聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
77 / 803
第一部 宰相家の居候

【仕立て屋Side】ヘルマンの青嵐(せいらん)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 青の中の青――今や幻とまで言われる産地で発掘されたブルーサファイアを、出入りの宝石商がウチに持ち込んで来たのは、全くの偶然だった。

 希少石コレクターとして、宝石商たちの間で名が通っていた、クヴィスト公爵領下の、とある侯爵が亡くなった後、父親の趣味を常日頃より苦々しく思っていた息子が、葬儀の後に、過去に取引先のあった宝石商を一斉に集めて、オークションを催したとの事だった。

 そこで落札した宝石商が、そのすぐ後に、定期営業の予定があったウチに、まず話をしたと言う次第だった。

 基本的にウチは、ドレスとセットのアクセサリーを制作する為の原石ルースを購入する事がメインだし、宝石商としても、話のネタ程度にしか最初は考えていなかったらしい。
 
 だがその原石ルースは、目を奪われるには充分な代物だった。
 
 ――最高級のサファイアの濃い青色。
 一目での友人、エドヴァルド・イデオンを思わせる、誇り高き青の色。

 いずれ衣装とセットで、ラペルピンにでも加工させるか、あるいはそのうち結婚とでもなれば、相手への贈り物とするか。

 まだ用途は決めかねているが、それでもこの原石ルースは、手元に置いておくべきだ。

 そう直感した俺は、その場でその原石ルースを買い取った。
 安い買い物ではないが、そのうちに回収する機会はあるだろう。そう思って。

 その後しばらくは、大きな式典も、エドヴァルド自身にも大きな話題はなく、このままだと俺自身が希少石のコレクターみたいになってくるな…と思っていたところに、あのが起きた。

 そう、エドヴァルドが女性物のドレスを注文すると言う、だ。

 国の賓客と聞きはしたが、あの〝聖女の姉〟の一連の行動、言動を見る限りは、エドヴァルドが今にも堕ちそうな気がして仕方がない。

 そう思った俺は、そのうち需要があるだろうと、どのドレスを着てもサマになるだろう、小ぶりのネックレスをデザインして、加工屋に依頼しておいた。

 原石ルースの値段を考えれば、大した賭けだとは思ったが、俺のこの手の勘は、昔から外れた事がない。

 案の定と言うか、ネックレスが出来上がって、それほど日にちが立たない内に、エドヴァルドから「今日、店が終わった後に訪れたい」との連絡が店に入った。

 最初は、現在進行形で話が進んでいる、木綿製の生地と紙の話かと思いきや、日が暮れてやってきたエドヴァルドは「おまえがその目で判断した事を、私がとやかく言う事はない」と言っただけで、隣国王子の外遊が終わり次第、物件探しや独占販売権など、諸事動き始めるようにすると、あっさり話を終えてしまった。

「うん?それだけか?何か急ぐ用事があったんじゃないのか。…ああ、アレか。ディルク・バーレント伯爵令息と、レイナ嬢がどんな様子だったかが聞きたいとかか?」

 二階の書斎兼応接室で向かい合って腰を下ろしながら、首を傾げた俺に、エドヴァルドはもの凄く言いにくいと言ったていで、視線をらした。

 …俺の目の前にいる、この男はダレだと言いたくなる仕種だ。

「っつーか、何なんだよレイナ嬢のあの首筋の「痕」!次期伯爵サマが、自分があおったからだって言ってたけど、俺のドレスより先に周りの視線が集中するから、やめてくれよ、色々台無しだっての!」

「………すまない。その、ディルクと――あの男とは、まぁ、因縁があるものだから、つい…な」

 もっとドレスのために気を遣えと、斜め上からの説教をかました俺に、エドヴァルドは苦笑していたが、すぐに話が逸れていると思い返した様だった。

「今朝……彼女を怒らせてしまった」
「は?」

「いや、その『痕』の所為せいじゃない。今の関係に甘えた私が不用意な事を言って、彼女を怒らせてしまったんだ」

 俺が言いかけた事を遮る様に、エドヴァルドはそう言った。
 本当に後悔していると言った、珍しいくらいに苦い表情だった。

「今日、このまま持って帰る事が出来て、彼女に私の後悔が伝わるような、そんな何かがないかと思ったんだが……情けない話、何も思い浮かばない。彼女が好みそうな食べ物なら、なくはないんだが、以前に、店から持ち帰れないと、彼女自身が嘆いていた事がある。何とか手に入れたとしても、私が公爵としての権力で無理矢理どうにかしたとしか思わないだろう」

「お…おお」

 要は惚れた女に贈り物がしたい、と。
 本当に、目の前のコイツは俺が知るエドヴァルド・イデオンと同一人物なのか。

「そう言う悩みは、普通、学園時代に経験しとくモンだろうがよ……」

 学園時代に経験してこなかった青い春が、今頃になって嵐となって吹き荒れている。

「……花畑に用はなかったし、公爵夫人になりたい女にも用はなかった」
「まあ…そこは分からなくもないけどな」

 あの頃に「聖女の姉」の様な女がいたかと言えば――答えは「いな」だ。

 エドヴァルド自身は、能力も性格も、あの頃から何も変わっていないのだから、当時に戻れたとしても、釣り合う女なんかいた筈がない。

 俺は「しょうがねぇなぁ…」と軽く嘆息すると、ソファから立ち上がった。

「フェリクス?」

 まだ早いんじゃないかと思っていたが、逆に今なら、渡せると言う気もした。
 
 まあ、判断するのは目の前のこの男だが。

 俺は隣室の保管庫から、くだんのネックレスを、保管していた木箱ごと持ち出してきて、エドヴァルドの前に置いてやった。

「コレは〝青の中の青〟とまで言われている、既に採掘もままならなくなっている程の、ブルーサファイアの希少石を加工したネックレスだ。以前、本当に偶然、ウチに持ち込まれた。別に頼まれちゃいなかったが、どう見てもコレはだ。だからいつかおまえに売り込んでやれと思って、しばらく保管していた」

「青の中の青……」

「多分彼女、見た目にも豪奢な宝石やドレスとかは興味ないだろう?だけどそいつなら、どんな服でも邪魔をしない。首回りを隠すデザインのドレス以外は、ドレスの下、胸元に隠れて見えなくなったりしないよう、チェーンも一般的なそれよりは短めにしてある。いつ、どんな時も、自分と共にって欲しい――まぁそんな、主張だな」

 実際には、ちょっとどころじゃない。
 相手側にも好意がなければ、とてつもなく愛が重い一品だが、そこはわざわざ口にしない。

「ただ、おまえが本気で彼女を手に入れたいとまでは思っていなくて、ただご機嫌伺いがしたいだけなら、コレはやめておけ。別の類似品を保管庫から見繕ってきてやる。俺のデザインどころか、この宝石いし自体が一点物にも等しい希少さだ。値段もダイヤモンド以上だからな」

 そう言うと、エドヴァルドの眉が一瞬ひそめられたようだったが、何かを言いだす前に、俺はそのまま話を続けた。

「…ああ、別におまえなら払えなくもないかも知れんが、俺が言いたいのは、そこじゃない。今後もし、本気で贈り物をしたいと思うような女が出て来た時に、これ以上の物は存在しないだろうと言う事だ。この宝石いしには、それだけの価値がある」

 どうも宝石商の回し者みたいになっているが、今は仕方がない。
 
 この宝石いしにどれほどの価値があり、俺が、どんな服でも邪魔をしないデザインを施した、その意味を、エドヴァルドが理解する必要があるからだ。

 ――いつ、どんな時も、自分と共に。

 見た目は小ぶりだが、こめられている想いは何物にも引けを取らない。

「どうする?おまえの言う『後悔』とやらがどれほどのモノか、俺には分からん。おまえが判断して、決めろ」

「フェリクス……」

「どれを選ぶにしろ、木箱に直入れはあんまりだから、ちゃんとシルクの袋で包んで、リボンで結んで、それらしく箱の中の体裁は整えて渡してやるよ、心配すんな」

 エドヴァルドの様子を見ながら、俺はそう言って肩をすくめた。

 どれを選ぶもなにも――結論は、とうに出ている。そんな表情かおを、エドヴァルドはしているからだ。

(……コイツにされるとか、ちょっとご愁傷様な気もしてきた)

 もちろんそれは、一生心の中にしまっておくつもりだが。

 何にせよ、俺には到底無理な愛し方である事だけは、間違いないけどな。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。