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第一部 宰相家の居候

145 ご指名ですPart2

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「ロッピア?」

 夜。
 王宮から疲れた表情で戻って来たエドヴァルドから告げられた聴き慣れない言葉に、私は首を傾げた。

「ああ、まあ…先代国王と王妃の我儘の産物なんだが――」

 アンジェスでは年始を挟んで約10日ほど、中心街にある広場で「マルクナード」と呼ばれる露店マーケットが立ち並んで、新年を皆で祝おうと言うイベントがあるそうだ。

 言われてみれば〝蘇芳戦記〟の中でも、デートと言うよりは他国からのスパイを探すと言うロマンの欠片もないイベントとして、確かにあった。

 王族も毎年お忍びで出かけていたらしいところに、王妃の妊娠が分かって出産が近くなり、どうしても行けない年があった。

 故郷の工芸品の店などが立ち並ぶのを、それはそれは楽しみにしていたと言う王妃は諦め切れず、そのマーケットが終わった直後に、王宮の庭で王族のためだけの市を、王に強請ねだって開かせたらしい。

 それに気をよくした王妃が、今度は一年に一度では物足りないと言い始め、頭を抱えた先代宰相が苦慮した結果、同じ規模は年に一度であってこその民の楽しみと、王や王妃に言い含めて、代わりに王都で店を開いている小売業者限定で、基本は月に一度、王族が求めた場合には別途従うとして、王宮の大広間でのプチマーケットを開く事を、王都で開業するにあたっての義務として条項を加えたと言う事だった。

 その大広間でのプチマーケットを、王妃の名「ロヴィーア」にかけて「ロッピア」と呼ぶようになったらしい。

「まぁ、フィルバートの代になってからは『毎月毎月城に呼びつけるなどと、ただの嫌がらせだろう』と最初は廃止しようとしていたんだが、我々が思うより、使用人たちの方で『ロッピア』を楽しみにしている者が多かったんだ。地方から出て来て住み込みの者も多いし、王宮の外へ出る事すらままならない者もいるからな。だからまあ、結局のところは、そのままになっている」

「王族の我儘から始まったのに、福利厚生の一環として定着しちゃったんですね」

 私の身も蓋もない言い方に、エドヴァルドは苦笑を見せる。

「そんなところだ。それで明日、思いがけずエドベリ王子がもう1泊する事になったものだから、急遽『軍神テュールの間』で、お昼を挟んで臨時の『ロッピア』を催す事になったんだ。条項として『王族が求めた場合には別途従う』と言う一文がある以上、王都中心街の店舗の方にも拒む権利はないからな」

「それにしたって明日いきなりは結構、横暴じゃないですか?」

 さすがにそう思ったんだけれど、エドヴァルドはちょっと黒い笑みを見せただけだった。

「ついさっき、それぞれの店舗責任者に早馬は出した。書状には『滞在中のギーレン国の殿下の急な滞在による外交接待おもてなしのため』と、書き記しておいた。ギーレンの王族御用達を狙うチャンスと取るか、王子の横暴かと腹を立てるかはそれぞれの店主次第だ。だがまあ、ある程度はギーレンを快く思わない者は出て来るだろうな」

 宰相閣下、何気なく「王子様の我儘」をほのめめかせて、王都在住の一般市民や商人たちの好感度を下げるに出たんですね。
 塵も積もれば…を狙ってますね。

「観光と言う点も考えなくはなかったが、一公爵の領内だけを案内する訳にもいかないからな。かと言って五公爵全ての領内の観光名所を一か所ずつ回るにしても〝転移扉〟を使ったとて、一日では無理だ。結果『ロッピア』に落ち着いたと言う面がある事も、まあ否定しない」

「ああ…それなら、各領から特産品なり工芸品なりを持ち込めば不公平にはなりませんもんね」

 頷いた私は、ふと思い至って、顔を上げた。

「じゃあ、イデオン公爵領としても何か出店をされるんですか?」

「……いや。基本的には、公爵領の製品を取り扱ってくれている店舗に頼んで『マルクナード』の時のように出店して貰う事になるとは思う。まさかガーデンパーティの品を特許権取得前から王宮で披露する訳にもいかないからな」

「あ、それはそうですね」

「アルノシュト…シュタムの銀、ハルヴァラの白磁器、リリアートのガラス細工に、バーレントの木綿製品…キヴェカスはチーズあたりなら、日持ちがするから出せるだろうな。あとはオルセンのオリジナルワインでも置いておけば、最低限の体裁は整うだろう。幸い今なら各領主が式典のため王都にいるんだ。何なら営業だってしやすい筈だ」

 ベタな名産品が並ぶ蚤の市、あるいはマルシェってところだろうか。

 なるほど、それはそれで使用人の皆が楽しみにするのも分かる気はする。
 呼びつけ――もとい、外商営業が基本デフォルトの高位貴族層には分からない楽しみ方だ。

「そう考えれば、無茶ぶりであって無茶ぶりではないんですね。それじゃ各領主だって文句が言えない。あるとしたら、ちょっぴりエドベリ王子の好感度が落ちるだけですよね。もっと早く言ってくれれば、ちゃんと準備したのに――的な」

 商人たちどころか、貴族層の好感度も下げたかったんだな…と思わず遠い目になった私に「何の話だ」とエドヴァルドはうそぶいただけだった。

「それで本題なんだが……レイナ」
「あっ、はい」
「その『ロッピア』に、貴女も来て貰えるか。付き添いは、私がする」
「え?」

 思わぬ「依頼」に、私は二、三度瞬きをした。

「それは…あれですか、どこかの店で売り子とか……」

「……それはそれで興味深いが、今回は違う。エドベリ王子が、そこで貴女と話をしたいんだそうだ」

「……はい?」

 私は、エドヴァルドの前だと言う事を忘れて、おかしな声をあげてしまった。

「えーっと…それはでしょうか」

 聖女マナなのか聖女の姉レイナなのか。

 言いたい事を察したエドヴァルドの目元に一瞬、青筋が見えた気がした。

「……〝聖女の姉レイナ〟とだ」
「それはまた何で……」

 夜会の間、マナは、壁の花になって大人しくしていた筈だ。

「そもそもは、聖女のためにギーレンの王宮に商人を呼ぶ準備のために1日欲しいとの話だった。だから国王陛下フィルバートは、それは許可するが、その間にと接触を図られるのは困ると、一応ボードリエ伯爵家のために釘を刺したんだ。その結果が——〝聖女の姉レイナ〟への指名だ」

「……っ」

 エドベリ王子の思惑が読めた私は、盛大に顔をしかめてしまった。

 要は、私はあくまで「イデオン公爵家に一時的に預けられている客人」であり、特定の家と接触をするなと言う話には当てはまらないと言う屁理屈で、私からシャルリーヌの話を聞こうとしているだけじゃないか。

 恐らくは、アンジェス滞在中にボードリエ伯爵家に接触出来そうにないと悟ったエドベリ王子側が、強引な理屈で押し切ってきたと言う事だろう。

 しまったなぁ…仲良しアピールが裏目に出たか。

「さすがに個室に呼びつけるまでしては、建前もなにもあったものじゃない。だから『ロッピア』の中でたまたま、同じ売り場の前ですれ違って声をかける――と言うていにしたいらしい」

 うわぁ…と、お断りの余地がない状況に肩を落とす私に、エドヴァルドも申し訳ないと言った視線を向ける。

「明日に関しては、入れ替えたくても入れ替えられないと言う訳だ。貴女には、貴女のままで『ロッピア』に参加して貰う事になる。陛下には、極力私が貴女に付いている事を承知させた。すまないが協力して貰えるか」

 蚤の市にちょっと期待した気持ちが、一瞬にして吹き飛んでしまった。
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