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終章 うたかた
五山送り火(前)
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『……おじいちゃんも、おばあちゃんも、会えて嬉しかったよ。そもそも私、病院に間に合わへんかったし。それだけは、ずっと心残りと後悔があったから』
偶然でも、奇蹟でも、夢でもいい。
しばらくのお別れと、信じて離れることが出来るなら。
『まあ、お父さんとお母さんに今言うたところで、暑さで頭ボケたとか言われかねへんから、そのうちもっと年齢とらはった頃にでも「多分賽の河原に居はる」とでも言うわ』
『ふふ、それでも信じるやろかね』
『そんなもん、菜穂子の勝手にしたらええ』
そう言いながらも、菜穂子を見る祖母と祖父の目は、優しかった。
『そしたら、戻りましょうか』
どこへ、とは八瀬青年は言わなかったものの、もう目が覚める頃合いなんだろうなと言うのは菜穂子にも理解が出来た。
『もっと喋ってたかったですけど、そうもいきませんもんね』
『出来ないこともないですけど、現世から足が離れても責任が持てません』
『ですよねー』
さすがに今すぐあの世に行きたいとは思わない。
『最初は、閻魔様におじいちゃんとおばあちゃんの最期に立ち会えへんかったことに文句を言うつもりやったんですけど、止めときます。むしろ御礼が必要な展開になりましたし』
とりあえず、言いたかったことを今のうちに言ってしまおうと口を開いた菜穂子に、八瀬青年は一瞬目を見開いたものの、やがてくすりと面白うそうに微笑んだ。
『閻魔王様の素晴らしさは最初から僕が主張してたでしょうに。まあでも、ご理解頂けたならよかった。僕から、お孫さんが御礼を言うてはったと伝えておきますよ』
『そうですね、ぜひ』
『ついでに言うておくと、毎年五山送り火に向かってお祈りして貰ったら、お祖父様やお祖母様だけじゃなく、僕やら閻魔王様やらにも伝言は伝わりますよ』
『え!? そうなんですか!?』
『もちろん一方通行ですけどね。確かに届くとだけはお伝えしておきます』
『なるほどー……』
舞い上がる火の粉と共にでも、メッセージが運ばれていくのだろうか。
『じゃあ早速、今年からそうしてみます。おばあちゃんも、おじいちゃんも楽しみにしてて』
『そうやねぇ……ただ、今年もええけど、そのうち「ええ人出来た」言う報告聞ける方を楽しみにしとこか』
そう言ってニコニコと笑ったのは祖母だ。
菜穂子は慌てて手を振った。
『ああ、それ、当分無理。前におばあちゃんに申告してた人と別れたばっかりやし、何なら安井の金毘羅さんで縁切りしてきたくらいで。それはちょっと気長に待ってて』
『焦ってつまらない男捕まえんようにせえよ。ちゃんと見る目養うとけ』
まさか二股かけられてたのが、伝わっていたのか。
祖父の言葉は、激励以前にぐさりと菜穂子に刺さった気がした。
『わ、分かってるもん』
思わず頬を膨らませた菜穂子の耳に、八瀬青年の微かな笑い声が届く。
『ふふ……そしたら今回のちょっとした御礼に、一つ胸のすく話を』
『?』
『三番目の王、宋帝王様は死者の「邪淫の罪」を審議されます。まあ他にも審議する罪はありますけど、それは今は置いておいて、それから次の五官王様のところで、審議対象となった罪の重さが測られる。何が言いたいかと言うと、生前に二股をかけたと言う事実は、しっかりと死後まで残される言うわけなんですよ』
『え』
『もしかしたらご自身で一発くらいは殴りたかったのかも知れませんけど、最終的に無罪放免は有り得ないと言うことで』
良かったですね? と、八瀬青年は微笑んだ。
そこからは……やっぱりちょっと黒いオーラが見えた気がした。
『あ、ありがとうございます……?』
御礼でいいのか。よく分からない。
いや、ここはもう良かったと思うことにしておこう。
八瀬青年が、すっと菜穂子の方へと手を差し伸べてきた。
時間、ということなんだろう。
『じゃあ、おじいちゃん、おばあちゃん――帰るね。またね』
そう、いずれまた会える。
『分かった、分かった。ええからもう、早よ帰れ』
『そやね。私らは、菜穂子が機嫌よう過ごしてくれてたら、それで充分やさかいに。元気で頑張りや』
祖父はぶっきらぼうに、祖母はゆっくりと、それぞれが手を振ってくれた。
軽く手を振り返して、菜穂子は八瀬青年の手のひらに自分の手を乗せた。
実際の、八瀬青年の手の感覚は、祖父母同様に菜穂子には掴めない。
ただ、手を乗せたと認識したその瞬間に、菜穂子の意識は暗転した。
(――バイバイ)
声は出なかったけど、多分伝わったはずだ。
偶然でも、奇蹟でも、夢でもいい。
しばらくのお別れと、信じて離れることが出来るなら。
『まあ、お父さんとお母さんに今言うたところで、暑さで頭ボケたとか言われかねへんから、そのうちもっと年齢とらはった頃にでも「多分賽の河原に居はる」とでも言うわ』
『ふふ、それでも信じるやろかね』
『そんなもん、菜穂子の勝手にしたらええ』
そう言いながらも、菜穂子を見る祖母と祖父の目は、優しかった。
『そしたら、戻りましょうか』
どこへ、とは八瀬青年は言わなかったものの、もう目が覚める頃合いなんだろうなと言うのは菜穂子にも理解が出来た。
『もっと喋ってたかったですけど、そうもいきませんもんね』
『出来ないこともないですけど、現世から足が離れても責任が持てません』
『ですよねー』
さすがに今すぐあの世に行きたいとは思わない。
『最初は、閻魔様におじいちゃんとおばあちゃんの最期に立ち会えへんかったことに文句を言うつもりやったんですけど、止めときます。むしろ御礼が必要な展開になりましたし』
とりあえず、言いたかったことを今のうちに言ってしまおうと口を開いた菜穂子に、八瀬青年は一瞬目を見開いたものの、やがてくすりと面白うそうに微笑んだ。
『閻魔王様の素晴らしさは最初から僕が主張してたでしょうに。まあでも、ご理解頂けたならよかった。僕から、お孫さんが御礼を言うてはったと伝えておきますよ』
『そうですね、ぜひ』
『ついでに言うておくと、毎年五山送り火に向かってお祈りして貰ったら、お祖父様やお祖母様だけじゃなく、僕やら閻魔王様やらにも伝言は伝わりますよ』
『え!? そうなんですか!?』
『もちろん一方通行ですけどね。確かに届くとだけはお伝えしておきます』
『なるほどー……』
舞い上がる火の粉と共にでも、メッセージが運ばれていくのだろうか。
『じゃあ早速、今年からそうしてみます。おばあちゃんも、おじいちゃんも楽しみにしてて』
『そうやねぇ……ただ、今年もええけど、そのうち「ええ人出来た」言う報告聞ける方を楽しみにしとこか』
そう言ってニコニコと笑ったのは祖母だ。
菜穂子は慌てて手を振った。
『ああ、それ、当分無理。前におばあちゃんに申告してた人と別れたばっかりやし、何なら安井の金毘羅さんで縁切りしてきたくらいで。それはちょっと気長に待ってて』
『焦ってつまらない男捕まえんようにせえよ。ちゃんと見る目養うとけ』
まさか二股かけられてたのが、伝わっていたのか。
祖父の言葉は、激励以前にぐさりと菜穂子に刺さった気がした。
『わ、分かってるもん』
思わず頬を膨らませた菜穂子の耳に、八瀬青年の微かな笑い声が届く。
『ふふ……そしたら今回のちょっとした御礼に、一つ胸のすく話を』
『?』
『三番目の王、宋帝王様は死者の「邪淫の罪」を審議されます。まあ他にも審議する罪はありますけど、それは今は置いておいて、それから次の五官王様のところで、審議対象となった罪の重さが測られる。何が言いたいかと言うと、生前に二股をかけたと言う事実は、しっかりと死後まで残される言うわけなんですよ』
『え』
『もしかしたらご自身で一発くらいは殴りたかったのかも知れませんけど、最終的に無罪放免は有り得ないと言うことで』
良かったですね? と、八瀬青年は微笑んだ。
そこからは……やっぱりちょっと黒いオーラが見えた気がした。
『あ、ありがとうございます……?』
御礼でいいのか。よく分からない。
いや、ここはもう良かったと思うことにしておこう。
八瀬青年が、すっと菜穂子の方へと手を差し伸べてきた。
時間、ということなんだろう。
『じゃあ、おじいちゃん、おばあちゃん――帰るね。またね』
そう、いずれまた会える。
『分かった、分かった。ええからもう、早よ帰れ』
『そやね。私らは、菜穂子が機嫌よう過ごしてくれてたら、それで充分やさかいに。元気で頑張りや』
祖父はぶっきらぼうに、祖母はゆっくりと、それぞれが手を振ってくれた。
軽く手を振り返して、菜穂子は八瀬青年の手のひらに自分の手を乗せた。
実際の、八瀬青年の手の感覚は、祖父母同様に菜穂子には掴めない。
ただ、手を乗せたと認識したその瞬間に、菜穂子の意識は暗転した。
(――バイバイ)
声は出なかったけど、多分伝わったはずだ。
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