【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
55 / 67
第十章 MOON

死の報復(5)

しおりを挟む
 それからやって来た祖母の顔色は悪く、祖父も祖父でこれ以上はないくらいに苦々しげな表情を浮かべていた。

『菜穂子、おまえ……毎日毎日、こんなとこまで来て本当ほんまに……』

 祖父は愚痴の様にこぼしてはいるものの、いつもの覇気に欠けていることは否定のしようがなかった。

 むしろ祖母のフォローをしろとばかりに、菜穂子に向けていた視線を気遣わしげに祖母の方へと向けている。

『おばあちゃん……』
『……ああ、菜穂子か。また八瀬君にこんなとこまで呼んでもろてんのかいな』

 笑いかけようとして失敗した――そんな雰囲気がありありと漂っていた。

『うん……あのさ、辰巳幸子さっちゃんの妹さんにお迎えに来て貰うの、難しそうって今、聞いたんやけど……』

 おいそれとは会わせられない。
 いったん諦める。
 それは限りなく「無理」だと言っているも同然だったが、八瀬青年も祖母の内心を想うと、それは言い切ってしまいたくなかったんだろう。

 そしてそこは菜穂子も同じ思いでいたため、歯切れが悪くなってしまうのはどうしても否めなかった。

『閻魔様が嘘なんかつかはるはずもないし……そしたら本当ほんまなんやろねぇ……』

 ため息と共に吐き出した祖母の言葉は、寂しさとやるせなさに溢れている。

『東京とか大阪に比べれば回数は少なかったみたいやし、私らは学校ごと疎開してたけど……終戦直前には確かに何回か京都にも空襲があったんえ? 戦争が終わった言うてもしばらく食糧難やったのも確かやったから、食べられる雑草を探しにあの子が鴨川べりを歩いてたいうのは、大いにあり得ることやと思てたんよ』

『ああ、そうやったな。何せ最初の空襲が馬町うままちで、修道しゅうどう小のあたりから京女きょうじょやら京都幼稚園やらの辺りまで百軒以上の家屋が破壊されとったし、よう深町の家が全壊せんかったもんやなと、舞鶴から戻って来た時には思たもんやわ』

 祖父も戦地から戻って来た当初のことを思い出したのか、少し遠い目になっていた。

『馬町て……めっちゃ近いやん。って言うか、今の今まで知らんかった』

 菜穂子らの世代からすると、空襲と聞いてまず頭に浮かぶのは、教科書にも記載されるような「東京大空襲」だ。

 京女と言っても京の女性と言うことではなく、小学校・中学校・高校・大学と一貫教育を行っている教育機関でそこには全て「京都女子」が頭に付くのを略して皆が「京女」と言っている。

 もしかしたら、京女に通っていれば教育課程で習っていたのかも知れないが、小・中・高と別の公立校に行っていた菜穂子は、まさか実家から歩いて行けそうなほどの地区でそんなことがあったとは、実際、今の今まで知らなかったのだ。

『そらあんな胸糞悪い時代の話、嬉しそうにペラペラ喋るもんでもないからな。そやけどまあ、五~六回あったらしい京都の空襲の中でも、西陣の次に被害が大きかったらしいとは聞いたな』

『菜穂子のひいおじいさんが庭に小さい畑作って、芋とか野菜育ててたん、あんたは覚えてないか? あれは元々、食糧難を何とかしよう思て育て始めはったんやで』

『うーん……』

 何だか記憶にあるかないかの頃、庭で色々と育っていたような気はしなくもない。
 曾祖父の晩年はただの趣味、家庭菜園と化していたらしいけど。

『この人はそう言うのまるで向いてなかったさかいに、もう物心ついた時にはただの雑草地やったかも知らんけどな』

 そう言って祖父を指さす祖母に、菜穂子は思わず笑ってしまう。

『ああ、うん、雑草地は確かに記憶にある。って言うか、お父さんが定年になったら畑復活させるのもアリかな言うてはるけど、今のところ更に成長した雑草地でしかないわ』

『やかましわ。親父がマメすぎたんや』

 そう言って、祖父がフイとそっぽを向く。
 祖母はそんな祖父を眺めながら、目元を綻ばせていた。

 どうやら少し落ち着いてきたみたいだ。

『菜穂子のひいおじいさん、びっくりするくらいマメな人やったさかいなぁ……何せおばあちゃんが嫁入りした時には、実は深町の家で誰よりも料理上手で、料理のほとんどはひいおじいさんから教わったんえ』

『え、そうなん⁉』

『小学校の先生してて、ずっと寮住まいやったのにいつ料理するんよ。全部ひいおじいさんに教えてもろたわ』

 その頃には、病弱だったらしい曾祖母は寝込みがちで、戦争から戻ってきた祖父は仕事を探すのに必死で、家の中のことは家事含めて全て曾祖父が取り仕切っていたらしいのだ。

 曾祖父は、今の時代でも充分に通用しそうな、前衛的な考えをどうやら持っていたようだ。

『深町の家は、ひいおじいさんが居はったさかいに、食糧難の中でも絶望的な状況にならへんかったんかも知れへん。そう思たら辰巳一家は、みんなが後ろを向いてしもたんやろかね……』

 そんな祖母の呟きに対する答えなど、誰も持ってはいなかった。

『さっちゃん、どこまで本当ほんまのこと知ってるんかなぁ……』


 もちろん、菜穂子の呟きに対しても。 
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん
ライト文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞】にて《涙じんわり賞》を受賞しました! 応援してくださった全ての方に心より御礼申し上げます。 ~あらすじ~  小学五年生のコウキは、軽度の脳性麻痺によって生まれつき身体の一部が不自由である。とくに右脚の麻痺が強く、筋肉が強張ってしまう。ロフストランド杖と装具がなければ、自力で歩くことさえ困難だった。  ほとんどの知人や友人はコウキの身体について理解してくれているが、中には意地悪くするクラスメイトもいた。  町を歩けば見ず知らずの人に不思議な目で見られることもある。  それでもコウキは、日々前向きに生きていた。 「手術を受けてみない?」  ある日、母の一言がきっかけでコウキは【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】という手術の存在を知る。  病院で詳しい話を聞くと、その手術は想像以上に大がかりで、入院が二カ月以上も必要とのこと。   しかし術後のリハビリをこなしていけば、今よりも歩行が安定する可能性があるのだという。  十歳である今でも、大人の付き添いがなければ基本的に外を出歩けないコウキは、ひとつの希望として手術を受けることにした。  保育園の時から付き合いがある幼なじみのユナにその話をすると、彼女はあるものをコウキに手渡す。それは、ひとつ葉のクローバーを手に持ちながら、力強く二本脚で立つ猫のキーホルダーだった。  ひとつ葉のクローバーの花言葉は『困難に打ち勝つ』。  コウキの手術が成功するよう、願いが込められたお守りである。  コウキとユナは、いつか自由気ままに二人で町の中を散歩しようと約束を交わしたのだった。  果たしてコウキは、自らの脚で不自由なく歩くことができるのだろうか──  かけがえのない友との出会い、親子の絆、少年少女の成長を描いた、ヒューマンストーリー。 ※この物語は実話を基にしたフィクションです。  登場する一部の人物や施設は実在するものをモデルにしていますが、設定や名称等ストーリーの大部分を脚色しています。  また、物語上で行われる手術「選択的脊髄後根遮断術(SDR)」を受ける推奨年齢は平均五歳前後とされております。医師の意見や見解、該当者の年齢、障害の重さや特徴等によって、検査やリハビリ治療の内容に個人差があります。  物語に登場する主人公の私生活等は、全ての脳性麻痺の方に当てはまるわけではありませんのでご理解ください。 ◆2023年8月16日完結しました。 ・素敵な表紙絵をちゅるぎ様に描いていただきました!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...