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第一部 宰相家の居候
【オルセン領Side】ヨアキムの羨望
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「聖女の姉君ね……」
王都の公爵家邸宅から、オルセン侯爵領の本邸宅まで戻って来た僕は、団欒の間の応接ソファにだらしなく身を沈めて、一息ついたところで、ふと視線を遠くへと投げた。
二歳年下とは思えない、鉄壁の無表情を誇っていた、有能に過ぎるくらいだった従弟の気を、あそこまで惹ける女性がいるとは思わなかった。
応接テーブルの上には、その「姉」から渡された、フルーツワイン(仮名称)を領の第二の銘品にすべきと言う、根拠も含めた「提案書」が置かれている。
「あのねぇ、ヨアキム!いきなり『別宅の住人』を二人も、領に連れて来ないでくれるかしら⁉︎穀潰しを二人も置いておける程、ウチの領に余裕があると思って⁉︎」
ソファに横向きに身を沈めている自分も大概だが、ノックもなしに中に入って来た方も、多分、同類だ。
オルセン侯爵夫人ブレンダ。
領主夫人であり、正室であり…僕の実母だ。
完全なる政略結婚で、国に5つある公爵家の一つ、スヴェンテ公爵領の侯爵家から婿養子に入った父は、僕が生まれた事で、義務は果たしたとばかりに、王都にある「別宅」で、どこぞの子爵令嬢を側室に、そちらに入り浸りだ。
物心ついた頃には、既に「誰が領を運営しているのか」に気付いていた僕は、世間一般の「家族らしい交流」を、その時点で色々と諦めた。
そして母自身が、先代イデオン公爵の異父妹と言う、ちょっと複雑な家庭環境にある。
結婚に夢も持てないのだって、多分、きっと、僕のせいじゃない。
「今回は、流石に仕様がないと思うけど⁉︎あの二人がやらかした事のアレコレを聞いたら『謹慎させます』以外に、何が言えるんだよ!」
毎年、所属領主であるイデオン公爵家当主エドヴァルド・イデオンに突撃するくらいなら、放っておけば良かったが、出所不明の衣装を受け取っていた上に、よりにもよって王宮内で、媚薬を使うなどと。
本当に、他に言いようも、やりようもないだろうと、言いたい。
条件反射的に叫び返した僕に、母も盛大にため息をついて、僕の向かいのソファに腰を下ろした。
「そうなのよねぇ…貴方だって、短時間に公爵様の邸宅と往復させられて、疲れてるわよねぇ……」
とりあえずは、それを合図とばかりに、専属侍従のグレーゲル・ダーリマンに命じて、件の〝フルーツワイン〟を、レシピ通りに厨房で作らせておいた分を、僕は母の前に持って来させた。
「その公爵様からの『手土産』です、母上」
「……何これ、ワインにフルーツが浮いてるの?」
「オレンジジュースも少し入ってるらしいよ。ウチの領下にある、デ・ベールと言う村のオリジナルレシピだとか」
説明をしながら、デキャンタからグラス1杯分のワインとフルーツを取り出した僕は、それを母に差し出した。
「……思った以上に、良い味ね」
「それで特許を取れ、と言うのが公爵様からの伝言。他にもバリエーションが色々あるらしくてね。上手くいけば、直轄領のオリジナルワインを凌ぐ売り上げを出せるんじゃないか…って。ああ、詳しくは、こっちの書類に」
そう言って、聖女の姉が書き上げた書類を僕が差し出せば、ワイングラスを片手に、母は、ぱらぱらとそれに目を通し始めた。
「あら…?コレ、上手くいけば、次の収穫期には、貴方が直轄領の権利をも手に入れて、正式な領主に立てるんじゃないの……?」
当主直轄領のワインに関しては、権利の全てが当主ただ一人に帰している、やや特殊な形態をとっている。
現時点では、あの父にその権利があり、父はその利益のほとんどを、王都で好き放題に使っている形だ。
直轄領の権利を全て譲渡させるか、直轄領のワイン以上の価値を領外に示せれば、恐らくは領主が交代したところで、誰も異論を唱える事が出来なくなる。
このレシピには、充分にその可能性が秘められていると、僕だけでなく、母も判断したのだ。
「母上から見て、その提案書って、どう?机上の空論になってない?」
「なってないわねぇ。あくまで、デ・ベール村のレシピをメインにはしつつ、バリエーションを変える事で、周りの村にも特許権を持たせて、軋轢を生まないようにしようとしているでしょう?器や中身としての、果物農家にも、妥当な利益配分を持たせていると思うわ。敢えて言うなら、設定価格が王都基準みたいだから、そこだけは各村の責任者と相談しながら決めても良いと思うくらいかしら」
先代オルセン侯爵の一人娘として、領政の全てを叩きこまれている、母の分析力は、確かだ。
女が政治なんて…と言う声を、僕は王都で何度となく耳にしたけれど、母を見ていれば、それは誤った価値観でしかないと思う。
まして、この書類を書き上げたのだって――。
「ねぇヨアキム、この書類、公爵様が書かれたものじゃないでしょう。あの方は、ウチと違って代筆などされない方だし。誰かの案を、公爵様が許可した…って感じに見えるんだけど?」
「……さすが、母上。それを書いたのは、現聖女サマの姉君だよ」
僕の言葉に、母は一瞬、視線を宙に彷徨わせた。
「そう言えば〝扉の守護者〟が交代したばかりだと、聞いたわねぇ……。そのお姉様も、王宮にいらっしゃるの?」
「元々は陛下の命令で、聖女サマの補佐をするのに招かれたってコトなんだけど、何しろ異国の方だから、この国に馴染むのに必要な教育を…ってコトで、公爵邸で集中教育を受けていたみたいなんだ」
「そうね。公爵様は宰相でもいらっしゃるし、陛下でなくとも、宰相を責任者に任じられるでしょうね」
「まあ、きっかけは、そう言う事なんだけどさ。どうやらその姉君って言うのが、元いた国で、頂点に立つ教育機関に在籍して、政治に携わる事を目指していたとかで、基礎知識が半端じゃなかったらしいんだよ。で、今、母上が持っているその書類も、その彼女が一人で考えて、書き上げた、傑作」
そう言って、僕が改めて書類を指差せば、母が短く息を呑んだ。
「多分彼女は明日からでも、この領で、母上と、同じ事が出来る」
「……まぁまぁまぁ」
呟く母の口角が、艶やかに上がる。
それは、領の統治者としての顔だ。
「ヨアキム、そのお嬢様は、おいくつ?」
「うわっ、言うと思ったよ!19歳だって聞いちゃいるけどね。ダメだよ、もう、公爵様が完全に、職務を楯に入れ込んじゃってるからね。どうやら彼女、バーレント領の方にも何らかの助言をしたらしくて、ディルクにも気に入られたっぽいんだけど、公爵様が肩入れを許しちゃいないからね。無理無理!」
「公爵様が?」
「そうだよ!別にトゥーラに公爵様がどうにか出来るとも思っちゃいなかったけど、あの入れ込みっぷりを見たら、もう誰にも公爵様はオトせないし、誰も彼女には手を出せないって!」
まったく、馬鹿な異母妹の媚薬の所為にしろ、キスマークがハッキリ見えるほど、抱き上げないと真面に歩けないほど――朝まで抱き潰すとか。鉄壁無表情が標準の、従弟の所業とは到底思えない。
「えぇ?せっかくのヨアキムの嫁取りの機会を、ウチの馬鹿娘が潰しちゃったのぉ?」
「嫁取りとか、言うな!そりゃちょっと、頭の中がお花畑じゃない、貴重なお嬢さんが、気にならなかったって言ったらウソになるけど!公爵様は多分、僕以上に結婚事情に恵まれてないから、これはこれで良いんだよ!」
宰相でもあり、公爵でもあるエドヴァルド・イデオンの結婚が、ほとんど茨の道と化していた事は、従兄として、僕もずっと見てきていた。
その彼が、手に入れたいと思う女性を見つけたのなら、それは逃させるべきではないと思うのだ。
〝もし…もしもの話なんですけど、この先エドヴァルド様が王宮の権力争いに巻き込まれて、窮地に陥るような事があれば、ディルク・バーレント卿と力を合わせて、イデオン公爵領を維持していただけますか。バーレント領とオルセン領には、それが可能な資源を渡したつもりですので〟
やけに具体的な仮定が気にはなるが、そんな風に彼を気遣える女性は、他にいないだろう。
「僕では彼女を受け止めきれないよ、母上。残念だけどね」
いつか僕にも、そんな女性が現れて欲しいとは思うけれど。
「聖女の姉君ね……」
王都の公爵家邸宅から、オルセン侯爵領の本邸宅まで戻って来た僕は、団欒の間の応接ソファにだらしなく身を沈めて、一息ついたところで、ふと視線を遠くへと投げた。
二歳年下とは思えない、鉄壁の無表情を誇っていた、有能に過ぎるくらいだった従弟の気を、あそこまで惹ける女性がいるとは思わなかった。
応接テーブルの上には、その「姉」から渡された、フルーツワイン(仮名称)を領の第二の銘品にすべきと言う、根拠も含めた「提案書」が置かれている。
「あのねぇ、ヨアキム!いきなり『別宅の住人』を二人も、領に連れて来ないでくれるかしら⁉︎穀潰しを二人も置いておける程、ウチの領に余裕があると思って⁉︎」
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完全なる政略結婚で、国に5つある公爵家の一つ、スヴェンテ公爵領の侯爵家から婿養子に入った父は、僕が生まれた事で、義務は果たしたとばかりに、王都にある「別宅」で、どこぞの子爵令嬢を側室に、そちらに入り浸りだ。
物心ついた頃には、既に「誰が領を運営しているのか」に気付いていた僕は、世間一般の「家族らしい交流」を、その時点で色々と諦めた。
そして母自身が、先代イデオン公爵の異父妹と言う、ちょっと複雑な家庭環境にある。
結婚に夢も持てないのだって、多分、きっと、僕のせいじゃない。
「今回は、流石に仕様がないと思うけど⁉︎あの二人がやらかした事のアレコレを聞いたら『謹慎させます』以外に、何が言えるんだよ!」
毎年、所属領主であるイデオン公爵家当主エドヴァルド・イデオンに突撃するくらいなら、放っておけば良かったが、出所不明の衣装を受け取っていた上に、よりにもよって王宮内で、媚薬を使うなどと。
本当に、他に言いようも、やりようもないだろうと、言いたい。
条件反射的に叫び返した僕に、母も盛大にため息をついて、僕の向かいのソファに腰を下ろした。
「そうなのよねぇ…貴方だって、短時間に公爵様の邸宅と往復させられて、疲れてるわよねぇ……」
とりあえずは、それを合図とばかりに、専属侍従のグレーゲル・ダーリマンに命じて、件の〝フルーツワイン〟を、レシピ通りに厨房で作らせておいた分を、僕は母の前に持って来させた。
「その公爵様からの『手土産』です、母上」
「……何これ、ワインにフルーツが浮いてるの?」
「オレンジジュースも少し入ってるらしいよ。ウチの領下にある、デ・ベールと言う村のオリジナルレシピだとか」
説明をしながら、デキャンタからグラス1杯分のワインとフルーツを取り出した僕は、それを母に差し出した。
「……思った以上に、良い味ね」
「それで特許を取れ、と言うのが公爵様からの伝言。他にもバリエーションが色々あるらしくてね。上手くいけば、直轄領のオリジナルワインを凌ぐ売り上げを出せるんじゃないか…って。ああ、詳しくは、こっちの書類に」
そう言って、聖女の姉が書き上げた書類を僕が差し出せば、ワイングラスを片手に、母は、ぱらぱらとそれに目を通し始めた。
「あら…?コレ、上手くいけば、次の収穫期には、貴方が直轄領の権利をも手に入れて、正式な領主に立てるんじゃないの……?」
当主直轄領のワインに関しては、権利の全てが当主ただ一人に帰している、やや特殊な形態をとっている。
現時点では、あの父にその権利があり、父はその利益のほとんどを、王都で好き放題に使っている形だ。
直轄領の権利を全て譲渡させるか、直轄領のワイン以上の価値を領外に示せれば、恐らくは領主が交代したところで、誰も異論を唱える事が出来なくなる。
このレシピには、充分にその可能性が秘められていると、僕だけでなく、母も判断したのだ。
「母上から見て、その提案書って、どう?机上の空論になってない?」
「なってないわねぇ。あくまで、デ・ベール村のレシピをメインにはしつつ、バリエーションを変える事で、周りの村にも特許権を持たせて、軋轢を生まないようにしようとしているでしょう?器や中身としての、果物農家にも、妥当な利益配分を持たせていると思うわ。敢えて言うなら、設定価格が王都基準みたいだから、そこだけは各村の責任者と相談しながら決めても良いと思うくらいかしら」
先代オルセン侯爵の一人娘として、領政の全てを叩きこまれている、母の分析力は、確かだ。
女が政治なんて…と言う声を、僕は王都で何度となく耳にしたけれど、母を見ていれば、それは誤った価値観でしかないと思う。
まして、この書類を書き上げたのだって――。
「ねぇヨアキム、この書類、公爵様が書かれたものじゃないでしょう。あの方は、ウチと違って代筆などされない方だし。誰かの案を、公爵様が許可した…って感じに見えるんだけど?」
「……さすが、母上。それを書いたのは、現聖女サマの姉君だよ」
僕の言葉に、母は一瞬、視線を宙に彷徨わせた。
「そう言えば〝扉の守護者〟が交代したばかりだと、聞いたわねぇ……。そのお姉様も、王宮にいらっしゃるの?」
「元々は陛下の命令で、聖女サマの補佐をするのに招かれたってコトなんだけど、何しろ異国の方だから、この国に馴染むのに必要な教育を…ってコトで、公爵邸で集中教育を受けていたみたいなんだ」
「そうね。公爵様は宰相でもいらっしゃるし、陛下でなくとも、宰相を責任者に任じられるでしょうね」
「まあ、きっかけは、そう言う事なんだけどさ。どうやらその姉君って言うのが、元いた国で、頂点に立つ教育機関に在籍して、政治に携わる事を目指していたとかで、基礎知識が半端じゃなかったらしいんだよ。で、今、母上が持っているその書類も、その彼女が一人で考えて、書き上げた、傑作」
そう言って、僕が改めて書類を指差せば、母が短く息を呑んだ。
「多分彼女は明日からでも、この領で、母上と、同じ事が出来る」
「……まぁまぁまぁ」
呟く母の口角が、艶やかに上がる。
それは、領の統治者としての顔だ。
「ヨアキム、そのお嬢様は、おいくつ?」
「うわっ、言うと思ったよ!19歳だって聞いちゃいるけどね。ダメだよ、もう、公爵様が完全に、職務を楯に入れ込んじゃってるからね。どうやら彼女、バーレント領の方にも何らかの助言をしたらしくて、ディルクにも気に入られたっぽいんだけど、公爵様が肩入れを許しちゃいないからね。無理無理!」
「公爵様が?」
「そうだよ!別にトゥーラに公爵様がどうにか出来るとも思っちゃいなかったけど、あの入れ込みっぷりを見たら、もう誰にも公爵様はオトせないし、誰も彼女には手を出せないって!」
まったく、馬鹿な異母妹の媚薬の所為にしろ、キスマークがハッキリ見えるほど、抱き上げないと真面に歩けないほど――朝まで抱き潰すとか。鉄壁無表情が標準の、従弟の所業とは到底思えない。
「えぇ?せっかくのヨアキムの嫁取りの機会を、ウチの馬鹿娘が潰しちゃったのぉ?」
「嫁取りとか、言うな!そりゃちょっと、頭の中がお花畑じゃない、貴重なお嬢さんが、気にならなかったって言ったらウソになるけど!公爵様は多分、僕以上に結婚事情に恵まれてないから、これはこれで良いんだよ!」
宰相でもあり、公爵でもあるエドヴァルド・イデオンの結婚が、ほとんど茨の道と化していた事は、従兄として、僕もずっと見てきていた。
その彼が、手に入れたいと思う女性を見つけたのなら、それは逃させるべきではないと思うのだ。
〝もし…もしもの話なんですけど、この先エドヴァルド様が王宮の権力争いに巻き込まれて、窮地に陥るような事があれば、ディルク・バーレント卿と力を合わせて、イデオン公爵領を維持していただけますか。バーレント領とオルセン領には、それが可能な資源を渡したつもりですので〟
やけに具体的な仮定が気にはなるが、そんな風に彼を気遣える女性は、他にいないだろう。
「僕では彼女を受け止めきれないよ、母上。残念だけどね」
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