やらない」とはさっきから一言も言っていない。

 フォルシアン公爵はニヤリと笑った。

「完成したら、泊まっている宿と、公爵邸には遣いを出そう。では王宮へ戻ろうか、イデオン公。ちゃんと晩餐には間に合っただろう?」

 返事の代わりにエドヴァルドは、フイと顔を横に逸らしていた。
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